白いナデシコの才能
主人がいなくなり寂しい思いをしている庭の花を描きたいと思い私はモデルを探す。
「どの子がいいかな?」
すっと姿勢の良い白い花と瞳が合った気がした。その子に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「あなた何て名前なの?」
「ナデシコ」
「へ?!」
一瞬花が喋ったのだと思って驚いたけど、声が聞こえたのは私の後ろから。
気怠く頭を後ろに向けると、そこにはやはり不良品がいた。
「なんだアンタか」
「アンタじゃない。シイナ」
――……、シイナ? ってコイツの名前?
おばあちゃんはコイツに名前を付けたらしい。ただのお手伝いロボットなのに、名前なんて付けて愛着が湧いたらどうするんだ。
しかも、シイナって言うのは多分製造番号の下三桁の″417″から取って来てそうである。何ともおばあちゃんらしい。
「ふ〜ん」
ま、アンタの名前なんて関係ないけど、と顔を前に戻す。
冷蔵庫は冷蔵庫。掃除機は掃除機。ロボットはロボット。私にとってはただそれだけ。
ナデシコの横にある、黄緑の茎がすっと伸びた草にも興味が惹かれた。
「ねえ、この草の名前は?」
「
「オミナエシ?」
「もうそろそろ花が咲く。黄色い花が」
花が咲く、と聞いて私は、花が咲いたら今度はこの子もモデルにしたいと思った。
おばあちゃんの庭にはモデルが溢れている。
一枚の葉書にナデシコを描き終えた。
夢中で描いて、時間も忘れて、「出来たー」と縁側に四肢を投げ出すままに見た空は黒く染まり星が瞬いている。
「お腹空いた」
「なんだ終わったのか。描きながら食べれるかと思ってむすびを握ったんだが、終わったのなら他のものを作るか?」
不良品が盆の上にむすびを乗せている。そのむすびを見たらついついお腹が鳴ってしまう。
「それでいい」
立ち上がってひったくるように奪い取る。
手も洗わないまま、ひとつに齧りついた。ほんのり塩が効いて中から梅が顔を出す。
美味しいけど、悔しいから不良品に美味しいなんて言わない。
「白いナデシコか」
描いたばかりの絵に視線を落とす不良品。
「何よ?」
「いや。風呂沸かしてくるから、それ食べたら入れよ」
そう言うと不良品は、ふっと笑って去って行く。
不良品のくせに笑うとかサイテー。
さっさとおばあちゃんの遺品整理して自分の家に帰ろうと思った。
そんな翌日、遺品もどこから手を付ければいいか分からなかった。というか、どうすればいいかさえ分からなかった。
「ご免下さい」
こんな時に来客だ。だけど不良品が対応してくれる。
「美奈、お客さんだ。お婆さんの昔馴染みとかで線香を上げたいと」
「通していいよ」
おばあちゃんの昔馴染みと言って来たのは黄色い総レースのワンピースを着た美人だった。同じレースが首元にひとまきされている。
その人に一瞬見惚れた。
私は人物を描くのは得意じゃないけど、でもこの人は絵のモデルが出来る人だと思った。
「こんにちは。
おばあちゃんの遺影の前に背筋を正して座ったその人は線香を上げると私に向き直り、そう挨拶をした。
「おばあ様には生前とても良くして頂いてたの。葬儀に間に合わなくてご免なさいね」
「あ、いえ」
気品溢れる彼女が美しくて返す言葉にまごついてしまう。
不良品が私と彼女の前に冷たい麦茶を出す。
それを引っ掴んでゴクゴク飲み干す私とは反対に、
「有難うございます。頂きます」
彼女はまた丁寧にそう言って優しく麦茶に口を付けた。それこそ映画のワンシーンのように絵になる姿にまたも見惚れてしまう。
「あら?」
と何かに気付いたような彼女が横に手を伸ばす。そこには私が夢中で描いたナデシコの葉書。
「ただの落書きだよ」
「まあ撫子ね。撫子の息遣いも爽やかな風も感じられて素敵だわ」
そんな世辞は要らない。
「美奈さんが描いたの? もしかして売り物? 私に売って下さらない?」
「はい?」
――何言ってんだこの人?
「ただの落書きだって言ったじゃん」
「本当に素敵よ? ねえ、私に譲って下さらない?」
「そんなんでいいなら」
そっぽを向いて答える私。
「ありがとう」
横目に見た彼女は嬉しそうに笑うとそれを両手で持ってずっと眺めていた。
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