その5

 戦役で焼け野原になってしまった旧国立市を国が丸ごと買い上げて作った国営学校、国立国立(こくりつくにたち)高等学校。その府中市に近い南の外れには、巨大な滑走路が一本設置されている。試作戦術機が無造作に駐機されている研究用の滑走路だ。一応は。

 その滑走路上に一機のホワイトカラーの試作機が佇んでいる。

 それは日本が現在国防用として所有してるどの有人戦闘機よりも、巨大で、醜悪で、そして――優美な機体だった。

 80式緊急搬送機。機体愛称はヤエ。

 名目上は高速性が売りの救急医療用の単なる輸送機に過ぎない。患者を迅速に搬送する、空飛ぶ救急車だ。その皓白(こうはく)の機体色は伊達ではない、一応。

 しかし、日本が現有する有人航空戦力全てを相手にしても、この機体は勝てるだけの能力を秘めているだろう。僕はこのパイロットシートに座った瞬間にそれを悟った。

 この機体が搬送機――輸送機という類別名称なのは、予算を通すためのおためごかしでしかない。

 複座式の後席をイジェクションシートごと取り払い、開いたスペースに専用のカプセルを設置する。搬送される対象者はその中に胎児のように押し込められることになる。酷い設計だ。

 更にこの機体はSTOL――短距離離発着機能の優れた機体とあるが、それはエンジンの大パワーと優秀な機体設計を「即効性」にのみ投入したものであり、それがたまたま短い滑走距離で飛べる性能に反映されただけだ。災害発生場所での展開能力に不可欠な「周りに与える影響」は何一つ考慮されていない。確かにコイツは日本の狭い道路でも無理をすれば飛びたてるだろう。しかし、ヘリが街中で飛び立ったとしても強い風圧を巻き起こすだけだが、コイツが街中で飛び立ったら近接するもの全てを、そのソニックウェーブでぶち壊しながら離陸する。

 この輸送機は、何者よりも早く、重体患者の緊急搬送に使えると、でかでかとマニュアルには表記されている。

 狂ってる。

 確かに「患者」を素早く移送することは可能だ。しかし、大地を離れる時の加重に押し潰されて、爆弾倉に押し込められた患者の内臓はミンチになってしまう。この輸送機を本当に重体患者の搬送目的に使うのなら「患者→死体」と変化してしまうのを許容しなければならない。それに搬送時にはかなり無理な姿勢で押し込められるのだから、寝た状態から動かせない患者はアウトだ。

 僕、妖乃森春人(あやのもりはると)は、昨日登校した時に、担任の教師から校長室へ出頭するように命ぜられた。

 そこで校長から直々に「新型機のテストパイロット」へと任命された。

 元々がこの国立高校は、旧世紀中にヨーロッパの地を駆け巡っていた重戦車が応急修理実習用としてさりげなく校庭に置いてあるような学校なのだ。その学校に僕は半ば強制推薦されて入学してきた。

 学費0円の全寮制国営学校――それは冷静に考えれば「特殊な収容所」でしかない。しかし僕には拒否権は無かったのだ。貧民層には「学費0円」は垂涎だ。僕の両親は「国立学校に推薦された」という理由だけでもろ手を上げて僕を送り出したし、その時点では僕もなんの躊躇いもなくこの高校へ進学した。

 宗教の拘束のない絶対資本主義国家である日本国では、金額というファクターは重要すぎる。人の命すら金で買えてしまうのが日本という国だ。だから僕は自分が在籍する国家の意思に沿って、この学校に進学したんだ。全ては――貧乏が悪いんだ!

 僕のように新型航空機の試験飛行を突然言い渡される者もいれば、校庭に置いてある半壊状態の重戦車とは比べものにならないくらいに高性能で扱いにくい新型戦車の要員に指名される者だっている。龍機兵の操士にされる者だっている。ようはそういう高校なのだ。

 校長から訓示を受ける僕の隣りには、いつも一緒に図書委員をやっていて、僕が密かに好意を寄せている石動冬子(いするぎとうこ)さんの姿があった。

 彼女も新型機の試験要員として選出されたらしい。なんという偶然――いや、この高校的にはそれは必然だったのか? 彼女と共に過ごした図書委員としての時間も、学校が用意した当然の必然だったのかもしれない。

 しかしそれでも、彼女に恋をした僕の気持ちまでは、いくらこの学校でも制御できないはずだ。そんなものまで操れる技術があるのだとしたら、こんな機体に人間を乗せて飛ばす必要なんて無い。

 そうして僕と石動さんは今現在新型航空機の機上の人となっていた。

 この国立高校に入学してくる者は、何か一つは特殊能力を持っている。僕の友達の一人には念動力(サイコキネシス)を使える女の子もいるし、クラスメイトが特異な力を大道芸人みたいに披露しているのを何度か見たことがある。

 僕は今までその自覚が無いまま学校生活を送っていたが、どうも自分の能力は「与えられた新型乗用機械にすぐ習熟できる」というものらしい。

 これはある意味驚異的能力――最強の力だ。人間の設計力はすぐに人間そのもののポテンシャルを超えてしまう。いくら高性能機械と作ったとしても、その乗員である人間がその運動性能に耐え切れなくなって死んでしまっては意味が無い。

 ならば無人にすれば良い?

 誰しも一度はそう思うだろう。しかし無人機械化軍団の暴走により、旧国立市を始めとした首都圏の各地が焼け野原になってしまったのは記憶に新しい。一部は再生不可能な砂漠地帯にまでなってしまったこの惨劇を見れば、誰だってもう無人兵器に国防を任せたいとは思わない。

 そして戦役後の世界では、人間の誰かが血の代償を支払うことになる。それが今度はたまたま、そんな都合の良い特殊能力のある僕に回ってきたというだけだ。

 僕は搭乗員を軽く殺してしまえるだけの機動能力を持つ機体であっても、操ることが出来る。

 なんで? と問われても、それが僕の特殊能力なんだから仕方ない。僕も自分の両親に「なんで?」と問いたいくらいだ。

 しかし僕はその変な力のおかげで学費0円で進学できたし、石動さんという女の子にも出逢うことができた。

 石動さんはパイロットシートである僕の後席、ナビゲーターシートに座っている。石動さんは患者でも何でもないので通常仕様の後席だ。

 石動さんの特殊能力に関しては、僕はあまり知らない。我を忘れると素手で岩石を破壊するほどのパワーを発揮するのは確認したけど、それ以外にも石動さんは得意な力を持っているのだろうか。

 少なくとも僕と同程度の力は持っていてもらわないと困る。そうでなければ普通の人間に絶えられない機動を僕がしてしまったら、石動さんを殺してしまう結果になってしまう。そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。

「妖乃森くん、コンタクト」

 僕の不安を遮るように、石動さんが機体のエンジン始動を伝えてきた。外部支援車の動力がつながれてヤエのエンジンが回転を始めている。

 双発エンジンに火が入り、機体が前輪のショックアブソーバーを縮めてニーリングの姿勢に入る。飛び出す力を溜め込むように、自らが放出する推力に耐えようとする姿勢変化。僕はそれを体で感じて、獰猛な猛獣の背に乗ってしまっていることを、否が応にも自覚させられた。僕は是が非でもこの猛獣を乗りこなさなくてはならない。生きて帰ってくるために。

 主翼が問題なく動くのを左右を見て視認する。続いて各フラップの全てが正常に作動することを確認する。プリフライトチェック終了。オールグリーン。

 僕の問題なしのサインを受けて、地上整備員が搭載ミサイルの安全ピンを抜いていく。ヤエは初飛行だと言うのにいきなりのフル装備だ。現在の東京の空は、地雷の撤去が不十分な東南アジアの地を駆けるのに等しい。そう言う意味では空は閉鎖空間のようなものなのだが、そんな状況だからこそ制空権を持っていたいと思うのが心理。そしてその犠牲者が僕と石動さんだということ。でも単なる犠牲では終わりたくない。ちゃんと生きて帰ってくるつもりだ。

 武装のセイフティが全て解除され、地上管理責任者がOKを伝えると同時に、機体に接続していた通話用のコードプラグを引き抜く。これでヤエは陸の拘束から全て放たれた。

 キャノピーを下ろす。ブレーキレバーを離す。巨体が滑り出す。

「行くよ、石動さん」

 ヘルメットバイザーを下ろす直前に、僕は後ろに振り向いた。石動さんもまだバイザーを下ろしていなかったらしく、何ものにも遮られない生の視線が交錯する。

「うん」

 至極簡潔な会話。もし生還できなければこれが最後の肉声での会話になり、彼女の顔を見るのも最後になる。そんなこと、絶対にさせない。石動さんの夢は図書館司書になることだ。その夢をこんなところで終わらさせないためにも絶対に生きて帰ってくる。

 僕は姿勢を正面に戻しバイザーを下ろすと、機体をスタートさせた。出力最大。滑走開始。僕も石動さんも凄まじい加速に声が出ない。ヤエはほんの数十メートル滑走路を使っただけで宙に浮いた。まさにロケットスタート。爆音を轟かせ白い機体が天に昇っていく。

 圧倒的加速力が巨体をあっという間に巡航高度へ乗せる。そのまま高高度を維持。巡航速度へ移行、速度固定。

 本日の飛行スケジュールは、東京北部の武蔵砂漠、東京東部の房総島、東京南部の第弐相模湖を一周ずつ旋回、上空から偵察を行い、帰還する。

 一応は新型機の初飛行らしく、軽い任務だ――平時であれば。

「妖乃森くん、接近する機影3、5時方向から6時方向に移動中」

 房総島を旋回中に、それはやってきた。

 それこそテレポーター(瞬間物質移送機)でも使っているんじゃないのか? というほどの迅速さ。いや、向うは人間という脆い生態部品を使う必要が無いのだから、そんな無茶な技術も実用として、既に戦役中には確立されていたのかもしれない。

「エンゲージ」

「エンゲージ了解」

 僕は交戦状態を宣言、実戦だ。

 今現在東京の地の大半には戦役時に無人機械化軍団が隠した、緊急展開用制空戦闘機の発進サイロが、いまだに多く埋まっている。

 首都圏のほとんどが戦火に包まれた戦役は、大規模な地上戦で収束した。だから異次元的強さを誇った航空戦力は負けたわけではなく、生き残った都民は空中に関してはいまだに脅えながらの生活を強いられている。発進サイロの地上からの駆除も地道に行われているが、数が多すぎて手におえないのは地雷原と同様。

 戦役中の負の遺産が時たま起動し、そしてたまたま飛行中の航空機を撃墜する。無人機械化軍団の中ではまだ戦役は終わっていないのだ。暴走した中枢機構が、東京上空を飛ぶ全ての機体を領空侵犯機として認識している。

 更に僕たちが今乗っているのは戦役後に作られた新型機。

 データには無い機体が飛んでいるのだ。威力偵察の目的で何らかの接触はしてくるだろうし、脅威判断が高ければ撃墜しようと迫ってくるだろう。

「ミサイル、2」

 石動さんの声。それと共に感じる二つのプレッシャー。先頭の敵機が空対空ミサイルを撃ってきた。

 接敵してきた無人機たちは、僕たちのことを問答無用で落しにかかってきた。

 バレルロール。インメルマンターン。機体がミサイルと正対する。距離1000。短距離ミサイルを発射。こちらも二発。一発撃破。もう一発――外れる。機首ガトリングガン選択。猛烈な弾幕の中にミサイルは飛び込み、爆砕。更にヤエをその中に飛び込ませる。これで一瞬でも時間が稼げれば……しかし敵も迎撃専門機。その程度のトリックは効かず、今度は後続の二機がミサイルを二発ずつ、計四発。

 僕はヤエを旋回させると同時に、急激な機首の引き起こしをさせた。機体が軋む。限界を超えた起動で機体がスピン。更にきりもみ状態へ。

 飛んできたミサイルはヤエが発生させる乱気流に飲み込まれ、そのまま目標を見失い、自爆。

 僕はスパイラルスピンに入りかけたヤエの可変翼、方向舵をフル可動させて機体を立て直す。多分これは何年もこの機体に習熟した者でもできるかできないかの妙技だろう。でも僕はできてしまう。簡単ではないが、こなすことはできる。

 無理な機動で自壊したと思われた敵機が姿勢を立て直すのを確認して、さすがに無人機群も慌てたようだ。端の一機が絶好の射点に飛び込んできた。ガトリングガン発射。胴体を撃ち抜かれた敵機が爆砕。一機撃破。残り二機。

 しかし元々無理な機動というのは、人間が乗っていない無人機の方が十八番だ。先頭の敵機が僕がやったのと同じような乱機動を見せ機体を強引に本機直上に持って行った。

「!?」

 僕は咄嗟に機体を右へローリングさせ敵機に対して横腹を向ける。背中をさらしてデカデカと巨体を丸出しにするよりマシだ。敵機機銃掃射。機体に嫌な振動。撃たれた!

「被弾! 状況確認!」

「機首左側面に3発の曳光弾の被弾を確認。機体機動そのものには問題なし」

「それは良か……!?」

 メインディスプレイのウェポンセレクターが全てレッドアラートを示していた。

「武装操作沈黙! なんだこれ!?」

「被弾により試作のOSがオーバーロードした模様」

「ちくしょう! これだから試作機は! 最大推力で逃げる!」

「ダメ! さっきの機動でエンジンが過熱気味。最大推力発揮は現状では一分が限度」

 なんだって!? 僕のやった機動がこんな形で仇になるなんて!? どうすれば。

「妖乃森くん……3分間、持たせられる?」

「3分? どうするの?」

「システムを書き換える。その間搭載コンピュータは完全に沈黙する。全てマニュアル制御になる。わたしもどう急いでも書き換えには3分間は必要……どうする?」

 石動さんがシステムの書き換えをしている間は、機体からの支援も受けられず本当に僕一人で何とかしなければならないということだ。

 僕はあらゆる乗用機械を乗りこなすことは出来る。しかし、武装も使えず最大推力も出せず、更にコンピュータの支援も無しに生き残れるか? といわれると自信があるわけがない。円周率を果てしなく覚えている人間が、電子計算機と同じスピードで暗算ができるのか? というのと同じ問題だ――しかし

「……書き換え、お願いする」

「了解」

 システムダウンの音。ディスプレイにはマニュアルオンリーの文字。やってやる。生きて帰るために!

 敵機が体制を立て直し再び集結してくる。

 パワーダイブ。失速寸前まで速度を落し、敵機をやり過ごす。アフターバーナー点火……駄目だ、エンジンが焼け付く。木の葉落しに切り替える。機体が左右交互に横滑りしながら降下、直後80パーセントの推力で猛ダッシュ。しかしそれでも大Gのために意識がブラックアウト寸前になる。勘を頼りに機種を敵機に向ける。視界が徐々に白んでくる。敵機の後炎が見えた。ガトリングガン発射……駄目だ、やはり動かない。

 僕がヤエをドライブしている間、後ろからはずっとカタカタという音が聞こえていた。こんな急激な戦闘機動の中でも、石動さんはシステム再構築を続けている。凄い。これが石動さんの特殊能力なのだろうか。どんな状況でも平静を保っていられるその力。普段の落ち着いたしとやかな姿を見ていると、それは事実のような気もしてくる。

 僕は敵機を追いかけ続けている。このまま尻を追いかけていれば狙われる心配は無い……後方射撃銃なんて洒落たものを敵機が装備していなければ。このまま持たせられるか?

 しかし何もしないで食いついていれば、さすがにこちらの武器が使えない状態であるのは敵機にバレる。いや、もうバレているのか?

 接敵アラート。6時方向に敵機。まずい、残りの一機に食いつかれた。敵機発砲。機体に再び嫌な震動。左尾翼に被弾したらしい。左右機動にダメージ。

 ちくしょう、発射できない残りのミサイルだけでも捨てられれば多少は軽くなるのに……まてよ、緊急投棄はコンピュータを解さず、ダイレクトに繋がっているはず。そうか!

 水平尾翼のフラップ全開。機体が尻を持ち上げる。ヤエの予想外の動きに、一瞬敵機の機動が戸惑いを見せる。戦場では一瞬の躊躇いが命取り。しかしフルオートの無人機械にはそれは判らないだろう。判らないからこそ人間は勝てる。

 武装緊急投棄レバーを引く。パイロンが爆砕され、後ろの敵機にミサイルがバラバラと落ちていく。あまりにも突飛なヤエの行動に敵機はすぐには反応できず、落下したミサイルが霰のようにぶち当たる。攻撃情報が入植されていないので近接信管は作動しないが、これだけの高機動戦闘中に何らかの物体が接触したら機速を失う。これで後ろの敵機は少しは黙るだろう。あとは前の敵機を追いかければ……いない!?

 僕はすぐさま周りを見渡す。いた。ヤエの4時方向。僕が後ろの相手をしている間に、ヤツも木の葉落しを使ったに違いない。初めての機動でも、相手は無人なのだからいくらでも修正機動はできる。くそっ、もう目くらましも残ってない……ここまでか

「システム……リスタート、OK! 妖乃森くん……いける、よ!」

 それは正に天使の囁き。コクピット内に心地良いウィスパーボイスが響く!

 僕は敵位置を確認する。一機は6時。一機は7時。このまま後ろに振り向ければほんの少し射線を変えるだけで一気に殲滅できる。しかしさすがに新型機ヤエであっても、映画の二挺拳銃主人公のように前を向いたまま後ろを狙撃できないし、後方狙撃銃という御洒落な武装はこの機体にも付いていない。

 僕は機体を右にバンクさせると同時に、右垂直尾翼を目いっぱい捻りながら被弾していた左垂直尾翼を緊急投棄レバーを引いて捨てた。更に主翼を全開まで開き、右翼を全開上昇、左翼を全開降下にフラップを開く。自らの部品を捨て張力を殺してでも得たカタログスペック以上の機動で、ヤエがぐるりと後ろを向く。敵1、射線確保。ガトリングガン発射。撃破。敵2、射線確保。ガトリングガン発射。0・2秒で底をつく。しかしそれでダメージを受けた敵機は、最初に撃破した機体の残骸を避けきれず、落ちた。

 敵性体、三機の撃墜を確認。

 脅威消滅確認後、ヤエのエンジンを一時停止。自由落下の後、インメルマンターンで進路修正。この空域より離脱する。

 エンジン再始動、推力全開。一分で焼け付くとしても、その間に国立高校上空には辿り付けるだろう。あの学校の空だけは、何者にも侵害されない安全な場所だ。

 ふと後ろに気持ちを向けると、石動さんは何も喋らず静かにしている。あれだけの機動の中でシステムの再構築をし、更にその後のとんでもない機動に晒されたのだ。酷い疲労で気を失っていても仕方ない。リスタートOKを告げる声が妙に途切れ途切れだったのはその為だろう。

「もうすぐ着くからね、石動さん」

 僕は沈黙したままの石動さんに軽く声をかけて機体を進ませる。

「……」

 ……僕は、気づくべきだった。ヤエの機種が被弾した時。石動さんは「機体には問題なし」と言っていた。しかし軽合金性の機体を軽くぶち抜く威力のある機銃弾は、内装されている精密機器の隙間を通り抜けて、機体機動を狂わせることなく、柔らかな内部を傷つけることがあるということを。

 あの時気づいていればこんな結果にはならなかったのかもしれない。

「石動さん、帰ったら商店街の角の喫茶店に、クリームソーダでも飲みに行かない?」

 黙ったままの石動さんに僕は任務終了後のお茶の約束を申し込む。彼女が司書という夢を叶えるまでは恋人宣言はしないと誓ったけれど、それくらいの軽いデートなら許されるだろう。

 僕が少し後ろを振り向くと、ヘルメットを被った石動さんの頭がカクンと落ちた。うなずいてくれたのか? じゃあOKなのか。

 僕は生還できる喜びと、その後に待っている石動さんとの二人の時間を想像して、直前まで生死の境を彷徨っていたのなんてすっかり忘れて、胸を躍らせていた。

 しかし、石動さんは――


 ――FIN――

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