バイカウツギの回想
不良品が握るむすびの味を思い出し、自宅のお手伝いロボに作らせた。
「出来上がりました」
だが、
「違う。美味しくない」
不良品の癖に私の胃袋を掴むなんて許せない。
お米が違うのか、それとも水か、塩か、梅か、そもそもロボットの性能から違うのか。私のは最新式のはずなのに……。
「美味しかったな。お礼くらい言ってやれば良かった」
自分の口からそんな殊勝な言葉が出て驚く。
いや、押見江南の何に対しても感謝する姿が美しくて触発されたのかもしれない。
どっちにしても親切に対しては感謝を表現するのが美徳だ。素直に表現出来る人ほど内面が美しく外面にも現れる。
少し彼女を見習いたい。
おばあちゃんの家からこっちに戻ってそう思うようになっていた。
試験は滞りなく終わる。そこそこの手応えはあるから多分大丈夫だろう。
課題の絵ではなく、趣味としての絵が無性に描きたくて新しいスケッチブックを買い、それから何となく郵便局に寄り葉書も買った。
何をモデルにしようかと辺りを見回すも琴線に触れるモデルがない。
だからなのか、あの庭を思い出す。おばあちゃんの優しい愛に溢れた美しい庭。選り取りのモデル達。
近しい物を求めて植物園に足を運ぶが、そこでも描きたいと思えるモデルに出会えない。
ゴールのない道に迷い込んだようにふらふらと歩く。
「アンタでも、ないのよね」
華麗な大輪の花を見ても違うと感じたその時、ほのかな芳香に鼻をすんと鳴らした。
匂いに誘われ主を探す。懐かしい香りだと思った。
それを見て、芳香の主だと分かる。
確かおばあちゃんの庭に昔はあった。だから懐かしいのだろう。
あの頃の私は両親を事故で亡くし、おばあちゃんに引き取られた。深い悲しみは中々癒えず、山間では友達も出来ず、ずっと絵ばかり描いていた気がする。
人間を描くと両親を思い出すので私は草花ばかり描いていた。
そうだ。あの時、私に声を掛けてくれたお兄さんがいたんだ。
『何を描いてるんだ?』
『はな』
『梅花空木だな』
『バイ?』
『バイカウツギ』
『じゃあこっちは?』
そう言って私が指差す花の名前を教えてくれたお兄さん。
寂しい私に毎日声を掛けてくれ、話しをする内に私はお兄さんにとても懐いていた。
記憶にあるお兄さんは野山に咲く草花の写真を撮っていた。現像した写真を見せてくれ気に入った花の写真を一枚貰ったのだ。
――あの写真どこにやったっけ?
おばあちゃんの家かもしれない。当時のお絵描き帳と一緒に押入に片付けてある気がする。 思い出すと探し出したくなってきた。
そう言えばもう一つ思い出した。それはお兄さんとさよならする日。
『やだやだ、どこも行っちゃダメ』
『また来るさ。君が大きくなった頃に。約束する』
『約束? 今度はどこも行かない?』
『ああ』
いつもはあまり笑わないお兄さんだったけど別れ際だけはほんの少し笑ってくれた。……あの顔を、
思い出す。
「待って」
思い出した顔と、アノ顔が重なる。
――まさか!
私は取るものもとりあえずまたバスに乗る。緑が深くなるにつれ早まる鼓動を押さえるように胸に手を置いた。
どうして今までお兄さんの存在を忘れていたのだろう。どうして思い出さなかったのだろう。
バスを降りると脇目も振らず走る。おばあちゃん家に着くといやに静かで伽藍としていた。
誰もいない。
「私が約束忘れてたから?」
思い出に確信を求めるようにあの写真を探す。遺品整理をしないといけないのに、これでは逆に散らかしている。
だけどあちこちひっくり返してでもあの写真だけは見つけたかった。
辺りが闇に侵食され始めた時、十年の時を経て私はそれに邂逅した。
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