親切な押見江南(おしみえな)

 彼女──押見江南は帰りのバスが出て行ってしまったと言って、今晩は泊まる事になった。


 私も私で遺品整理が出来ず、グズグズとまだこの家にいる。


「夕飯が出来たぞ」


 不良品が支度した食卓に押見江南と共に席に着く。


「有難うございます。頂きます」


 丁寧に手を合わせて箸を持つ押見江南とは反対に、私は黙って箸を握った。


 食事中に会話はなく、綺麗に食べ終えた彼女はまた美しく「ご馳走様でした」と手を合わせ、そして私を見る。


――なんだ? 注意されるのか?



『ご飯粒を残さず綺麗に食べなさい』

『頂きます、ご馳走様を言いなさい』



 そう言えば、おばあちゃんがよく私に言っていたな。



「美奈さんは学生さん?」


 いきなりの質問に戸惑うが、どうやら注意される訳ではなさそうだ。


「そうだけど」

「卒業したら絵を描くの?」

「絵? そんなん描いても金にならない。どっかに就職するつもり」

「まあ勿体ない。私ね、あの葉書売れると思うのよ? 試しにハンドメイド販売アプリで出品してみない?」

「そんなの誰も買わないって」

「やってみなきゃ分からないでしょ?」


 押見江南はまるで遊園地に遊びに来た子供のように楽しそうな顔をして、私のスマホにアプリを入れるよう指示する。


 従わなくていい筈なのに、押見江南の顔に押され渋々インストールしてしまう。

 売れなかったら押見江南はどんな顔をするだろう。性格が捻くれている私は密かにそんな事を思った。


 そして撫子の葉書を出品する。


「価格は?」


 幾らが相場なのか分からない私に代わって押見江南が金額を入力する。それは郵便局で買う葉書一枚の値段より何倍もの高値。


 押見江南は絵の事を何も知らない素人だ。

 こんな落書きがそんな高値で売れる訳ない。





 私なんかが描いた絵など売れないと思っていた筈なのに、翌朝確認するとすでに売れていた。


「マジでー」


 朝っぱらから叫んだ声はボロ屋に響き渡る。


「なんだ?」


 不良品が焦ったように襖を開けると、襖が思い切りパシンと鳴った。


「どうされたの?」


 不良品の後ろから押見江南がこちらを覗く。


「昨日のあれ、売れた」

「まあ! 見せてくださる?」


 画面を押見江南に向けると、食い入るようにそれを見た。


「美奈さん、売れただけじゃないわ! 再販希望の問い合わせが来てるわよ」

「サイハン?」

「もう一枚描ける?」



 そりゃ描けるけど……





 あんな出来でいいのか?

 少し申し訳なく思い、サイハンの分は出来るだけ丁寧に描いてみる事にした。


「まあ一枚目のものより素敵ね」


 押見江南は頬を紅潮させながら惜しむ事なく絵を褒める。


「別に」


 嬉しい気持ちをぶっきらぼうに誤魔化した。


「むすび食べるか?」


 ねぎらうように不良品が横に盆を置いて行く。手を洗わない私の為に添えられた冷たいおしぼりで手を拭いて、優しい塩の効いたむすびを齧ると中からまた梅が顔を出す。


「売れた商品は発送しておいたからな」

「あ、うん」


 不良品のクセに仕事が早い。




 私に絵を描く自信を付けさせた彼女は、楽しそうに笑いワンピースの裾を風に踊らせながら帰って行った。


 再販の葉書も発送し、私は一度大学に行くため帰ろうと思う。

 そろそろ前期試験が始まるし、それが終われば夏季休暇になる。そうしたらまた遺品整理に戻って来よう。


 不良品は、腹が減ったら食べろと言っていつものむすびを握ってくれた。


「アンタ本当にもういいよ。じゃあね」


 おばあちゃんの家には誰も居なくなる。自分の働き先くらい自分で探してくれと思いながら不良品の顔も見ず私はバスに乗り込んだ。


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