3
それから十五年が経った。
職場で出会いが望めなかった僕はマッチングアプリを使って、とりあえず飲み友だちでもいいから感じのいい子いないかな、なんて探していて、本当にたまたま、誓ちゃんがいるのを見つけた。
やり取りのなかでお互いのことがすぐに分かったから、覚悟していた面倒な色々をすっ飛ばして、とりあえず会ってみよう、ということになった。
「久しぶり、元気にしてた?」
言ってから、あっ、と思う僕に、彼女はクスクス笑った。
「大丈夫だよ、先生がこんなとこにいるわけないし」
辺りを見回す所作をして、それからニヤッと僕を見る。かわいい。小学生の頃、誓ちゃんのことが好きだったのをぼんやりと思い出す。
さすがにちょっと雰囲気は変わって、なんだかライブハウスとかにいそうなファッションに身を包んではいるけれど、それでも不思議と、怯んだりせずに話せた。
「静居さん、今なにしてるの?」
「んー? 今ねぇ」
唐揚げを頬ばりながら、ころん、ころん、と、彼女は視線を動かした。言うべきか否か、思案しているらしい。首も動いて、小さなピアスがキラキラと揺れる。
そうして数十秒悩んだのち、鶏の油を甘いカクテルで流し込んで、まいっかぁ、と呟いた。
「今ね、先生探してる」
「は?」
ぎゅ、とつばを飲む。
先生は、あの日から一度も僕たちの前に姿を現さなかった。しばらくして、別の学校に移ったと聞かされたが、本当は教師を辞めたとか、自殺したとか、そんな噂が飛び交ったのを覚えている。
なんで、どうして、と訊きそうになるのをグッと堪えると、彼女はまたコロコロ笑った。
「だーいじょうぶだって! 先生いたら、私が気づかないわけないんだから!」
そう言って、空のグラスを小刻みに揺らす。中で、氷が隙間に、カランと落ちる。
「今、っていうか、ずっと探してたんだよね。最近ようやく、ちゃんとお金も掛けられるようになったから、本番はここからってかんじだけどさ」
なんで。どうして。
誓ちゃんが、夢見るように目を閉じる。
「病みつきになっちゃったんだよ、私。怖いのとか、暗いのとか、大きいのとか」
そうして、目覚めるようにゆっくり目を開いて、いたずらっぽく笑う。
そっと、右の掌を自分の口に押し当てる。
「あと、これとか」
くぐもった声があの時の泣き声みたいで、僕は、何も言えなくなってしまう。
会計を済ませて、無言で歩いて、駅で別れた。
別れ際に、僕は、彼女に謝った。
「ごめん……。あの時、何もできなくて……」
彼女はキョトンとして、それからまた笑った。
「いやあ、あれは無理でしょ。バケモンバケモン。ごめんも受け取れませーん! 宛先不明で返却、へんきゃーく!」
気持ちのいい笑い声に、僕は彼女の顔を見れなくて、首元で揺れるチョーカーを見つめていた。
改札の向こう、人波に溶けていく、小さくて黒い背中を目で追ってから、深く息をつく。
「なんなんだ……」
疲れで思考がぼやけていく頭に、すれ違いざま、誰かが言った気がした。
──それ、質問ですか?
僕は、はあ、とほとんど言葉にして、吐く。
質問じゃありません。溜息です。ごめんなさい。ごめんなさい。(了)
質問はこれを永遠に禁ず。 玉手箱つづら @tamatebako_tsudura
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