その4

 この学校には超ド級空母クラスの女子がいる!

 いや、この国立国立こくりつくにたち高等学校自体、校庭に応急修理実習用としてヨーロッパの地を駆け巡っていた旧世紀の重戦車がさりげなく置いてあるような超ド級に変な学校だけれども、その異質さを綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまうほどに超ド級な女がいるのだ!

 その身の丈1・78メートル!

 長い腕から繰り出されるパンチは岩をも砕く!

 その体重、0・07トン!

 大重量に支えられた膨大な体力が、何者をもなぎ倒す力へ変換され……って、その割りには軽すぎるような気もするけれども、なにか秘密の鍛え方があるに違いない!

 しかも時間制限の無敵モードを備えているらしく、その時間内なら大英雄ジャイ🌑ント🌑場(全盛期)といえども、世界の大巨人アンド🌑・ザ・🌑ャイアント(ジャイ🌑ントマ🌑ーン時代含む)といえども一撃で粉砕するのだという!

 まさに人間空母! ヘイ🌑タック・カル🌑ーンのごとし! 馬🌑やアン🌑レが固定された強力要塞だとするならばコイツは海上を機敏に動ける大型航空母艦だ! すごい! すごすぎる!

 彼女はその巨体を、図書室の奥に常に潜めている。彼女はそこを活動拠点として、多くの舎弟たちに指示を出し、裏番として君臨しているのだ!

「ふふふふふ、おまえをやっつければ、アタシがこのがっこうでいちばんだ……」

 そう、コイツをぶったおせば、アタシが一番なのだ。

「まってろ、いしどーふゆこ! アタシがオマエをたおす!」


「!?」

 石動さんが突然体をびくっと震わせて、手に持っていたGGKS(ガリガリ君ソーダ味)をテーブルの上に落としてしまいました。

「な、なんか、急に寒気が」

「だいじょうぶ? 風邪でもひいた?」

「う~ん、そういうわけじゃないと思うんだけれども……アイスの食べ過ぎかなぁ」

 石動さんは落としてしまったGGKSをティッシュで軽く拭うと、そのまま全部食べて始末してしまいました。この辺りの細かいことは気にしない大らかな部分が石動さんの魅力です。

「アイスくらいはセーブしようかな……もう、寒くなってきたし」

 残った棒(残念ながらハズレだった様子)とティッシュを屑篭に捨てながら石動さんが呟きます。

「そういえば石動さんってダイエット成功しているの?」

 基本的にダイエット中の女子には不可侵が良いのでしょうけど、あまりにも無関心なのも悪いので、たまに成功度合いを訊いたりします。

「ふふふ、努力のかいあって、420グラムほど増えました。現在70420グラム」

「……だめじゃん」

「なぁに、全てはわたしの計算どおりです」

「……引き算が足し算になってるよ」

 ここは国立高校内の学校図書館奥、図書準備室。

 図書委員である僕、妖乃森春人あやのもりはるとと、彼女、石動冬子いするぎとうこさんは、本の整理の仕事が一段落したので、司書教諭の大化物おおかぶつ先生の用意してくれたアイスのご相伴にあずかっているのでした。衝立で仕切られた奥では、その大化物先生がほとんど本業のような古語研究員としての作業を無心にしています。そんな静かでゆっくりとした時間が流れ――

「たのもーっ!」

「!?」「!?」

 おだやかな平穏をぶち壊すように、まったくといっていいほどに人気の無い図書室に甲高い声が響きました。その声はガラスをビリビリと震わせるほどで、準備室にも充分すぎるほど届きます。

「誰!?」

 いくら人気は少ないとは言っても、図書室では静かにするのがマナー、いえ、ルールです。

 僕はそんな堂々とルール違反をする生徒を注意するために、図書準備室を飛び出します。

 どかん!

「あいたぁっ」

 ものすごく激しい激突音と女の子の悲鳴が後ろから聞こえます。僕に続いて飛び出そうとした石動さんが、思いっきりドアの敷居に頭をぶつけたようです。そんな、背の高い子が無理して急ぐから。

 僕が声のした方にたどり着くと、図書室の入り口付近に、女の子が一人立っていました。

 身長は140センチを切るくらいでしょうか? 思いっきりたるんでいる制服の袖が彼女の小ささを増長しています。

「だめだよそんなに大きな声を図書室で出しちゃ!」

「こっそりやみうちするのはひきょうだとおもったから、せいせいどうどうとうちいっただけだ! アタシはあこーろーしみたいにねこみをおそうようなひきょーなまねはしねー!」

 袖で隠れてしまっている両手を腰に当てながら、ぺたんこな胸を反らせて彼女が言います。

「どんな理由があるにしても、図書室で大きな声を出しちゃいけないんだよ」

「なんだおとこのくせにこまかいことにうるさいな! それになんだおまえは? いしどーふゆこのしゃてーか?」

「いしどーふゆこ?」

「妖乃森くん、だいじょうぶですか?」

 ようやく僕に追いついた石動さんが、頭をさすりながら尋ねてきます。

 そして自分より有に頭三つは小さい物体を見つけて「なんですかこのプリティクリーチャーは?」と言いながら、石動さんはひょいっといたずらな子猫を捕獲するように、その小さな女の子を抱きかかえてしまいました。

「こらーはなせーっ」

 その女の子はぽかぽかと石動さんの肩や腕や背中を叩いて抗議するのですが、全然利いていない様子。本当に猫が肉球でぺちぺちと叩くくらいの攻撃力しかないみたいです。

「アタシはぬいぐるみじゃないぞぉーっこのデカイおんなーっ……っておまえが、いしどーふゆこか!?」

「いしどーふゆこ?」

「このとしょしつにはいしどーふゆこってなまえの、しんちょう2メートルにたいじゅうが0・1トンのきょだいかいぶつおんながいるってしってるんだ! だからアタシはそいつをぶったおしにきたんだ!」

 身長2メートルに体重が0・1トンの巨大怪物女って……でも200センチくらいある人って、体重が100キロあってもスリムなんだよな――って、そんなことは置いといて、「いしどー、ふゆこ」って……ああ、そういうことか。

 僕は受付に置いてあるメモ用紙にとある女性の名前をさらさらっと書くと、抱きかかられたままの女の子に見せました。

「君が探してる人の名前って……もしかして、こう書くのかな?」

「そうだ! それがいしどーふゆこだ!」

 石動冬子。メモ用紙にはそう書かれています。

「わ、わたし……いするぎですぅ」

 そこにはじわっと涙ぐむ石動さんの姿が。

「君は、高校生にもなって『石動』も読めないの?」

「いしにうごくってかいたら『いしどー』だろー? なにがまちがってるんだーっ」

「わたしの名前は、いするぎですぅーっ!」

 それは幼少時からずっと間違い続けられて来たのでしょう。「いしどー」なんて呼ばれるのは石動さんの中では軽いトラウマになっているに違いない。自分のことを巨大な怪物女扱いされたことなんかすっかりスルーなくらい、そっちの方がよっぽどショックみたいです。

「それに身長2メートルに体重が0・1トンってなんだ? 石動さんは身長178センチの体重は70キロだぞ? そこまで大きくないぞ?」

「アタシがそのでーたをえたのは、3かげつまえだ! いしどーふゆこもそれだけのじかんがあればもっときょだいかしているとおもって、アタシのよそうちをぷらすしたまでだ!」

「わたしいくらお菓子好きでも、そんなに早くそこまで大きくなれないですぅ! それに妖乃森くんも女の子の身長体重をそんな軽々しく公表しないでぇ!」

「ご、ごめんなさい!」

 いくら大らかな石動さんでも、自分で言うのは良くっても、他人に身長と体重をバラされてしまうのは、さすがに乙女心を傷つけてしまったみたいです。デリカシーが無くって本当にごめんなさい。

「というかいしどーっ、いつまでもアタシのからだをかかえてんじゃねぇーっ」

 女の子がジタバタすると、さすがに石動さんも抱き疲れたのか「いするぎですーっ」と言いながら放しました。

「アタシはしゅとかんいちのおんなをめざす、うつのたかみ(宇宙野鷹魅)だ! そんなきやすくだっこするんじゃねえ!」

「首都艦一? どうせだったら方舟艦隊一とか世界一とか目指したら……?」

「はこぶねかんたいぜんぶとかせかいだとかはアタシのぽっけにはでっかすぎだから、しゅとかんくらいでいいのだ!」

 ……意外に自分の器ってものを判っている御仁っぽいですこの宇宙野さん。

 いやでも、自己分析はできていても、他人と接するためのルールが判っていないと、この場合はいけないのですが。

「いしどーっ、アタシとしょうぶしろ! まずはこのがっこうさいきょうのおまえをたおして、しゅとかんせいはのあしがかりにするんだから!」

「最強? 石動さんが?」

「そうだ! いしどーは、このくにたちこうこうをかげでぎゅうじるさいきょうのばんちょう、うらばんだ!」

 何をどう間違っているのか、宇宙野さんの中では石動さんは最強の番長で裏番ということになっているみたいです。でも石動さんは女の子だからスケ番か? ヨーヨー上手いのかな?

「わたしは目的もないのに勝負なんて危ないことしたくないです! それにわたしは別に最強でもなんでもないです! それとわたしはいするぎですぅーっ!」

 しかし石動さんは、見た目は大抵の人は見下ろせるくらい壮烈でも、中身は普通の女の子なので番長であるわけがなく、しかも怖がりなので戦いも嫌いです。

 どうする? 宇宙野さん自身は威勢は良いけれどあんまり強くないっぽいので、さっきみたいにまた捕獲してロープでぐるぐる巻きにでもして職員室に届けてしまえば万事解決のような気もしますが……なんだかそれだけでは終わらないような妙な雰囲気もあるのも事実。いくらおバカさんでも猫パンチくらいの攻撃力しかない女の子が、自分より遥かに大きく力も強いだろう相手に立ち向かっていくのはおかしすぎますもん。

 これは僕たち図書委員ではちょっと手に余る相手のような気もするので、大化物先生に出張ってもらおうか……そう思っていると

「ふん! あくまでもアタシとのしょうぶはうけないつもりなんだな? だったら……こっちからそのきにさせてやるまでだぁ!」

 宇宙野さんは右手の人差し指を立てると、それを右側の書棚に向け、今度は左に向かって大きく振りかぶる動作を見せます。

「……え!?」

 すると、書棚に入っていた一冊の本がするすると独りでに抜けて「とりゃぁ!」という掛け声と共に、宇宙野さんが指先をこちらに向けて振り抜く仕草をすると同時に、宙に浮いたままの本がこちらに向かって吹っ飛んできました。

「!?」「!?」

 それは驚く僕と石動さんの間をもの凄い勢いで通過して、壁にぶち当たって落ちました。

「ちぃっ、はずしたか!」

「え……え? 超能、力?」

 物体に手を触れずに動かしてしまえる力――それは念動力サイコキネシスと呼ばれる超能力の一種なのでは!? というかこの女の子何者!?

「ちょーのーりょくじゃない!『きあい』だ!」

 しかし彼女は超能力としか思えない超常の力を、思いっきり否定してきました。

「……気合い?」

「あごのながいむかしのひとはいっていた……きあいがあればなんでもできる、きあがあればいっぽふみだすゆうき! ちいさなじょうしきうちやぶれ! だからなんでもできるこのちからは……きあいだぁ!」

 なんといいますか、元気があればの黒パンツの英雄の人と、娘さん思いの片紐レッドコスチュームの英雄の人がごっちゃになっているような気もしますが、宇宙野さんの力自体は危険な力として目の前に実在するのです! やばいぞこれ!?

 宇宙野さんはそんな僕の気もしらず、今度は左手の指を使って書棚から本を取り出すと目の前に浮遊させ、二発目の発射体制を整えています。

「こんどははずさないぞ!」

 一キロ弱はありそうな分厚いハードカバー。そんなものの直撃を食らったら誰だってただではすまない。

「くらえ!」

 しかも一発目で慣れたのか、今度は狙いたがわず石動さんの顔に向かってます!?

「きゃぁ!?」

「あぶない!」

 僕は咄嗟に、本と石動さんの間に飛び出そうとしますが……間に合わない!?

 もうだめだ――と思った時

 ガシィ!

「ふぅ……危ない危ない。こんなの当たったらいくら冬子ちゃんでも、鼻くらい折れちゃうよ」

 石動さんの顔の本の少し前に黒い影が過ぎっていて、それが飛んできた本を受け止めていました。

「やほーい、元気してたかナ?」

「べ、ベリルさん……」

 黒い影の正体は、漆黒のロンググローブに包まれているしなやかな腕。その長手袋だけではなく、体全体を黒き衣装で覆った女性がそこにいます。黒いマントに黒いとんがり帽子。

 いつぞや大化物先生のお使いに行った時にお世話になった砂漠の魔女(サンド・ウィッチ)、ベリルさんがそこにいて、石動さんに当たりそうになった分厚い本を受け止めていました。

「ど、どうしてここに?」

 しかし普段は国分寺市との境にある砂漠(?)に住んでいる彼女がなんでこの国立高校にいるのでしょう?

「うん? ちょっと体のメンテナ……健康診断に来たのよ」

 受け止めた本をカウンターの上に置きながら「ホホホ」とごまかすように笑います。

 ベリルさんはその体内にものすごい火力を秘めた謎の人(?)なのですが、本人が「魔法使い」と言っているので僕も石動さんもそれ以上は深く考えないようにしています。

 というか宇宙野さんといいベリルさんといい、国立高校の関係者ってやっぱりこんな人たちばっかりなのか!? 入学する時にある程度は覚悟はしてたけれど、こんなことが毎日続いたら体が持たないですよ!?

「なんだ、おまえもいしどーのしゃてーか?」

 突然現れた砂漠の魔女ベリルさんに向かって、宇宙野さんがびしっと指さします。

「いしどーのしゃてー? ……ああ、冬子ちゃんの舎弟かってことね。うーんと」

 ベリルさんは心底困った顔の僕と石動さんの顔を見回した後、こう言ったのでした。

「今日一日くらいは、冬子ちゃんの舎弟でも良いわヨ♪」

 それは、頼もしき援軍が来たというよりは、更なる混乱の種が蒔かれた……そんな風にしか思えませんでした。

「あの……ベリルさん」

 しかも魔法使いのベリルさんは、お使いに必要なものを入手するために、砂漠(?)に生息する巨大なスナムシを簡単に屠れるほどの火力――魔力の持ち主。そんなものを可燃物に囲まれたこの中で使われたら……

「うん? そんなに心配しなくてもだいじょうぶ。もうあんな風になにからなにまで燃やしちゃうようなことはしないから。二人の居場所はちゃんと守るわよ」

 いつか見た、去り際の天使が見せるようなせつない笑顔。彼女にその笑顔がある限り、この場所は業火に包まれることはないのでしょう。

 でもしかし、これからとてつもない大騒動が始まるのは、避けられないご様子。

「さぁおチビちゃん、あなたが狙うラスボスと戦う前には、この一の舎弟(本日限定)のあたしを倒してからにしてもらいましょうか?」

「むがぁーっ、ちびっていうなぁーっ、おまえむっころす!」

「あらあら、元気があればなんでもできるって感じでよろしいですワ」

「あとでないてあやまったってゆるしてあげないんだからなぁーっ!」

 宇宙野さんは、両手を大きく開いて指先を両サイドの書棚に突きつけるような仕草をすると、今度はそれを手繰り寄せるように胸の前で交差させます。そうすると彼女の念動力――宇宙野さんが言うには「気合い」だそうですが――によって見えざる糸に引っ張られるように、本棚から計十冊の本が引き抜かれました。

「くらえーっ!」

 宇宙野さんがしゅばっと開いた両手を正面へ向けると、目視できない力に操られた本が、一斉にベリルさんに向かって飛び出しました!

 いくら鋼鉄の魔女(うわぁ、この表現ぴったり)ベリルさんとは言え、あれだけの本の直撃を食らったらただでは済まないはず!? どうするのベリルさん!? しかし心配する僕をよそに、ベリルさんは優雅な動きで両手を上げて

「そんな攻撃であたしを倒せるとでもお思い? ……ストリングの魔法!」

 黒いグローブに包まれたベリルさんの指先がパカパカと開き、細い鋼線が射出されます。それはものすごいしなりを持って本に直撃し、びしばしっと全部弾き返してしまいました。

「むぉー、すごいまほーだな!? さすがいしどーのだいいちのしゃてーだけあって、やるなまほうつかい!」

 ごごご

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 しゅるんっと鋼線を指先に戻しながら、ベリルさんが優雅に頭を下げます。

 というかベリルさんの特殊迎撃システムのようにしか見えない防御を、素直に「魔法」と認めてしまう宇宙野さんもある意味すごいと思うのですが。

 ごごごご

「さて、次の一手はなにかしらおチビちゃん?」

 ごごごごご

 というかさっきから「ごごごご」と感じる、このものすごいプレッシャーはなんでしょうか? 巨大ロボットに乗って宇宙で戦っていたら確実にきゅぴーんっと脳波が走るぐらいの重圧ですよこれ。

「むがぁーっ、ちびっていうなぁーっ、おまえなんかいっしゅんでぶったおしてあたまからはんまーでぶったたいてアタシとおなじしんちょうにしてやるーっ!」

「あらあら、それは楽しみですわ。あたしも長いことこの体で暮らしてきて飽きてきたところなので、いっそのことスクラップくらいにして欲しいですわね」

 ごごごごごご

 実は僕もある程度はその発生源の予想はついていたのですが、本能的な恐怖を感じていて振り向けないでいたのでした。

 しかし、それでも意を決してそちらの方に顔を向けると――

「……」

「……石動さん?」

 少し俯いて前髪で目が隠れている状態の石動さん。その彼女の周りから、ものすごい力場の発生を感じます。髪の毛をふよふよと動かすほどの圧力が、その身から放たれていて……それは、怒り。

 ぶちん!

 それこそ綱引き用の野太い綱が引きちぎれるくらいの、ものすごい音がしたような気がしました……いや、実際にその堪忍袋の切断音は図書室内に轟いたのだと思います。しかも『無敵モード発動』なんて世にも恐ろしげなスタートメッセージまで聞こえたような気がしました。

「図書室でぇ!」

 がしぃ!

 突如として飛び出した石動さんが、ベリルさんの首根っこを掴まえます。

「騒いではぁ!」

 がしぃ!

 さらにベリルさんを引っ掴んだまま一瞬で宇宙野さんのところへ飛んだ石動さんは彼女の襟首も掴んで軽がると持ち上げます。

「いけませーんっ!」

 そしてそのまま二人とも、窓に向かって放り投げてしまいました。明らかに30キロ台であろう宇宙野さんはともかく、その性能から1トン近くありそうなベリルさんまで軽々と投げてしまったのは、いったいどれだけの馬鹿力なんでしょうか?

 そしてそんなにまでして怒りで我を忘れたしまった石動さんは、その後二人がどうなるかまでは把握できていなかったようです。このままでは二人はガラスに直撃して大惨事に……と、思ったらその直前で突然窓が開き、二人の体は外に飛んで行ってしまいました。

 僕が何かに気づいて図書準備室の方を見ると、大化物先生が無骨なウインクを披露していました。さすが国立高校、緊急用の自動窓開閉システムまであるみたいです。

「うわー冬子ちゃんってばやっぱり強すぎー」

「うひゃぁふいうちとはひきょうだぞいしどー」

 二人が二者二様の台詞を残して、図書室に隣接する中庭にすっ飛んでいきます。そしてその二人を追いかけるように、石動さんも外へ飛び出していってしまいました。

「うわーん、わたしはいするぎですーっ」

 どかぼこばき

「痛い痛い、冬子ちゃん痛いってばっ、装甲が割れ」

 ぽぺぐしゃぱごき

「ぐほぉっ、さすがいしどー、いいぱんちだな、ぐごげぇ!」

 どごーんどがーん

「わたしはいするぎですぅーっ」

 うわぁーんうわぁーんと泣きながら、宇宙野さんといいベリルさんといい地面といい見境なくぼっこんばっかんと石動さんは殴りつけています。

 そのとても文章では説明できない(もちろん映像化されたらモザイク入りの)凄惨な光景は石動さんが泣き疲れて(殴り疲れてではありません)倒れるまで続きました。

「うわーんっ、わたしはいするぎですぅーっ」


 血と涙と油の惨劇のその後。

 せっかくメンテナ……健康診断にやってきたベリルさんは、装甲がへこむほ……皮膚がくぼむほどの打撲を受けて、ドック入……緊急入院することになってしまいました。

 せっかく助けに入ったのにボコボコにされてしまったベリルさんも可哀相ですが、最初から穏便な手段を取ろうとしなかった自分も反省しているみたいで「ごめんね」と整備ハン……病室にお見舞いに行った時に、石動さんに謝ってました。我を忘れてベリルさんを殆どスクラッ……重体にしてしまった石動さんも「ごめんなさーいっ」と大号泣でベリルさんの体に抱きついていたのはみなさんの予想通りだと思います。

 そしてもう一人は――

「いしどーっ! しょうぶだぁ!」

 また騒がしい声が、図書室の受付付近で聞こえます。

 包帯でぐるぐる巻きの体を浴衣型の病衣で包み、更には購買部で買ってきたらしいビニール製の刀まで持っているという、どこぞの永遠に切れ味の落ちない刀を携えたピカレスクヒーローのような出で立ちで宇宙野さんが立っています。あれだけボコスカと殴られたのに、また次の日やって来るというのはどれだけ打たれ強いんでしょうか?

「わたしは」

 石動さんは再びの宇宙野さんの襲来を察知すると受付から飛び出し

「いするぎですぅーっ」

 と、宇宙野さんの首根っこを捕まえて、またしても窓の方に放り投げてしまいました。

 そして待ち構えていたかのように窓が自動的に開き「うぐぉー、まいかいひきょうだぞいしどー」という声と共に外へ飛んでいく宇宙野さんを「わたしはいするぎですぅーっ」と、石動さんもまた追いかけるように飛び出していきます。

 再びどったんばったんとバトルを始めた二人を眺めながら、僕は図書室の静謐を壊さないように、パタンと窓を閉めました。

 二人の戦いはいつまで続くのでしょう? 宇宙野さんは一生「いしどー」って呼びそうだし、石動さんもその部分だけは譲れないみたいだし。

 でもこれってもしかして、石動さんに新しく友達が一人できたって解釈で良いのかな? お互いボコボコ殴りあっていれば、拳と拳の語り合いの果てに友情とか芽生えそうですし。

 全然女の子らしくない番長漫画風の展開ですけど……う~ん、石動さんが裏番ってのもあながち間違いではないのかもしれないです。とりあえず「最強」ってのはあってるっぽい。

「むがぁー、いいかげんにくたばりやがれいしどー」

 宇宙野さんは「きあいだぁーっ」と言いながら念動力を使って中庭に転がっている石や岩を石動さんに投げつけています。石動さんは、ばきんぼこんと向かってくる岩石を素手で粉砕しています。すごすぎる。

 まぁ、なんというか、その……今回は、石動さんの意外な一面が見れたということで。

「わたしの名前はいするぎですぅーっ!」


 ――FIN――

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