第8話 死者蘇生

 居間では琴乃が美羽に抱き着き、ことを知らない美羽は「離してよ~おねぇさん」と戯れていた。

すーとあいた引き戸から父が顔を出す。お盆に四つの湯飲みを持ちテーブルに置いた。

「君には感謝してもしきれない」頭を下げる姿に裕樹も頭を下げた。

「ようやく過去から卒業できますから」

「まだ賢者のマテリアルを渡してないが君にはもう必要ないだろ。君の眼は魔術を見通しコピーする。模写の魔眼なのだから」

「それ以上に白のカードで琴乃の使徒化を解ける可能性も見えてきました」

「そうかい。それでも君は琴乃を守ってくれるんだね」

「いえ。美羽も琴乃も守りますよ」

 二人に目をやる。

「付与魔術をさらに向上させて彼女を守らないとならない。美羽も含め人体の蘇生や使徒化は禁忌だから」

「なぜ僕がこの街に留まっているのかも理解してくれているわけか。なら君の敵となる相手の話をしなければね」

 はい と頷き背筋を伸ばす。

「使徒は使徒を生むとされている。要は食人で使徒は同族を生み出すとされている。君が賢者のマテリアルを欲したのは、それに気づいたからじゃないのかい」

「違います。琴乃の食人衝動を抑える為に必要だったからです」

「もしかして君は琴乃にマナを分け与えていたのか」

「ええ吸血という形で」

「仮説に過ぎないが君の眼は吸血による毒素から生まれたものかもしれないな。人とはマナがあり魔術を流す回路があり固有の魔術を持つ。だからこそ個人なんだ。だが君は多様に魔術を行使しすぎている。もうマテリアルの構築も自身で可能なのだろう?」

「はい。ただ一つ聞きたい」

「なんでも聞くといい」ずずっとお茶をすする。

「原材料だけは俺にもわからない。魔力を貯蔵するだけの純度を誇る物質とはなんです?」

「人体蘇生を果たした君になら教えても構わないだろう。術者の血液だ」

「血液?」

「君は知らないだろう。深紅の鉱石こと賢者の石は人の血液、魂を触媒に錬成させることを」

「だから貯蔵する為のマテリアルは人の血液が必要って話ですか……」

 賢者の石、不老不死や無限のマナを秘めた石だが、そんな産物に秘密があったとは…… 地下室にあった魔法陣はそれを生み出すものだろう。美羽を人体錬成するた為の術式に変わりないのだから。

 その日の夜は美羽の家に泊まることになった。風呂場前を通ると琴乃と美羽のじゃれあう声に頬が染まる。

「裕樹とはどうなの」なんて聞こえたものだから地下室に向かうことにした。地下室では既に父の姿があり箒で片手に後かたずけをしていた。美羽が生き返ったというのに、どこか気力が抜けたような様子で裕樹は隅でマテリアルの錬成を始める。

 先ほど錬成した剣と落ちていたビーカーを用意し刀身を握りしめる。痛みに歯を食いしばりながらビーカーが満タンになるのを待った。強く握れば握るほど、琴乃の吸血を思い出し目をつぶった。

「その程度で大丈夫だ」

 肩布を破いた義父は剣を奪い治療を始める。

「傷が痛む。そのくらいにしときなさい」

 袖を包帯代わりに巻いてくれた。

 錬成術からカードの色を連想し引き抜くと案の定カードは茶色だった。どうやらカードキャスターとして上達したらしい。だが未だに黒のカードだけはイメージがつかめない。イメージがつかめないが故に二度と引けないと錯覚を覚えた。

「錬成。賢者のマテリアル」

 カードをビーカーに差し込む。光から液体がひし形の結晶へ変わっていく。サイズは数ミリで、これにマナが貯蔵できるか疑問すら覚えた。いざマテリアルを握るなり全身から力が抜ける感覚を覚えた。マテリアルはマナをすってか透明度が上がり深紅の宝石のように見える。

「あの魔法陣を目にしただけでここまで精密なマテリアルを生み出すとはね…… 君なら賢者の石ですら錬成できそうだ」

 狂ったように高笑いを始める父を置いて琴乃が眠る寝室を目指した。二階にある寝室では美羽を抱き枕にして寝息を立てている琴乃がいた。触れた腕はマナが切れ始めているのか体温を感じない。それどころか犬歯が浮き彫りになり表情が吸血鬼のようになっている。

 危うさを覚えた裕樹はカードを引き抜き賢者のマテリアルをネックレスに錬成し直し琴乃の首に下げた。すると顔つきは元の表情を取り戻した。

 安堵も束の間、マナを消耗しすぎたのか倒れるような形で裕樹は眠りについた。

 朝。

 琴乃より先に起きた裕樹はネックレスを握った。透明度を増した深紅の宝石を確認後、シャワーを浴びようと風呂に向かった。手に巻かれた布など気にせず温水を頭から浴び、疲れを癒す。その時ふと頭を過る難問があった。錯覚であってほしかった。だが剣を握ったはずの手には傷はなくなっていた。その時、初めて咎人の正体がわかった。あの町で大量にあふれる邪気を引き寄せているのは自分なんだと……。琴乃の死因は自分であったのだと。

 風呂を出るなり血塗られた袖を再び巻き直した。琴乃にばれるわけにはいかない。そんな気持ちからだ。

 居間へ向かうと焼き魚の匂いが香った。引き戸を開けてみると机には家族団欒の光景が広がっており入るのを躊躇う。琴乃の手招きに着席すると炊き立てのご飯が手渡された。

「琴乃。話がある」

 そう話を切り出したのは父だった。

「首のネックレスは、これからは肌身離さずいるんだ。それは裕樹君が作った賢者のマテリアルだ。それさえつけておけばマナの吸収を必要としなくなるはずだ」

 琴乃の視線に裕樹は頷いてみせた。

「それに裕樹君にも一言ある。君の白色のカード、クリアの件だ」

「問題があるんですか」

「問題だらけだ。そのカードは人以外にも適応するのだろう? だから使ってはならない。美羽の件は非常に感謝しているが、そんなイレギュラーの魔術を魔術協会は良しとしない」

「魔術協会?」

「あの町の人間の大半は魔術協会に保護される形で住居を提供されているのよ」琴乃が言う。

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