透子編 第6話 デート

「ごめんなさい!」


 藤宮君をビンタした私は、反射的に謝罪の言葉を発した。少々下品な方法とはいえ、私を救おうとしてくれた人に、私はなんてことを……もう、死んじゃいたい。


「おいおい。そこで謝ったら、コントとしては落第点だぜ。最高のツッコミだったのに」


 藤宮君が、いたずらっぽい笑顔を浮かべる。


「よし。出すものだしたことだし、今度は入れにいこうぜ」

「藤宮君、少しはデリカシー持とう?女の子に、出すとか入れるとか、そういうこと言わない方がいいよ。まだ昼間だし」

「いやいや、そっちの意味じゃないよ!?」

「えっ?藤宮君の事だから、そうなのかなって」

「僕って、もうそういうキャラなのか!?入れるって、飲食のことだよ!川澄さん、この世界に来てから、ご飯食べてないだろ?」

「この世界?ああ、やっぱり、ここは「別の世界」だったんだ」

「気づいてなかったの?」

「ううん……気づいてはいたけれど、感覚的には、今までの世界とあまり違いがわからなかったんだ。いつも心は、にいた気がして」

「ここが川澄さんの「認識上の世界」だから、かな?」

「認識上の世界?」

「ごめん。僕もあんまりわかってないんだ。とりあえず、ご飯を食べようぜ」

「大丈夫だよ。ご飯くらい」


 ぐうっと、おなかが鳴る。顔が、紅潮してくる。

 バツが悪すぎるし、ベタすぎる。

「行こうぜ」

「……うん」


 私と藤宮君は、住宅街を歩き始めた。

「どこ行く?川澄さん、行きたい店ある?」

「藤宮君が行きたい店でいいよ」

「そんなこと言うなって。気になってる店、あるだろ?」

「ないよ。そんなの」


 藤宮君が、電柱に貼ってあるチラシを指さす。

 チラシには、フライパンを持っているコックのイラストと、以下の文章がレタリングされ、書かれていた。


<<イタリア料理店「アランチャ」絶賛営業中!食通レビューによると、超おススメなんだって!行きたいなあ!!マジ行きたい!!! 川澄透子>>


「さすが、「川澄さんの世界」だな。ヒントがあちこちにある」


 なにそれ!じゃあ私たちは、今、私の心の中を歩いているのと、おおよそ同じって事!?


 ここは私の認識上の世界だから、自動的に「行きたい店」が「宣伝される店」になってしまい、結果として、「行きたい店」のチラシが、電柱に貼られ、「宣伝」されることにでもなるのだろうか。


 いや、理屈はどうでもいい!とにかく恥ずかしい!!


「もう!意地悪しないでよ!」

「わりいわりい。でもこれで、君の行きたい店に行けるな」

「藤宮君……」

「さあ、「アランチャ」行こうぜ」


 「アランチャ」は市街地のまっただ中にあるレストランだ。市街地は人に溢れ、人の往来が激しい。


 透明人間である私は、向こうから歩いてくる通行人に避けてもらえない。だから、この世界に来た当初、市街地を歩くのは一苦労だった。でも今は、藤宮君の後ろを歩く(スリップストリームみたいに)ことで、私も難なく移動できた。

 藤宮君は、身長が180㎝くらいで、比較的痩せ型ではあるけれど、その背中は頼もしく見えた。


「川澄さん、大丈夫?」

「うん。大丈夫。ありがとう」


 私と藤宮君は、「アランチェ」に辿り着いた。店員がやってくる。

「えっと、2人なんですけど」

「えっ?2人?」

 店員が首をかしげた。

「多分、私の姿、見えてないんだと思う」

「そっか……それは困ったな」


 藤宮君は、苦渋の表情を浮かべる。

「藤宮君?」

「いやあ、困ったなあ。せっかくここまで来たのになあ」


 そうだ。藤宮君は、私のためにわざわざここまで一緒に来てくれたのだ。なのに、私のせいで藤宮君に迷惑をかけてしまっている。情けない。


「お二人様ですね。ご案内します」

「えっ?私が見えるんですか?」

「ん?どういう意味ですか?」

「大丈夫だよ。川澄さん。予想通りだから」


 店員が、私と藤宮君をテーブルに案内してくれた。

 藤宮君が椅子に座る。私も、おそるおそる藤宮君の向かいの席に腰を下ろした。


 座れた……普通に……。


「どうして座れたの?前はすり抜けて、座れなかったのに。それに、店員さん、どうして私のことが見えるようになったんだろう?」

「それは多分、僕が困った時、川澄さんが僕の事を助けたいと思ってくれたから」

「えっ?」

「川澄さんが、「人のためになること」だと判断すれば、それは実現される。この世界は、そういう「法則」が支配してるんだと思う。今の場合、川澄さんを「客」として店側が認識してくれないと、僕が困る状況だった。だから、「川澄さんが客として認識されること」が、川澄さんにとって、「人のためになること」になった」


 私がトイレに行きたかった時も、藤宮君はあの手この手を使って、私の思考を、認識を、「私が助けられることが、藤宮君が助かることに繋がる」という認識に変えようとした。この世界における私へのアプローチとしては、それが正解なのか。


「そういえば、どうして藤宮君は、私のことが見えるの?」

「僕は元々、この世界の住人じゃないからな。君の世界の「法則」は適用されないらしい。あくまで僕は、「共同執筆者」。まあ、共同っていっても、僕が描けるのは、僕という個人でしかないみたいなんだけど。とはいえ裏を返せば、この世界の創造主たる君であっても、僕個人を「法則」によって抑え込むことはできないってことさ」

「抑え込むって……私は別に、他の人を抑え込んでるつもりなんて……むしろこの世界では、私が抑え込まれてると思うのだけれど」


 藤宮君は、私から目線を逸らし、何も言わなかった。何か、気に障ることでも言ってしまったのだろうか?


「メニューをお持ちしました」

 店員が、メニューを持ってきた。


「げっ!?なんだこれ!?高いのばっか!」

「そうなんだよね。だから、なかなか行けなくてさ……あっ、私、お金持ってないんだった!?」

「し、心配しなくていいぜ。僕って、見かけによらず、大金持ちだからさ!諭吉で汗を拭いちゃうくらいだからね!」

「へえ。そうなんだ」


 藤宮君の額に、一気に脂汗が出てきた。

「あれ?藤宮君、凄い汗。ふいた方がいいんじゃない?」

「あ、ああ。そうだな」

 藤宮君が財布を開く。

「英世の方で、勘弁してくれない?」

「さすが、大金持ちは違うなあ。現金、あんまり持ち歩かない派なんだね」

「ははは……そういうことにしておいてくれ」

 藤宮君は、英世で汗をふき始めた。表情が引きつっているけれど、やっぱり、諭吉じゃないと、肌触りが悪いのかな?


「私、カルパッチョ食べたいな」

「そ、そうか。じゃあ、僕はふわとろオムレツにしようかな」

「えっ?藤宮君なら、もっと高いの頼んでもいいんじゃないの?」

「いやあ……後学のために、たまには、庶民の味も味わっとかないとと思ってね」

「そっかあ。さすが藤宮君!勉強熱心なんだね!」

「川澄さん、もしかしてだけど、僕で遊んでる?」


 「アランチャ」で料理を食べながら、私は藤宮君から、この世界のこと、そしてこの世界からの脱出方法についての話を聞いた。


 藤宮君の話では、私達がこの世界から出るためには、私にとっての「最大の敵」を倒す必要があるらしい。「最大の敵」とは、この世界のコアのような存在だということだ。


「その「最大の敵」との戦いのために、川澄さんには体力を回復してもらう必要があるんだ」

「だから、私をご飯に連れてきてくれたんだね。ありがとう、藤宮君」

「いや、別に……君と食事できるのは僕だって」

「えっ?」

「な、何でもないよ」


 そういえば、男の人と二人で食事をするなんて、初めてかも。もしかして……こういうのを、デートっていうのかな?


 何だろう。いきなり、恥ずかしくなってきた。


 料理を食べ終え、私たちは店を出た。

 

「おいしかったあ。ありがとね。藤宮君」

「うん……これくらい、なんでもないぜ。うん……ところでさ、明日は「最大の敵」との戦いもあるし、今日はもう休もうと思うんだけど、どうかな?」

「そうだね。でも、私……家にあるもの全部、手放しちゃったしな」

「じゃあ、ホテルにでも泊まるしかないか。電話かけてみるよ」

「うん」


「わりい……シングルの一部屋しか取れなかった。ちょっとお金が足りなくて」

「えっ?」

「じゃなくて!この世界のホテル、クレジットカードが使えないみたいでさ!」

「ああ。お金持ちの人って、現金持ち歩かない派が多いんだよね」

「そうなんだよ。金持ちだったのが、逆に災いしちゃってね!決して、「アランチャ」で金を相当使っちゃったからとか、そもそもクレジットカード持ってないとかじゃないからな!違うかんな!」

「そうだよね。藤宮君、お金持ちだもんね」

「も、もちろんさ!」


「じゃあ、藤宮君、ホテルに泊まって。私、外で休むから」

「いやいや、僕が外にいるから、川澄さんが泊まってよ」

「ダメだよ!藤宮君のお金で取った部屋なんだから!藤宮君が泊まって!今回ばかりは、藤宮君の代わりに私が泊まることが、「人のためになること」なんて、思えないから!」

「うん……仕方ないな……じゃあ、僕が泊まるよ」

「ゆっくり休んでね。今日は、本当に色々ありがとう。楽しかったよ。本当に」

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