かわりばんこ

夜狐紺

かわりばんこ

 目が覚めて、ベッドから体を起こすと、隣のベッドに腰掛けていたメルちゃんが、にっこりと明るく笑ってくれる。


「おはよう、ルットちゃん」

「おはよ〜」


 ふわあ、とあくびを我慢しながら、メルちゃんにあいさつを返して、わたしは立ち上がった。


「今日はどんな服がいい?」


 メルちゃんの質問。わたしは口元に指先を当てて、少し考えて……。


「そうだなあ……じゃあ、かわいいドレスがいいかな」

「分かった。えいっ!」


 メルちゃんが指を振る。途端に、ぽん、とメルちゃんの体は煙に包まれる。

 そして代わりに目の前に現れたのは、きれいなピンク色の、ふわふわドレス。

 フリルがとってもかわいい!


「すご〜い! かわいいドレスだなあ」


 わたしはメルちゃんドレスをそっと持ち上げる。とってもすてきで、今すぐにでも着てみたくなっちゃう……!


「えへへ、早く着てみてよ」


 ふわり、とドレスがかすかに揺れる。

 どうやらメルちゃん、少し照れているみたい。


「うん!」


 ◆ ◆ ◆


 わたし、ルットと、友達のメルちゃんはルームメイト。アパートの五階の、小さな部屋で一緒に暮らしているんだ。

 けれど、顔を合わせるのはほんの朝だけ。どうしてかっていうと……。


 メルちゃんとわたしで、いつもある約束を決めているから。

 それは一日交代で片方の子が、もう片方の子の望んだ姿で居ること。

 例えば、枕とか、おもちゃとか、箒とか……乱暴に扱わなければ何に変化してもいいことになっている。

 メルちゃんが好きなものにわたしが変身したら、その次の日は、わたしの好きなものにメルちゃんが変身して……。


 わたしは昨日、メルちゃんのお願い通り、一日中かわいらしいけものの、大きなぬいぐるみに変身していた。

 物になっている時はぽおっとして、なんだかふわふわしてて、気持ちがいい。まるで、自分が本当にぬいぐるみになっちゃたみたい……。


 ◆ ◆ ◆


 という訳で、今日は白いドレスになったメルちゃんを着て、おさんぽ。

 どこへ行こうかな?


「いい天気だね」


 のんびりと歩きながら、おひさまを仰いでいると。


「ほら、前見ないと、危ないよ」


 と、メルちゃんが言う。


「あ!」


 はっとなり、前を向く。

 危ない! もう少しで、空中を飛んでいる妖精の女の子とぶつかりそうだった。


「ご、ごめんなさい!」

「いいよ〜」


 そう言って笑って手を振って、妖精さんはまた、ふわふわと飛んでいった。

 いけないいけない……。


「まったく、どじだなあ、ルットちゃんは……」


 呆れたようにドレスのメルちゃんが言う。

 けれど、そんなメルちゃんもかわいくてかわいくて、思わずぎゅっと抱きしめて、頬ずりをする。


「ル、ルットちゃん?」

「かわいいよ、メルちゃん! ドレスのメルちゃん、とっても似合ってるよ……!」

「そ、そうかな? ……ありがとう」


 なんて恥ずかしそうに返事をするメルちゃんをまた、ぎゅっ。

 ふわっとしたメルちゃんのフリルが頬をなでて気持ちがいい。

 と、同時に。なんだか体がぽっ、て熱くなってくる。


 ……変なの。


 最近いつもこうなんだ。物に変身したメルちゃんと一緒にいる時。そして、わたしが物になっている時。

 なんだか、体のそこから浮き上がるような、けれど、もやもやするような、胸を締め付けるような、『なにか』がわたしの中にあるんだ。


 けれど、その感じは嫌いじゃない。


「ルットちゃん?」


 メルちゃんに言われてはっとする。


「ご、ごめん!」


 いけない。ぼーっとしちゃってた。


「どうしたの、ルットちゃん。立ち止まっちゃって」

「ううん。何でもないよ、何でも……」


 嘘だ。何でもないわけないんだ。

 ただ、わたしを包み込むものが何なのかが、分からないだけ。


「ねえ、メルちゃん」

「? どうしたの?」

「物になっている時って、どんな気持ち?」


 うっかりきいちゃった。


「えっ……うーんとね」


 メルちゃんは少し間を置いて、


「ふわふわしてて、夢みたいで、とっても楽しいよ!」


 と、本当に楽しそうに言った。

 確かに、物になっている時は、とっても楽しくて、楽しくて……。

 でも、やっぱり、わたしの気持ちは『楽しい』とも、ちょっと違うような気がする。

 ??


「でも、どうしてそんなこときくの?」

「えへへ、なんでもないっ」


 そんな風にわたしは笑ってごまかして。


「あ、アイスクリーム屋さんだ!」


 見かけた屋台の方へと走っていく。


「むー、メルは今食べれないのに……」


 メルちゃんが不満そうな声を漏らす。そうだ、メルちゃんもアイスクリームが大好きだったんだ。

 ごめんね、メルちゃん。

 代わりに、後でメルちゃんの好きなぬいぐるみをいっぱい買ってあげよう。

 

 ◆ ◆ ◆


 どきどきする。今日は、わたしが物になる日。


「じゃあ、メルちゃん、何になってほしい?」

「えっとね……大きな、きつねの、ぬいぐるみ……」


 わたしは外で遊ぶのが好きで、メルちゃんは反対にお部屋の中で遊ぶのが好き。

 だから、わたしはよくぬいぐるみに変身する。


「分かった! えいっ!」


 そう言ってわたしはわたしに魔法をかける。ぽん、と音がして体がピンク色の煙に覆われて。

 なんだろう、自分が他の物になっていく時は、ぽわっとして、もこもこしたものに包み込まれて、体をくすぐられていくような感じ。

 そしてゆっくりと、ねんどみたいにわたしの体が形を変えていく。ピンクの煙に引っ張られたり、こねられたり。

 ちょっとくすぐったい。でも、気持ちいいから、わたしは大好き。


 煙が引いた頃には、すっかりわたしの体は形を変えていて……。

 大きなきつねの、もこもこのぬいぐるみになっている。


「かわいい……!」


 ぬいぐるみが本当に大好きなメルちゃんは早速わたしをぎゅっと抱きしめた。

 メルちゃんのほっぺた、柔らかい……!


「どう? 上手く変身できてるかな?」

「うん! ばっちりだよ、きつねさん!」


 『きつねさん』って呼ばれてまんざらでもないわたしがいる。

 メルちゃんがわたしを抱き上げて、鏡の前に連れて行った。

 鏡に映るわたしは、本当に、もふもふで、手足が大きくて、立派な耳としっぽのついた、ぬいぐるみで……。


 そうだ。わたしは今、ルットじゃなくて、ひとつのきつねの、ぬいぐるみなんだ。

 そう思うとなんだかまた、体が熱くなってくる。また、まただ。この不思議な気持ち。ぽわっとする……。

 メルちゃんが物になっている日よりも、わたしが物になっている日の方がもっとふわふわしていて……気持ちいいな。

 わたしを抱き上げたまま、メルちゃんはベットに倒れる。


「かわいいよ、かわいいよ、きつねのぬいぐるみのルットちゃん……!」


 そう言いながらより強く抱きしめられ、頬ずりをされると、なんだかこのままずっとぬいぐるみでいたいな、っていう気持ちになる。

 ぬいぐるみに生まれても、よかったかも。

 なんてね……。


 ◆ ◆ ◆


 メルちゃんは、どうやら大切な用事があるみたいで、朝早くにどこかへと出掛けちゃった。

 話によると、妖精のお友達のお仕事を手伝うみたいだ。だから今日は一人でおるすばんの日。

 

思い出してみる。確か今日は……メルちゃんが物になる日だった。

 でも……いいよね。一人の時は、順番を破っても……。

 早く変身したい……! 実はさっきから体が変身したくてうずうずしていたんだ。

 早速色んなものに変身する。まずはぬいぐるみに。それから色んな服に。シーツに。枕に。おもちゃに……。


 けれど……どうしてだろう。

 一人だと、折角変身しても、全然つまんない。

 ぬいぐるみになっても、洋服になっても。

 おかしいなあ……なんて思って思って変身をくりかえす。


 でも、何に変わってもだめだった。

 いつも感じる、あのぽおっとしちゃうような気持ちよさがない。

 諦めずに何回も魔法をかけて、それでもどうしてもだめで。元に戻ってみて。


「あっ……!」


 ふと気がついた。

 そっか。

 わたし、もしかして、物になることが好きだったんじゃなくて……物になって、メルちゃんがわたしのことを着てくれたり、遊んでくれたりするのが、好きだったんだ……。

 だから、一人で変身してもつまらないんだ。


 あれ、あれ?

 どうしてだろう、気がついた途端に、体が熱くなってくる……。

 まただ。また、この気持ち。変なの……。


 ◆ ◆ ◆


「ごめんね、おまたせ」


 玄関のベルがちりん、と鳴る。帰ってきたメルちゃんをわたしは迎える。


「おかえり! メルちゃん。どうだった? お手伝い」

「大変だったよ。花飾りいっぱい作っちゃった」


 そう言ってメルちゃんはかばんを探る。


「はい! これ、ルットちゃんにおみやげ!」

「わあ……!」


 メルちゃんがくれたのは、白いお花で出来た、素敵な花飾り。

 嬉しくて嬉しくて、すぐに頭に乗せちゃった。


「えへへ、どう? 似合ってるかな」

「うん。ルットちゃんの紅い髪にぴったりだよ!」

「そうかな……。ありがとう。メルちゃん」


 メルちゃんに褒められて、嬉しいけれど、ちょっぴり照れちゃうな……。

 そんなわたしの様子をにこにこと見ていたメルちゃんが、ふと何か思い出したかのように顔を上げる。


「そうだ、今日はメルが物になる番だね」


 そういえばそうだったかも……。


「ごめんね、待たせちゃって。今すぐ変身するから……」


 そう言ってメルちゃんは魔法のステッキを取り出す。


「ううん」


 けれど、わたしは首を横に振った。


「……え?」

「メルちゃん、疲れてるよね。だから、花飾りのお礼に……今日はわたしが変身するよ」

「えっ……良いの?」


 メルちゃんはびっくりしたみたい。


「うん、もちろんだよ!」

「そう、かな。ありがとう」

「何に変身してほしい?」

「じゃあ……パジャマ。かわいいパジャマがいいな」

「分かった。えいっ」


 魔法を使えば、とピンクの煙が、わたしの体を優しく揉んで変えてくれる。

 そうしてわたしは、メルちゃんがくれた白いお花の模様が入った、一着の白いパジャマになった。


「かわいい! お花の柄だ……!」

「どうかな、上手く変身できてる?」

「うん。とっても、とっても、かわいいよ、ルットちゃんのパジャマ」


 『早速着てみるね』と言って、するり、とメルちゃんはわたしを身にまとう。

 やっぱり……こうやってメルちゃんと触れてる時が一番気持ちいいな……。


「どう? 上手く変身できてる?」

「うん。ぴったり」

「わたし、ちゃんとしたパジャマになれてるかな」

「もちろんだよ。ルットちゃん。ルットちゃんの変身、ふわふわしてて、メル、大好きだよ」

「えへへ……嬉しいな」


 パジャマになって、褒めてくれるなんて。


「どうしたの? ルットちゃん。今日はとってもごきげんだね」

「そうかな……?」


 と、ごまかすけれど。

 だって、メルちゃんの洋服でいられる。メルちゃんが望んだ姿でいられる。

 こんなに嬉しいことは他にはないんだもん。


「どうしてどうして? 何かいいことあった?」

「……内緒」


 わたしがごまかそうとすると、


「え~」


 メルちゃんは頬を膨らませて、ちょっと不満そう。そんなメルちゃんもかわいくてかわいくて……。

 思わずほころんじゃってるのをメルちゃんに気付かれないようにしながら、もう一度。


「内緒だよ。くすっ」



 ◆ ◆ ◆



 大好きだよ。大好きだよ、メルちゃん。

 ずっと、いっしょにいれたらいいな。

 ずっと、メルちゃんの物でいたいな。

 でもね。

 メルちゃんも、自分がものに変身するのが、もっともっと大好きになるかもしれない。

 メルちゃんも、わたしと、おんなじ気持ちになるかもしれない。

 それなら――、一日交代でメルちゃんも物になれないとフェアじゃないよね。

 わたしばっかりいい気持ちになれないもん。


 だからわたしたちは、かわりばんこで物になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かわりばんこ 夜狐紺 @kemonight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ