幕間2 使命

 パンドラは、から「緑色の本」を取り出した。


 別に、本がハンドブックほどの大きさというわけではない。むしろ大きめな図鑑サイズの本だ。


 「ポケット」も、パンドラが着ている白いパーカーについている普通のポケットだ。


「ちょっと待て!お前、どこのドラ〇もんだよ!?」

「何の話?」

「何のって……お前、今、ポッケから本を出したよな!?それ、いわゆるじゃねえか!あんな夢もこんな夢も叶えてくれる、伝説のポケットじゃねえか!人類の夢じゃねえか!」


「何ば言いよーか、ようわからんな。確かに、ウチの可愛さは人類の夢やけど」

「そういうことじゃねえ!なんでそんな大きな本が、子供パーカーのポケットから出てくるんだよ!大体、なんでその本、緑色になってるんだ?前は白だったじゃないか!」

「あっ、そういえば」

「今気づいた!?」


「ウチにとっては、「白い本」が別の色になるんも、ポケットに入るんも、当たり前のことやからなあ。特別なことと思わんかった」

「もしかして、一度開いた「本」は、色が変わるのか?」

「違う。「最大の敵」を倒した場合のみ、「物語」が完結したときのみ、「白い本」に「トレーン」の「色」が「定着」するんよ」

「「トレーン」の「色」が、「定着」?」

「「執筆者」が執筆している間、「白い本」は「執筆者」の「トレーン」に染まっていく。その「色」が、「トレーン」が、本に「定着」して、白ではなく別の色になるんよ」


「ってことは、その本には、まだ「トレーン」がのか?いや、というより、この本自体が「トレーン」?」

「うん。そういうことたい」

「もう一度、この「本」を開いたら?」

「それは、絶対ダメ。今度こそ、には戻って来れなくなる。この「本」の「トレーン」の住人になってしまうたい」

「えっ!?そんな危険なもの、お前、持ってて大丈夫なのか!?」


「そんなこと言ってられんよ。この「本」をちゃんと管理することが、ウチの使命やけん」

「パンドラの……使命?」

「ウチは、箱やからな」


 パンドラの箱……この世のあらゆる災厄を収めたとされる、開けることが許されない、禁断の箱。パンドラは、「トレーン」を収めておくための「箱」。

 だから、普通のポケットの中に、「本」を入れることができた。


 そういうことなのか?


 なんというか、パンドラのことが、普通に不憫に思える。


「お前、なんか大変だなあ」

「そうやろ?ウチのありがたみ、もっと感じんしゃい」

「パンドラ、他にもしてほしいことはないか?他に食べたいものとか」


 透子の命を助けてくれた恩人に、「世界」を一つ管理するという神レベルの仕事をこなしている少女に、オムレツ一つで礼を済ますわけにもいくまい。


「う〜ん、そうやなあ……あっ、あん玉食べたい!」

?」

「うん!「出渕屋」のあん玉!」

「はあ!?あの1個1000円のやつか!?」

「10個は食べたいところやな。そういえば、空君、金持ちキャラやったね。それくらい、余裕やろ?」

「は、ははは……そういえば、そうだったな。任せとけ」


 徐に財布の中身を見る。英○さん、二人しかいない。


「そんな馬鹿な……「トレーン」に入った時より、減ってないか!?」

「そりゃそうやろ。「トレーン」で使ったんやから」

「ウソ!?そういう設定だったのか!?」

「美味しそうに吸収しとったよ。この「本」」

「何それ!?パックマンかよ!?」

「でも、空君は金持ちやし、問題ないやろ?今日はもう夜やし、店は閉まっとるやろうから、明日、買ってきてくれると嬉しいけん。たーくさん、買ってきてね。ウチ、あのあん玉、ばり好きやねん」


 パンドラが、キラキラした目を僕に向けるのと同時に、罪悪感の津波が、僕に押し寄せてくる。


「む、無理です……」

「へ?」

「わ、わりい。嘘だったんだ……あのキャラは……透子に無理させないために……だから、わりい」

「ええええっ!?」


 逆に、なんで気づいてねえんだよ!とツッコミたくなるが、そういう感じじゃない。


 パンドラは、体育座りになり、腕の中に顔を埋め、ため息を吐き続ける。


「なんでだよ……たかだかあん玉じゃないか……そんなに落ち込まなくても」

「だって、あん玉は……出渕屋のあん玉は……空君がウチにくれた、最初のプレゼントやったし……久々に、ほんに食べたかったから」


 えっ?僕がパンドラに?そんなこと、した覚えはないけれど。


「やっぱり、君は僕と以前に会ったことがあるんだな?どういう繋がりがあったんだ?」

「もう……関係ないことたい。少なくとも、空君には」

「パンドラ……」


 僕は、今一度、財布の中身を見る。


 情けない。こんな小さな子に、好きな物一つ食べさせてあげられないなんて。いくら学生とはいえ、年齢的には成人している、一人の大人として、ここで諦めるわけにはいかない。


「待ってろ。僕、明日からバイトするから。あん玉の10個くらい、すぐ食べさせてやる」


 パンドラが、体育座りのまま、すくっと顔を上げ、不安そうな顔を僕に向ける。


「空君、人見知りやろ?バイトとか、苦手やない?大丈夫?無理はせんでよかよ?」

「マジトーンで心配すんな!ただただ惨めだわ!」

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