第7話 エイミの想い 仲間の想い

 ベンチに腰掛け、周りを見渡しながらエイミが感嘆の声を上げる。

「ここからの景色、とっても綺麗ね。沢山の草木の緑、可愛いお花、澄んだ池の涼しさ、広い広い空を見上げれば・・・鬼竜のボディが眺められるわね。」

「最後のは褒めたのかしら?ご不満なのかしら?」

「あはは、カッコイイ鬼竜様を褒めたのよ!」

 ヘレナがアルドの方へ向き直って言う。

「あなたよりも彼女のほうがセンスある冗談を言えるわね。」

「・・・何とでも言ってくれよ。」


 戦闘もしてないのにHPとMPを消費した気分だぞ。もう食べることに集中してやる。

 アルドはベンチの二人から少し離れ、ふかふかの芝生の上にあぐらをかいた。ランチボックスを開け、固めのしょっぱいパンをかじり、採れたてサラダのシャキシャキした食感を楽しむ。

(ああ、ほっとする・・。)アルドは優しい味に包まれた。

 こうやってピクニック気分で外で食事するのって気持ちいいな。バルオキー村に帰ったら、フィーネにサンドイッチ作ってもらって爺ちゃんと三人でヌアル平原にでも出かけるかな。

 お腹も心も満たされ、ふとベンチの方へ視線をやるとエイミがいつになく真剣な表情をしてヘレナを見つめている。おいおい、只事ではなさそうな雰囲気だぞ。


 意を決したようにエイミがヘレナに語りかけた。

「私ずっとヘレナに言わないといけないことがあったの。」

「あら、何かしら。」

「私まだ心の中で合成人間のことを許せてないのよ。だって、彼らのせいでもう母さんは戻ってこないんだもの。」

「・・・。」

「でもね、ヘレナのことは大切な仲間の一人だと思ってる。私たちの作戦に協力してくれたし、私たちの事、命がけで助けてくれたわ。その人間と同じサイズのボディであの大きな鬼竜の落下を防ぐなんて無茶してまでね。」

 エイミが続ける。

「それにあなたは人間との共存を望んでいる。成り行きで戦って倒してしまったけど、リーダーのガリアードもこの星を救うことを望んでいたのよね?」

「ええ、そうよ、ガリアード・・・。」

「私たちのこと、人間のこと、憎いと思っているんじゃない?」

 ヘレナがじっとエイミを見つめて答える。

「それは、母親を失ったあなたと同じ感情かもしれない。でもガリアードが見ていた夢をあなた達となら叶えることができるかもしれない。私はその夢を目指して、もう後戻りする気はないの。」

「そう、ありがとう、ヘレナ。こうやって合成人間のあなたと行動を共にする日が来るだなんてあの頃は想像もできなかった。これからもよろしくね。」

「ええ。こちらこそ。」

 二人の間にはもうなんのわだかまりも無いようだ。

「じゃあ、私はこれで。」

 そう言うとヘレナは軽やかに空を飛んで行ってしまった。

 アルドがエイミに話しかける。

「なんだ、ヘレナの奴、あっさり行っちゃったな。」

「うふふ、あれで照れてるのよ。私だってなんだか恥ずかしくて羽があったら飛んで行きたいくらいだもん。」


 エイミが立ち上がってアルドの傍に腰を下ろした。そのままゴロンと芝生に寝転がる。

「ふーっ、気持ちいいわね。このままずっとここでこうしていたいくらい。」

「そうだな、よっ、と。」

 アルドも組んでいた足を解き、大の字になって空を見上げる。

 遠くに鬼竜が旋回している音が聞こえる。


「・・・ねえ、アルド、私のワガママな旅に付き合ってくれてどうもありがとう。」

「ああ、俺も楽しかったし、そんな礼を言われるようなことじゃないよ。美味いものいっぱい食べられて良かったよ。」

「ふふ、アルドは本当にお人好しで優しいよね。私、あなたの仲間の一人で良かった。」

「はは、俺だってエイミと仲間で良かったと思ってるよ。」

「・・・私ね、自分がすごく不幸な人間だと思ってたのよ。」

「えっ?」

 思いもよらない言葉にアルドはエイミの横顔を見つめる。

 だがエイミは真っすぐ空を見上げながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私、子供の頃に母親を失ってるじゃない?それだけでもう悲しくて寂しくて、この世の中で私が一番不幸な人間じゃないかって、そんな気持ちがずっと心の底にあったの。

 でも、この旅でアナベルさんとお話しした時にね、アナベルさんは故郷の村を魔獣に滅ぼされたんだって聞いたのよ。何もかも失った過去があって、それでも今は王国騎士団に所属して、聖騎士としてユニガンの街を守ってて・・・。

 敵との戦い方を見てもそうよ。私はひたすら力任せに殴ったり蹴ったりしかできないけど、アナベルさんは敵の攻撃を全部自分に引き付けて、私たちを守るように戦ってくれる。いつも助けられてばかりだわ。」

 エイミが一呼吸おいて話し続ける。

「アザミちゃんだって立派だわ。東方から海を渡って修行しているなんて。一人で寂しく過ごす日もあるはずなのに、親元から離れて厳しい道を選んで、自分を律していてほんとにしっかりしてる。強い女の子よね。

 自分が恥ずかしくなったわ。帰る場所があって、ザオルの親父がいて、頼れる仲間がいっぱいいるのに、何ワガママ言ってるんだろうって。こんなに私、幸せだったってことに今まで気付かなかったなんてね。」

 エイミが体を起こし、アルドを見つめて強い口調で言う。

「ねえ、アルド。あなたの大切な人、絶対救うから。私にも手伝わせてね。」

「ああ、心強いよ、ありがとうエイミ。頼りにしてるよ。」

 二人の信頼関係に揺らぐ物など何も無い。


「さて、じゃあぼちぼち帰るか。きっと俺たちのこと待っててくれてるんじゃないかな。」

「そうね。帰りましょう、次元の狭間に。ここからなら麦畑に時空の穴があるし、すぐね。」

「そうだな、じゃあ帰ろう。」

 二人は麦畑へ歩いて行き、青い時空の穴へと吸いこまれた。



 上空ではその様子を鬼竜がじっと見つめていた。

「乗らないのか・・・」

 寂し気な声がこだまする。

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