第14話 琴乃の魔術

 翌日。

 朝から美羽の面倒を見る琴乃の姿があった。

「美羽起きなさいよ。食べながら寝ない」

 リビングで、そんな団欒が繰り広げる中、裕樹はスマホの異常に目を見開いていた。なぜだかLINEに秋月 千鶴の名前があり[早く起きなさいよ]の文字があった。追加を押そうかブロックか決めかねていると琴乃の指が追加を押した。

「ちょ」振り返ると腕を組んだ琴乃はなにか言いたげにしていた。

「私達はもう彼女の部下よ」

 琴乃がスマホの画面を見せてくる。画面には同一の内容のトークが残っていた。それどこかしっかり追加してあり朝の挨拶まで済ませてある。琴乃の適用力の高さに驚かされる。

「早く食べちゃって」

 食事を済ませ各自登校の準備をしているとインターホンが鳴った。はいはいとバタバタ歩き廻る足音をそっちのけに着替えを済ませた裕樹は再びリビングに戻った。すると何事もなかったかの様に、お茶をすする千鶴の姿があった。

「おねぇちゃん、この人だれ」疑問符を浮かべる美羽はさておき琴乃は険しい顔で対面していた。

「どうしてあなたがここに。ここは私の家よ。朝から押しかけてくるなん非常識だわ」

「魔術師の前で常識を問うか。親友」

 裕樹は首を傾げた。

「二人はご友人で」

「使徒化する前まで私B組だったのよ。友人の一人」

「その友人を置き去りにしたのは琴乃よね」

「あんた事情を知ってるくせにそうやって」

 まぁまぁとなだめるも琴乃の態度は険しいものだった。登校中もそれは変わらず千鶴は美羽とばかり話をして、そのことがさらに琴乃を刺激していた。千鶴ときたら登校時間だけでなく授業の合間には顔を出し裕樹の腕にしがみ付いていた。

「琴乃は裕樹と付き合っているの?」質問に裕樹は赤面する。

琴乃は質問に答えることなく授業の準備をし、こちらを見ようともしない。それでも千鶴は休み時間には毎回顔を出し似たような質問を琴乃へ投げつける。それに反応してか美羽が代わりに「裕樹のこと好きだよ。おねぇちゃんは」と答えた。

「男女交際をしてるかって私は聞いてるんだけどな~」聞こえるようにわざとらしいく言った。

 そんな日が続いたある日。珍しく人気のない教室に呼び出された裕樹は自然に、いつもの椅子に腰を下ろす。すると後をつけられたのか千鶴が入室してきた。

「後つけてきちゃった~」てへっと言わんばかりの笑顔に裕樹は、ため息をついた。

「そろそろ琴乃も怒るぞ。挑発が露骨すぎる」

「挑発じゃないもの。私あなたの眼が気に入ったの」

「目?」顔を歪める。

「誤魔化さなくてもいいじゃない。模写の魔眼のことよ。私の幻惑の魔眼を打ち破った、その目が私はほしい」

「あの拘束された感覚は幻術だったのか」

「そうよ。でもあなたと目があった時、解除されたのを感じた。今までそんなことなかったのに……」

「俺、戦闘は不向きでも魔術強度は高いらしいからな」

 話途中でバンと扉の音が教室内に響く。

「あなたね」と歩み寄ってくる琴乃。お弁当の袋を落とすと裕樹の隣に立った。

「裕樹いつものやつ」

「マナの供給はマテリアルで事足りてるだろ?」

「今日は特別」そういうとそっと唇が重なった。ぱっと離れると千鶴のほうを向いた。

「私達の関係は術者と使徒よ」

「マナの供給なら裕樹の言う通りマテリアルで行っているでしょ? もういらないはずじゃあ……」

「そうよ。私は裕樹が好き。裕樹はどう思ってるかしらないけど彼の頑張りをずっと見てきたから」

「見てきたのは私も同じよ。あなたより私のほうが共通点が多いわ」

「魔眼かしら。あなたの幻惑の魔眼もいい目をしているわ。でも模写の魔眼には到底及ばないわ」

 鋭い眼光が千鶴の背筋を凍らせる。

「その魔眼は呪いよ。本来忌み嫌われるべきものだわ」

「そんな言い方ないんじゃない? 彼の魔眼の正体は私、使徒が流し込んだ逆流した呪詛よ」

「知ってるわよ。だからなに? 貴方が独占する理由にはならないじゃない」

「彼の異常性を抑えているのも私だと言えばわからない?」

「琴乃……もしかして」裕樹が口を挟む。

「あなたが咎人なのは知ってる。私に違和感を覚えなかったの?」

「違和感って……」

「使徒は死人よ。その体は他人のマナを取り込み肉体を維持するしかない。だから心臓は止まっているはず。ここまでは魔術師としての基本よ。でも私の心臓は動いている。いうなれば人間よ。人間性を維持できるほどに、あなたのマナを吸っているの」

「体がだるいと思ったら、そんなことをしてたのか」

「そこまでしないといけない理由があるのよ」

「咎人だよね」千鶴は腕を組んだ。

「そうよ。咎人である事実が発覚すれば魔術結社が裕樹を見逃すわけがない。だから彼の膨大なマナの大半を私が吸っているのよ。あなたにそれができる?」

「使徒が願った愛。互いを思い行動できるなんて」

「それにキスくらい当たり前じゃない。咎人の正体を知る使徒と咎人が使途を守る協定は恋愛よ。相手のことを思うからこそ普通の生活を願っているのよ」

 琴乃は包み紙を開きお弁当を配った。しかも三つ分。

「あなたも食べなさい」

色鮮やかな弁当が並べられ千鶴も箸を進める。うまい と連呼していたと思えば千鶴は泣き出した。

「大丈夫か」ハンカチを取り出すも琴乃に首を振られた。

「琴乃は俺のことその……好きなのか」

「何度も言わせないで」琴乃も箸を進めた。

 それからも千鶴は休み時間のたびA組に現れた。だが距離を縮めるようなコミュニケーションはなく裕樹は安堵していた。そんなある日、またしても下駄箱にピンクの便箋がはいっていた。前回同様、魔術師からかと握りつぶし、ごみ箱に捨てた。

「ちょっとなにすんのよ」

 聞き覚えのある声に振り返ると千鶴の姿があった。

「どうせ。正体を知っているって書かれているんだろ? 何度も同じ目に合うか」

 千鶴はゴミ箱から便箋を拾い上げた。中から手紙を取り出し突き付けてくる。

「これもわからない?」

 手紙にはハートマークやら好きやら書かれていた。

「恋文ならLINEで送ってくれよ」

「風情がない」とジト目を向けられる。

「琴乃の気持ちは聞いた。でもあなたはどうなのよ」

「どうって」襟足をかいた。

「美羽さんだっているでしょ? あなたは誰に好意があるの」

「わからない。確かに美羽は助けたかった。琴乃が亡くなった時もその思いは一緒であれ……」

「あなたほんと偽善者ね。自分は傷つくのは許しても他人が傷つくのは許せない。なら私だったらどうする」

「助けるよ。きっと」

「善人。そんなんだから琴乃を使徒にしてしまったのよ」

「それは関係ない。あの時は魔術師としてまだ未熟で白のカード、クリアが好きな時引けなかっただけだ」

「今ならどう? 白を引けるんじゃない? 琴乃を使徒から人間に戻せるかもしれない」

「引ける。琴乃を人間に戻してくる」

 くるっと反転し校舎内を走り出す。

(琴乃…琴乃…)

 走り回った末に行き着いたのは屋上だった。いつもは施錠されているはずの屋上が解放されている。屋上のドアをくぐると髪を下ろした琴乃がいた。なびく髪を見ながら心でカードキャストと唱えた。琴乃のことを思う。それだけで白のカードが引ける気がした。振り返る前にカードを触れさせようとするも手を掴まれる。

「私を人間に戻すつもりなんでしょ?」

「そうさ。使徒でなければ日常が戻れるはずだ」

「自分のことは考えないの? 私がマナを吸わないイコールあなたは咎人に戻ってしまうのよ。咎人に戻れば被害者がでる。そんなループがお望み?」

「それでも君に笑っていてほしいから」

 ぐっと力をいれ肩にカードを触れさせる。

「クリア」

 事象、現象の再生、巻き戻しのカード。これさえ使えば琴乃は人間へと戻る。そんな願いも裏腹、変化が生じないことに琴乃の手首を握る。確かに脈がある、だが肌の血色は使徒のままだった。

「私の魔術知らないでしょ? ひとつはセーブ、もうひとつは時間のリセット。そもそも戦闘向けじゃないのよ」

「え、え」困惑する裕樹の頭を琴乃は撫でた。

「こうなることも含めてさっきセーブしといたの」

「魔術が使えないんじゃ……」

「使えないじゃない。使う場面がないのよ。魔術はあなたが供給したマナで発動は可能なの」

「セーブってリセットって……なんだよそれ」

「あなたがカードを触れさせた時間を巻き戻したのよ」

「どうしてそんなことを。人間に戻れば制限がなくなるんだぞ」

「あなたから一キロ離れられない制限? そんなのとっくに慣れたわよ。逆に特権とまで思ってる」

 視線が交わり申し訳なくなった裕樹はカードを捨てた。

「私は使徒でいい。あなたのそばにいられればそれでいいのよ」

 気が付けば琴乃を抱きしめていた。

「わかった」

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