第5話 草原の村 サルーパ
店を出てリンデの町を歩く三人。
エイミが言う。
「ほんとに来て良かったわ。こうやって地上を歩いて、ゆっくり海を見ることができて、美味しいお魚料理も食べることができて。最高の気分よ。」
「そりゃ良かったよ。これでもう満足か?美味いもの食べつくしたろ。」
アルドが恐る恐る聞いてみる。
じっとアルドを見つめるエイミ。潮風になびく髪をかき上げ、こう答えた。
「うーん。満足したといえばそうね・・・その通りよ。」
ほっと胸をなでおろしかけたのも束の間、エイミはニヤリと笑ってこう続けた。
「お肉も食べたいわね。」
緑に囲まれた草原の村、サルーパ。そこへ降りたのはアルドとエイミ、そしてアザミだ。
「ぜひ、拙者もお連れ下され!」
と、アルドがサルーパ行きを提案したとたん、アザミも一緒に行きたいと熱烈に言い出したのだ。もちろんエイミも快諾し、この地にやってきた。
「んんー!この村、なんて気持ちいいんだろう!」
そう、この時代は古代、BC20000年なのである。
「空気が美味しいってこういうことを言うのね。草木の香り、土の匂い、大自然の中を歩いてるんだわ、私。究極の癒しね。」
「左様でござるな。日頃、港町で暮らしていると、こういった緑に囲まれた村はまた新鮮に感じるでござる。のんびり過ごすにはもってこいの場所でござるな。」
エイミもアザミも嬉しそうだ。
ゆっくりと村の中を歩いていると、道端でうずくまっている若い男がいるのに気が付いた。どうやら足をくじいたのか歩くのもままならないようだ。思わず声をかけた。
「おい、大丈夫か?足が痛いのなら肩を貸すぞ、どこまで行くんだ?」
若い男は驚いてアルドの方を見た。
「ああ、旅の人かい?すまないね、みっともないことで。いや、家はすぐそこなんだが、困ったことになっちまったな。」
アルドは男を支えて歩き始める。エイミもアザミも心配そうに覗き込みながら隣を歩く。
「実は狩りに行かないといけないんだが、このざまでな。俺の仕事はハナブクを狩って宿屋へ届けることなんだ。君たちもうちの名物料理を目当てに来てくれたかもしれないってのにすまないな。」
「そんなこと気にするなよ。まずはケガを治さないと。ここが君の家かい?」
「ああ、送ってくれてありがとう。旅の人よ、ついでといっては申し訳ないんだが、宿屋に行くなら肉が届けられないことを伝えてきてはもらえないだろうか。」
「ああ、まかせとけ。いいか、ゆっくり休むんだぞ。」
男の家を出るとエイミがアルドのところへスーッと近寄ってきた。
「ねえ、アルド。」
「あ、ああ。残念だったな。とりあえず宿屋に報告を・・・」
そう言いかけた時、エイミがすぐさまかぶせて言い放った。
「わかってるわよね?さあ、チャロル草原に行きましょうか。」
やはりそうなるのか。今夜の食事は自分たちで調達することになりそうだ。
チャロル草原へハナブクを探しにやってきた三人。すると遠くに人影が見える。近づいてみるとどうやら女の子のようだ。
「ええと、こんなところで何してるんだ?」
アルドが話しかける。
振り向いたのは褐色の肌をした女の子。手にはタロットカードを持っている。
「あら、なにかご用かしら?占ってみましょうか?」
彼女の周りでくるくるとタロットカードが回り始めた。
慌ててアルドが話を続ける。
「あ、いや、なんかなりゆきで、ハナブクを狩ることになってな。このあたりにいるのか教えて欲しいんだけれども。」
「ええ、時々見かけるわね。でもいきなり現れたりするから気を付けて探すことね。」
「そうか、ありがとう。」
そこまで話したところで何やら背筋に冷たいものを感じた。アザミがじっとこっちを見ている。
「アルド殿、そう親し気におなごと話すものではござらぬ!サムライたるものもっと毅然とした態度でおらねば!」
「え、いや、俺、サムライじゃないし・・・。それにこれくらい普通だろ、アザミともエイミともいっぱい会話してるじゃないか。」
「ぐぬぬ・・左様でござるが・・・。」
なぜだかアザミの機嫌がよろしくないが、アルドは気に留めずに女の子に話しかけた。
「そうだ、もし占いでわかるなら、どこにハナブクが生息してるかちょっとやってみてくれないか?」
「ふふっ、まかせなさい。」
するとカードがくるくると回り、1枚のカードを手にとって言う。
「あら・・・この結果は」
「どうだ、わかったかい?」
「・・・、後ろ」
振り向くと、そこにはこちらに向かって突進してくる丸々としたハナブクがいた。
<戦闘シーン導入>
「いざ、尋常に勝負!・・・・っご覚悟!」
その勇ましい声とともにハナブクはアザミの刀で仕留められた。
「ああ、驚いたな、もう。助かったよ。」
アルドは冷や汗をかいている。
軽くため息をついてアザミが答えた。
「これくらい造作ないでござる。怪我がなくてなによりでござるよ。」
にっこりと笑う。
「これで美味しい夕餉にもありつけるでござるな。」
「ああ、俺たちだけじゃ食べきれない量だな・・・。そうだ、良かったら君も一緒にどうだい?」
アザミの眉がぴくっと動いた。
「あら・・?私も?」
「ああ、人数は多いほうが飯もうまいよ。せっかく出会ったんだし。それに占いでハナブクの場所も当ててもらったようなもんだしな。」
「うふふ・・お誘いありがとう。でも遠慮しておくわ。その・・目の前で仕留められたこの子を今から食べに行くというのがちょっとね・・・。」
エイミも苦笑いしながら同意する。
「わかるわ、それ。普段は私、合成人間とかドローンと戦うのは平気なんだけど、生き物を倒すのって実はちょっと苦手なのよね。・・・・・例えばゴブリンとかね。」
「そうか、ごめんな、気がきかなくて。せっかくだから飯でも食いながら君ともゆっくり話したかったんだけどな。立ち話で悪いな。」
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいわ。」
アルドと女の子は楽しそうに語らっている。二人の近くにいたアザミは、その薄紫のふわふわとした髪から良い香りが漂ってくるのに気が付いた。
(このおなご、拙者の直感によるとアルドを好ましく思って居るに違いないが、なんと思慮深い事か。これが『じょしりょく』というものであろうか。それなのに拙者は・・・旅に同行したいとずけずけと申し出るわ、敵を問答無用に刀で仕留めるわ、平気でそれを苦も無く食べる気でいるわ・・・幻滅されても仕方がないでござるな。)
真っ黒でまっすぐな自分の髪を指に巻きつけながら、二人をうらめしく見つめるのみであった。
宿屋へ入ると、大きなハナブクを担いだ旅人に店員は驚いていたが、猟師の事情を話すと納得がいったようで、お礼にとすぐ料理してくれることになった。
サルーパの名物は、ハナブクの脂身の多い部位をトロトロになるまであぶった料理である。ハナブクのトロトロ焼き、と銘打たれたそれは、甘みが強く口の中でさらっととろけるのが特徴である。
香ばしい肉の焼けた香りとともに料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。ハナブクのトロトロ焼き、まだまだありますのでたくさん召し上がっていってくださいね。」
「いただきます!」
その食欲をそそる香りとつやつやとした肉の塊に、一同はすぐさま手を出しぱくっと噛みついた。
「ああ、なんて美味しいの!噛むたびにジューシーな肉汁で口の中がいっぱいよ!トロットロのお肉で舌がとろけそうだわ!」
うんうん、と頷きながら皆ひたすらワイルドに肉にかぶりつく。手も口の周りもべたべたになることも厭わず、その美味しさにしばし酔いしれた。
「うーん、もうだめ、お腹いっぱい!幸せ~!」
「拙者ももう限界でござる~。」
「ああ、俺ももう食えないぞ。それにしてもみんなよく食ったなあ。」
あはは、と笑いながらアルドもはちきれそうな腹をさする。
「ねえ、もう私一歩も動けない!もうこのままここで寝ちゃいたいわ。いいでしょ?アルド。」
エイミがすがるような眼差しでこちらを向く。
「そうだな、そうしようか。アザミもサルーパに泊まっていくだろ?」
またエイミが女子トークとやらをやりたそうだしな、そう思ってアザミへ問いかけた。すると帰ってきたのは意外な返事だった。
「いや、そうしたいのはやまやまでござるが、鬼竜殿で拙者をリンデへ帰還してもらえないだろうか。」
「えっ、一緒にお泊りしましょうよ、アザミちゃん。」
エイミも思わず声を上げる。
「いや、ついつい楽しくて調子に乗ってしまったでござるが、拙者は修行中の身。こんな腹いっぱい飯を食らい、なんの鍛錬もせずに自堕落に過ごすなど許されるはずがないのでござる。寝る前に刀の手入れをしてからでないと落ち着いて床に着くことなどできぬし、食べ過ぎた故、少々リンデの海岸で素振りでもせねば。」
今日くらいいいじゃない、とエイミが甘く誘ってもアザミは首を縦に振らない。とうとうアザミは鬼竜へ乗り込み、リンデへ帰ってしまった。
「女子トーク、したかったなあ。」
残念そうなエイミ。
一方、リンデに向かう上空でアザミは思っていた。
(これで良かったのでござる。此度はサムライらしからぬ言動ばかりであった。アルド殿が近くにいると、拙者どうも落ち着かぬ。しかも邪な感情を大人し気なおなごに向けるなどとんでもないことでござる。しばし気を静めねば・・・。それにしてもこの心の臓の痛みはやはり医者に診てもらうべきであろうか、ううむ。)
うら若き乙女の悩みはこれからも続く・・・・・・。
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