異生物転生装置

夜狐紺

異生物転生装置

 異生物転生装置は僕が生まれる少し前に開発された機械で、人の生き方に新しい選択肢を与えてくれた。

 この装置に入ってスイッチを押せば、人は誰でも、自分が望んだ動物、姿になることができる。

 それはたとえ架空の存在であっても構わない。ドラゴンでも、カーバンクルでも、ペガサスでも。


 変身した後もちゃんと寿命は人間の時のまま維持できるし、知能も人間の時と全く変わらない、話すことだってできる。

 それに、些細な欠陥も事故も起こらない。

 つまり、この機械によって人間は本当に自分のなりたいものになることができるようになったんだ。


 動物にしてくれるということになると、何に変身するか、かなり迷うことになる。

 異生物転生装置の凄いところは、動物以外にも、獣人にも転生ができるという点。

 調査によると、動物になる時にはダントツで犬や猫が一番人気なんだけれど、獣人になる時には、虎とか、羊とか、鹿とか……結構その選択は人それぞれで、幅広いんだって。


 僕達の社会は機械にあふれていて、けれどその風景は実は昔とそれほど変わっていないらしい。

 今でも旅行に行く時には電車を使うし、自分の行きたいところには、しっかりと歩かなければ辿り着けない。森林公園で休み、思いを馳せることだってある。

 機械は全てをしてくれるわけじゃないから、それが出来ない範囲のことはやっぱり自分でしなければいけない。

 それでも、今の僕達の生活が暮らしやすいことは確かだ。


 だけど、全てを機械化しようとは思わない。

 人間がしなくてはいけないこと、人間がしなきゃいけないことはいっぱい存在する。

 だから、できないことだけを、機械に任せればいい。

 異生物転生装置だってそう。今までできなかったことを叶える、夢の機械。

 この機械によって、僕達は本当に、姿形さえも、自分の人生を自分の意志でデザインすることができるようになった。

 一度変身したら元に戻れないけれど、それは大したことじゃない。   

 なりたい姿になれるのだから。

 外見と、元々の理性にほんの少し加わった動物的な本能以外は、人間の時と変わらない。

 それなら、望んだ自分になれた方がいい。選択肢は多いに越したことはない。


 高校生の僕の彼女のゆゆはこの間、異生物転生装置に乗った。

 人間よりも、動物や獣人に今までずっと憧れてきた、とゆゆは言っていた。

 僕もかわいいゆゆが動物になるのは楽しみで、二人で一緒にどんな動物になるか決めたっけ……。


 ◆ ◆ ◆


 装置に乗り込む当日まで、ゆゆはどの動物になろうかずっと悩んでいた。

 付き添いの人は異生物転生センターの待合室で待たなければいけないことになっているから、僕はゆゆが動物になるその様子を見ることはなかった。

 異生物転生装置、1回見てみたかったのに。資料の写真によると案外シンプルな機械だ。

 乗る場所はカプセルのような感じで、その中でスイッチを押すと、人間が動物に変わっていくのだとか。


 しばらくして扉の向こうから出てきた彼女は、四足歩行で歩く、狐の姿をしていた。

 すぐに彼女だって分かったのは、茶色の長い髪の毛と、好奇心の強そうな目は彼女のままだったから。


「みてみて、みっくん、わたし、ほんとにきつねになっちゃった!」


 ゆゆは最後まで迷っていたけど……。狐に決めたんだ。

 狐になったゆゆはやっぱりとってもかわいい。


「かわいいよ、ゆゆ」

「ほんと?」

「うん、ほんとに、ほんとに。合ってるよ、ゆゆに、狐」

「えへへ、そうかな……。……ありがと」


 そう言うと、ゆゆは恥ずかしそうに俯いた。

 きっと僕も今、そんな紅い顔をしているんだろう……。


「どこか行こう。お茶にしようよ」

「うん!」


 鼻歌を歌いながら、僕の隣を、四足で狐になったゆゆは歩いていく。

 狐のゆゆがかわいくてかわいくて、惹かれてついつい隣を何回も見てしまう。


 ◆ ◆ ◆


 どうやらゆゆは狐になったことが本当に嬉しいらしく、僕とデートする時はいつもごきげんだ。

 けれどそれは僕も同じ。

 人間だった時も、狐になった今も、こんなにかわいい女の子と付き合ってるなんて、やっぱり信じられない。


 僕は異生物転生装置に乗ろうかどうか少し迷っている。

 今すぐに、って言う訳じゃないんだけど、多分僕はいつか乗るのだろう。

 もし乗るなら、どんな姿に僕はなるんだろう?

 以前はかっこいい狼の獣人かな……と思ってたんだけど、ゆゆと同じ狐になるのも良いかな……。


 高校に行く時、僕は必ずゆゆと待ち合わせをする。

 狐のゆゆにもセーラー服は勿論似合ってる。

 通学途中で同じ学校の生徒を見かける。狼の獣人、猫の獣人……。いろんな獣人や動物が歩いている。

 結構多いんだなあ……、なんて思いながら歩いていると、ゆゆによそ見を咎められる。


「みっくん」


 そっぽを向いてしまうゆゆ。狐の長い鼻先も、つん、とよそを向く。

 ほおをふくらませて、すねている表情がちょっと幼くてかわいい。


「ごめんごめん」

「もう」


 僕が謝るとゆゆはいたずらっぽく、くすりと笑う。

 そして僕らは再び歩き出す。


 ◆ ◆ ◆


 異生物転生装置は、僕達の世界を少なからず変えてくれた。僕達の姿を、生活を。

 人がみんな動物や獣人になる日は来るのだろうか。

 それでもいいし、どっちだっていい。

 僕が変わる日は?

 それも分からない。どちらにしても、それほど変わりはない。

 変わりたくなったら、いつでも変われるのだから。

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