第10話 使徒の制御

「裕樹は一年でどこも変わらないね~」

 電車の中での会話。周りの視線を気にしつつジト目を向けた。

「少しは変わったんじゃない? 私が彼のかわいそうな人生を変えたのよ」琴乃がそう答える。

「かわいそうは失礼では……」

「私が死んだ後、記憶を失くしたんでしょ? ねぇさんから聞いたよ」

「ああ。初めて恋人を亡くしてびっくりしたんだろうな」

 恋人というフレーズに二人は顔を見合わせて笑った。駅につくなり事情を察してか美羽はビジネスホテルを利用すると提案してきた。琴乃の状態を知ってのことだろう。ただその背中は寂しいと語っていた。

 久しぶりの自宅は美羽の家に泊まったこともあり狭く感じた。それでもキッチンに立つ琴乃の姿に日常が戻った気もした。

「これからどうする?」

 琴乃の不意なセリフに なにがって返す。

「何がじゃないでしょう。 美羽も一緒に暮らすんだから」

 付与魔術の準備を始めていた裕樹の口がぽかんとする。

「だってそうじゃない。美羽を連れ帰ったってことは面倒見ないと」

「わかってる。引っ越しを考えないとな。その前に」

 琴乃に歩み寄りネックレスを握る。

「明日のぶんな」と囁きネックレスを離した。

 夕飯ができるまでの間、裕樹は父との一戦を反省していた。

(魔術の勉強ってどうすればいいんだ。魔眼で魔術を模倣できることは分かった。実物より数段落ちることもわかった。やっぱり俺の腕前の問題か……)

「なにぽけっとしてるのよ。ほら運んだ」

 机に散らばったマグ達をどけ料理を配膳する。本日は生姜焼きと生姜の香りが立ち上る。

食事中。

「明日、学校の周りを散策してみない?」

「散策って……」

 琴乃は行儀よく橋を置いた。

「アパート探しに決まってるじゃない」

「決まってるのですね……」

「私ひとりじゃ行動できないんだから。二人でよ」

 琴乃の頬が染まる。

 その夜も背中合わせで眠った。賢者のマテリアルのおかげか琴乃の体は熱を帯びなかなか寝付けていなかった。無理もない。マテリアルを身に着けていれば、ただの人間なのだから。人間と使徒の違い……それは心臓が機能しているかだろう。夕飯時にマナを吸わせたマテリアルは琴乃を正常にしていた。

 だからこれは異性なら起こる当たり前の反応だとそう決めつけた。

「おはよう」

 声に反応して体を起こした。琴乃の目元には、おおきなくまがあり笑いがこみ上げる。

「緊張して眠れなかったか?」

「人間って大変ね。裕樹の隣で緊張するなんて想像もしなかった……」

「人間に近づいた証だろ。男女でベットに入って緊張しないほうがおかしい」

「言い方がエッチ」琴乃は毛布に包まる。

 先に起きてるぞ とベットを出て机の上に目をやる。コンビニ袋あって、てんこ盛りにパンが詰まっていた。手に取った菓子パンをほうばりながらリビングに向かう。琴乃もパンをかじりながら隣に来た。

「学校からどのくらいの距離がいいんだ?」

「うむうむうむ」

「飲み込んでからでいいから」

「一キロ圏内がいいわね」どこか偉そうに話した。

「ここがちょうど三キロあるから近くなって遅刻もなくなるな」

「私が来てから遅刻はしてないでしょ」

 裕樹は口をつぐんだ。

「一キロ圏内を散策しますか~」

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