第6話 ラウラ・ドーム

 気持ちの良い朝が来た。窓からは小鳥たちのさえずりの声が聞こえてくる。

「おはよう、アルド!」

 エイミがアルドの部屋へ元気良く飛び込んできた。

「・・・・うーん」

「もう!フィーネちゃんから聞いた通りの寝起きの悪さね!ほら、起きて起きて!アルドおにい~ちゃあ~~~ん!」

「・・・エイミ。声色がフィーネと全然違うぞ。もっと思いやりを持ってだな」

 パシッ!エイミが軽くアルドの頭をはたく。

「悪かったわね!可愛げがなくて!朝ごはん、食べに行くわよ!」

 眠い目をこすりながらアルドが尋ねる。

「もうどこ行くか決めてるのか?」

「ええ、旅ももうたっぷり楽しんだし、ラストは私の時代で締めようかと思ってね。昨日は食べ過ぎちゃったし、体に良さそうな軽いものにしましょ。ラウラ・ドームに行かない?」

「ああ、いいんじゃないか。」

 エイミはこの旅をそろそろ終わらせるつもりらしい。なんだかんだ言って楽しかったな、とアルドは寂しい気持ちが押し寄せてくるのを感じた。



 ラウラ・ドームへ着くと、さわさわと麦の穂が揺れる音に包まれる。

 ここでは未来においては珍しく、限られた自然を守り、空中に浮かぶこの地で農作物を育てている。

「ラウラ・ドームはエルジオンとは全然雰囲気が違うよな。まるで違う時代に来たみたいだよ。」

 アルドがそう言うとエイミが頷きながら答える。

「そうね、ここは自然派主義っていうのかな、化学的に合成された食品を使わないように気を配っている住人が集まっているのよね。だから宿屋で出される食事も健康的なのよ。」

「へえー、しっかりしてるんだな。美味けりゃなんでもいいけどな、俺は。」

 じろりとエイミがアルドを睨む。

「あ、いやその、楽しみだな、ラウラ・ドームのランチボックス。初めて食べた時のことを思い出すよ。」

 慌ててアルドは話を逸らす。

 そう、ラウラ・ドームでアルドたちは大冒険をしているのだ。

「今改めて思うと、すごい作戦だったよな・・・。」

「あはは、後にも先にも絶対もう二度とやりたくないわよ!」

「・・・俺も。」


 宿屋へ着き、受付の女性へ食事の用意を頼んだ。

「ねえ、アルド。どこか景色のいいところで食べましょうよ。」

「ああ、そうだな。麦畑でも行くか?」

「いやいやそれ、いい景色じゃないわよ。埋もれちゃって何も見えないじゃないのよ。」

「・・・ごめん。」

「センスないんだから!もう!いいわよ、少し外を歩いて決めましょ。」

 ラウラ・ドームの宿屋ではラウリー麦パンとサラダのランチボックスが定番の人気メニューだ。ラウラ・ドームで生産した麦で作った固めのパンと自然派志向をうたうサラダのセットで、シンプルな味付けでいかにも健康に良さそうな食事といえよう。

 ランチボックスを受け取り、少し街を歩くことにした。


 アルドとエイミが花火師の家の前を通りがかると、昨日のことのように過去の記憶が蘇ってきた。それは、合成人間による歴史改変を阻止するため、まだ敵同士だったあの日、空中に浮かぶ鬼竜(今となっては旅の移動手段でもあり大切な仲間である)めがけて花火を打ち上げ、その花火玉の中に入って突入するという、とてつもない作戦を遂行したのだ。

(ああ、生きてて良かった)

 心の中でそう噛みしめ、花火玉の打ち上げ台である大筒をしみじみと眺めていたその時、二人の背後上空からアルドの手元を狙う影が飛来する。

「シュッ」

 空を切る音とともにアルドの右手が軽くなった。

「うわっ、ランチボックスが!」

「なになに?!何が起きたの?トンビでも飛んできた?ちょっとぉ!」

「いや、鳥なのか?結構な大きさの包みだったっていうのに。」

 手ぶらになったアルドが慌てて上を見上げると、見たことのある紫色のボディが軽やかに上空を舞っている。



「ヘレナ!!」


 唖然とする二人の前にゆっくりと彼女は降り立った。

「あなたがあまりにも間抜けな顔を晒してるのが悪いのよ?盗って下さいと言わんばかり。昔はもっと緊張感持ってたんじゃなくて?」

 すました顔でランチボックスをアルドに返すヘレナ。

「いや、油断も何もないだろ・・・・。何でここにいるんだよ。何してるんだよ。」

 表情を変えることなく(ヘレナは合成人間のため人間のような表情の変化はそもそもないのだが)、ヘレナはこう続けた。

「ずっと廃墟に籠っているとでも思っていたの?私が空を飛べる事くらい百も承知でしょう。自由に空中散歩してはいけないというの?」

 エイミがもう我慢できないと言って笑いこける。

「だって、ヘレナが、こんなことするなんて!あはは!信じられない!クールが売りだと思ってたのに!あはは!」

 アルドもつられて笑い出す。

「そうだぞ、昔は敵対して本気でやりあったっていうのにさ!こんなイタズラされるなんて夢にも思わなかったぞ!」

 二人はお腹をかかえて笑っている。そんな姿を見てヘレナは思う。

(人間と分かり合えるなんて、想像できなかった。ここであなた達に初めて協力したのよね。馬鹿な人間だと思ったわ。それでも、この星のため、その選択は間違いじゃなかった。今はそう確信している。)

 口には出さなかったが、合成人間と人間が共存する世界へのヘレナの思いは、平和を願うアルドたちと同じものだ。

「あはは!そういえば、あの時すっごくヘレナ引いてたわよね!花火玉に乗り込んでいく私たち見てさあ!」

 ヘレナのボディが小刻みに揺れ始めた。

「ええ、人間の思考回路を理解できる日が来るとは思えなかったわ。正気の沙汰じゃなかったわね。」

「そうよね!私もそう思うわ!ありえないもん!」

 今更だけど過去の俺の渾身の作戦、全否定。上手くいったんだからいいじゃないか・・・。アルドは苦々しい顔をしてうつむく他無かった。


「二人とも笑い過ぎだぞ!もう飯だ飯!飯にするぞ!」

「あはは、何アルド、すねてるのよ!でもまあ、お腹すいたのは確かなのよね。そうだ、食べる場所を探してたんだったんじゃない。どこかいい場所見つけなきゃ。」

 その会話を聞いてヘレナが言う。

「休憩するなら池のほとりにベンチがあるわよ。知らないの?」

「あ、そうね、そこにしましょう!・・・ヘレナ、もし良かったら一緒に来ない?」

「あら、どういう風の吹きまわしかしら?まあ、同席するだけなら構わないけれど。」

 アルドがぎこちない笑顔で問いかけてみる。

「ヘレナも、パンとサラダ食べるか?宿屋でもらってきてやるぞ。」

「・・・本気で言ってると解釈して答えれば良いのかしら?」

「・・・なんでもない。」

 

 ヘレナがひとつ溜息をつく。

「あなたって、なんて燃費の悪い生き物なのかしら。」


 おい、どういう意味だよ・・・。

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