第6話 賢者のマテリアル

 それからというものアクセサリーに興味が湧いたというわけではないが露天なりで安物を購入するようになった。付与魔術を練習する日々に追われるようなったからだ。琴乃といえば邪気の発生源である咎人の情報で電話にかかりつけになっていた。どうやら目撃情報が出てきたようで何かしらの用意をしているらしい。

 琴乃を横目に付与を開始した。

(イメージするものは琴乃でも使える魔術)

 カードにアクセサリーを乗せ付与を行う。そんな作業を続けているうち原理を体が把握したのか、いとも容易くカードの色が焦る。マグを指には瞼を下ろした。

(願うは琴乃を守るためガード)

 裕樹の周囲に緑の壁ができ、内側からノックする。ぱりんと音を奏で粉砕してしまった。どうやら、まだ付与魔術は不完全のようで到底、琴乃に授けられる代物ではない。かといって毎日、血中のマナを吸われてる状態でカードキャストの本領は発揮できそうになく急ぎで付与魔術を練習背ざる負えない状況だった。

「どう成功した」顔を出す琴乃に申し訳なさそうに首を振った。

「駄目だ。どうやっても付与が上達しない」

「あんたの魔術は他人のと違うのよ。魔術師は基本的に血中のマナを媒介に魔術を行使する。出力口である魔術回路に神経を尖らせ最大を生み出すの」

「魔術回路?」首を傾げる。

「血管みたいなものよ。魔術回路は全身に巡っていて一般人と魔術の違いは回路を意識できるかよ」

「なら魔法は?」

「魔術の中の秘術よ。第三魔法は現代に使えるものはいないとされているわね。あなたが使った通称、クリアや使徒化は禁術であり最も根源に近いとされている魔術よ」

「使徒……」

「あなたが私に行った魔術は使徒化いわゆる不死身を生み出す御業よ」

「そんなの意識してないぞ。それに不死身って簡単にいうが俺のマナを吸ってるじゃないか」

「お昼のあれのこと?」

「ああ」と頷く。

「自身でマナを生成できないってことじゃないのか?」

 琴乃は困ったようにうろうろ部屋を歩きだし言葉を紡いだ。

「使徒……それは鬼でありゾンビであり人とかけ離れた存在。故に肉体を維持するのにマナを必要とするのよ」

 チャームポイントのポニーテールを縛り直すと琴乃はリビングに戻っていった。

(俺が死んだら他人を襲って生命維持をしなくちゃいけないような言い方じゃないか)

 料理をする琴乃からは非人道的なことができるようには思えなかった。黒のカードを使う前と今の違いが判らないほど女性的しぐさで認識に困った裕樹は再度付与魔術に没頭する。

 意識しすぎて付与は成功することはなかった。

 食事を始めてからも一つの疑問だけが頭から離れずにいた。必要であれば食人をするのだろうかという悩みは膨れ正面で食事をしている琴乃を見ると吐き気を覚えた。聞いてしまいたいという気持ちとは裏腹に自分が仕出かしたことであるという実感から、その日使徒の話題を持ち出すことはなかった。

 翌日の昼も待ち合わせをしたわけでもないのに、いつもの教室の前に立っていた。琴乃が既にいるだろうと思うと入室を躊躇ってしまう。生唾を飲み込みいざ扉を滑らす。

 窓から、さわやかな風が吹き込み琴乃の髪がなびいた。その姿を美しいと思ってしまった。

「なにしているのよ。早く食事にしましょう」

 窓際の席に座るとまるで儀式のように琴乃が真隣で膝を折った。

(始まる……)

 腕に痛みを覚え数秒が過ぎると琴乃は立ち上がり食事でも終えたかのように口元をハンカチで拭った。

「それ辞めにしないか?」

「私にもう一度死ねと? 知ってるでしょ? 使徒はマナを吸わないと肉体が維持できないって」

「それを解消したい。解消しなければならない」

 弁当の包みを開き食事を始めた。

「マナを貯蔵する魔術道具はないのか?」

「それを知ってどうするつもりよ」

「俺がその不便な体を解消してみせる。付与魔術の応用だ。魔術の付与ができるならマナを物質に保管することはできないだろうか」

 琴乃は頬杖ついて、うーと唸って手を叩いた。

「一つだけあるわ。賢者のマテリアルって鉱石が」

 賢者? と首を傾げるなり「そういう物質があるのよ」と怒り口調で返してきた。

「パパが……私の父……大原 美羽の父がその賢者。魔術の中でも、まれな錬金術の使い手なのよ」

「美羽のお父さんがね~ あの人この街にいないだろ」

「うるさい。へっぽこ。この街は魔術師を保護し内密にする町なだけで魔術師は一般人に交じって生活してるものよ」

「錬金術ね。現実味がないな」

「あなたの寂しいだけの現実は既に終わっているのよ。その証拠に私があなたのそばにいて、あなたは魔術を使っているじゃない」

 説得力あるセリフに言葉もでない。つい先日まで記憶障害で悩んでいた普通の学生が今や魔術使いなのだから無理もない。大原 美羽が亡くなった記憶から始まった一連の流れは非日常だった。邪気を払い付与魔術の特訓をして感覚がズレていたのだろうか。裕樹の生活はとっくに魔術師のそれだった。

「なら美羽のお父さんに会いに行こう」

「あまりおすすめしないよ。マナを吸われてたほうがマシかもしれない」

「それでも琴乃には人間らしくしてほしいから」

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