透子編 第8話 二人乗り
藤宮君と私は、バイクで稜宮高校に向かっていた。藤宮君が運転手で、私は後席に座っている。バイクの種類は、私にはよくわからないけれど、排気量的には大型自動二輪に分類されているらしく、車体は見るからに大きい。
藤宮君は、大学にも自分のバイクで通学している。一方で、自動車の免許は持っていないようで、それが粋だと思っているらしい。
時は少し遡り、稜宮高校への出発前。
私達が泊まったホテルから、稜宮高校まではかなりの距離があるため、私は公共交通機関で行こうと提案してみたのだが、
「え、えーっと、やっぱ僕って大金持ちだからさ!電車とか旅客機での移動って、慣れてないんだよねえ。遠出の時は、プライベートジェットが基本だからさ!うん!」
「そっかあ。なら、藤宮君のプライベートジェット、使わせてくれないかな?」
「あっ、えーと、ほら、あれじゃん。そもそも僕ん家って、この「トレーン」の中にあるのかなあ?ここって、川澄さんの認識上の世界でしょ?川澄さん、僕ん家知らないし、その家にプライベートジェットが置かれてるのも知らなかったんだから、残念ながらこの世界には、プライベートジェットどころか、僕の家すら、ないと思うんだよね!別に、もうお金がすっからかんで、電車に乗る金もないとかじゃないからね!」
「もちろんわかってるよ。藤宮君は、大金持ちだもんね」
「それ、どこまでマジで言ってるのかなあ……まあ、そういうわけだからさ、バイクで行かないか?二人乗りで」
というようなやり取りを経て、私と藤宮君は、まずはバイクを探し始めた。
「でも、プライベートジェットがないのなら、藤宮君のバイクだって、ないんじゃない?」
「そ、そっか……どうしよう」
「あっ、でもさ、もしかしたら」
私は確かに、「藤宮君の家」を知らないから、「藤宮君の家」はこの世界にはないのかもしれない。もしそうなら、「藤宮君の家」にある「藤宮君のバイク」も見つけることはできないだろう。
しかし、私は藤宮君を「バイクで通学する大学生」として認識している。つまり、この世界には「藤宮君のバイク」が存在しているはずで、その在りかは、いつも通っているキャンパスのはずだと、私は推測した。
そこで、私達はキャンパスに向かった。キャンパスの駐輪場には、「藤宮君のバイク」があった。予想通りではあったが、なんだか凄く嬉しくて、私達はハイタッチして喜んだ。理系的には、実験が予想通りいったときの快感に近い。
「俺のバイク!すげー再現度!」
「藤宮君のバイク、カッコ良かったから、ガン見してたもん」
「ガ、ガン見?」
「う、ううん。なんでもない!でもさ、バイクがあるなら、このキャンパスには私の認識上の藤宮君がいるってことだよね?その藤宮君が、このバイクで通学してきたはずだから」
「どうなんだろうな。ちょっと会っていく?」
「ううん……時間ないし。行こう」
私に認識上の藤宮君がどんな姿をしているか、そんなこと、私は誰よりも知っている。だから、本物の藤宮君には、見てほしくなかった。
「鍵はどうだろう……よっしゃ!入った!」
「でも、これ乗っていったら、こっちの世界の藤宮君、困っちゃうね」
「まあ、こっちの僕には悪いけれど、何とかするって。最悪、歩いても帰れる距離だし」
藤宮君はヘルメットを被り、バイクにまたがった。
「あっ、私、ヘルメット持ってないや」
「大丈夫。もう一個あるから」
藤宮君はシートを開けて、ヘルメットを取り出し、私に渡してくれた。
「ありがとう。でも、どうして2個も持ってるの?」
「いやあ、いつでも女の子を乗せ……いや、予備だよ。予備で持ってんの」
「そうなんだ」
私はヘルメットを被り、藤宮君の背中に掴まった。
「うぁっ!」
「どうしたの!?」
「い、いや……川澄さんの胸が……そのう」
「もしかして藤宮君、こういうイベントがやりたくて、バイクに乗ろうって言ったのかな?ひょっとして、車じゃなく、バイクの免許を真っ先に取ったのも?」
「そ、そんなわけ、ないだろ!?」
「本当かなあ?」
私は、藤宮君の背中に胸をぎゅっと押し付けた。藤宮君の鼓動が早くなるのがわかる。
「や、やめとけって!そんな風に掴まんなくても、大丈夫だろ!?」
「ちゃんと掴まってないと、怖いからさ~」
なんか楽しいな。この世界では、ずっと藤宮君が私をリードしてくれていたけれど、今回は私の方がマウント取れたみたい。
「川澄さんってさ、Sだよね」
「えっ?そうかな?」
「川澄さんの「トレーン」って、一見、川澄さんがMみたいな「法則」になっているけれど、透明人間……誰にも気づかれず、干渉されることなく、行動できるって、普通にSだと思う」
私がS?藤宮君には、そう見えるのかな。
そんなわけない!そんなわけ、あるもんか!だって、こんなにやってるんだもの!
……それなのに、まだ、足りないの?
ん?私、今、何を思った?
「わりい。気に触ること、言っちゃった?」
「う、ううん。何でもないよ。じゃあ、あんまりしがみつかないようにするね」
「いや、そこはちゃんとしがみついてほしいかな」
「もう。エッチ」
「そ、そういことじゃないって。ちゃんと掴まんないと、やっぱり危ないからさ。じゃあ、そろそろ行くよ。道案内は頼む」
「うん」
そんなこんなで、私と藤宮君は、稜宮高校へと出発したのだった。
「あと、どれくらいかな?」
「時間的に考えれば、あと1時間くらいで着くと思うけれど、どうかな?ここが私の認識上の世界だとすると、私が稜宮高校を遠ざけたいと思ってたら、現実よりも遠くなったりするのかも」
「逆かもよ」
「えっ?」
「稜宮高校は、「最大の敵」がいると予想できるほど、川澄さんにとって重要な場所なんだろ?そんな場所が、川澄さんにとって「遠い場所」にあるとは思えないな。どれだけ遠ざけようとしたって、遠ざけきれるとは思えない」
「そう……かもね」
「川澄さん、話しづらいかもしれないけれど、川澄さんの予想している「最大の敵」について、教えてくれないか?戦うとしたら、どういう相手なのか、知っておいた方がいいから」
「そっか……そうだよね。わかった」
話したい話ではない。しかし、この状況においては、話さずにはいられない話でもあるだろう。
「私、子供のころ……今もそうかもしれないけれど、ちょっと、おどおどした、引っ込み思案な性格だったの。学校では、目立つタイプじゃなかったし、友達も少なかった。周りからは、いわゆる陰キャラとして認識されてたと思う。でも、いじめられた経験とかはなくて、学校も普通に楽しく過ごしてた。高校に入るまでは」
「稜宮高校に入るまでは……ってこと?」
「うん。稜宮高校に入ってから、私の人生は多分、普通からは逸れていった。尋常では、いられなくなったんだ」
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