その2
「はぁ……はぁ……」
僕たちは今、砂漠(?)を歩いています。
僕たちの通う学校と隣りの国分寺市との境にはなぜか流砂地帯が広がっていて、見事な砂漠(?)となっているのです。でもスフィンクスとかがいる本家の
国立国立高等学校の図書委員である僕、
いきなり「魔法使い」とか自分でいっててもワケワカランのですが、僕の通う国立高校は、校庭の隅に応急修理実習用という名目で旧世紀に欧州の地を駆け巡っていた重戦車がさりげなく置いてあるような高校なので、自分自身も学校生活を送るうちにワケワカランのが普通になってきてしまいました。もうそろそろ宇宙人に連れ去られるくらいのイベントくらい発生しそうです。嫌ですけど。
ちなみに国立国立は「こくりつくにたち」と読みます。戦役で焼け野原になってしまった国立市を国が丸ごと買い上げ、その土地全部を使って国家運営形式の高校を作ったので、そんな名前になっているのでした。初めて来た人はたいがい読めないです。はい、僕も読めませんでした。
「はぁ……はぁ……」
僕の後ろに数歩遅れて、石動さんが続いてきます。汗ダラダラです。僕もダラダラ。
砂漠(?)自体はそんなに大きくはないのですけど、その気温がナマイキにも本場のグレートサンドと同じだけあるらしく、流砂地帯に足を踏み込んだとたん、もの凄い熱気に襲われました。まるでサウナに入っているようなこの気温は、確実に40度は超えています。
なので僕も石動さんも汗を滴らせながら「はぁはぁ」と唸っているのです。
それにしても石動さんが「はぁはぁ」といっていると、なんだかハァハァと欲情しているみたいで妖艶……なにいってるんだ僕? ヤバイ、熱でやられてきたみたいです。
「はぁ……妖乃森くん……はぁ、あれ、じゃ……ない、かな?」
そんな石動さんが色っぽくはぁはぁいいながら、指差します。ヨロヨロと人差し指が向けられたその先には、小屋らしきものが見えます。おお、蜃気楼……ではない様子。
「せんせいがいってた、小屋って……あれ……だよね?」
「……多分」
その小屋は、確かに中心に立っている物体は「小屋」と呼んでも良いような木造の小さな建物なのですが、その周りには高射砲塔やらシェルツン(対榴弾対噴進弾用薄型装甲板)やら特大の発電施設やらがあって、なんだか素直に「魔法使いの住む小屋」というイメージが、僕も石動さんも湧かないのでした。
「ごめんくださーい!」
それでもこの狭い砂漠(?)の中ではこの建物意外には建築物を見つけられそうもないので、ドアにたどり着くと叩いてノックします。すると
「はーい、開いてるから入ってきてー」
と、少しかすれ気味の女性の声が聞こえてきました。
「いらっしゃーい、
頭には鍔が丸く広がったトンガリ帽子、胴体はマイクロスカート型のワンピース、背中には大きなマントを羽織り、手足はロンググローブとロングブーツで包まれ、そしてその全てが黒という、この人が
といいますか、この女性のその容姿が、この場所が本当に魔法使いさんの住む小屋であるという事実を証明してくれて、心の底から安堵の息を漏らしました。良かった目的地にちゃんと着けて。
「暑い中ごくろうさまー、とりあえずこれでも飲んで一息ついてよ」
そんな人形のように綺麗な魔法使いさんが、どん! でん! と2リットルペットボトル入りのスポーツドリンク2本を、テーブルの上に置いてくれました。
その華麗な容姿とは正反対なもの凄い無骨で大雑把なおもてなしに「わーありがとうございまーす!」と僕たち二人は飛びつき、ぐびぐびと喉を高らかに鳴らしながら飲みました。
それは思いっきり常温の生ぬるいものでしたが、高熱の中で水分を欲していた体は、一口飲んだだけで気にならなくなっていました。多量に汗をかいた体には、軽い甘さとその中に隠れた微量な塩味のハーモニーがたまらなく美味しく、僕も石動さんも一気に半分くらい飲んでしまいました。
「というか大化物先生をクンづけって……良いんですか?」
一息つけた僕は、「けほっ」と軽くむせている石動さんの可愛い仕草を目の端で捕えつつ、先ほど魔法使いさんがいっていた大化物先生の呼び方が気になっていたので質問します。
図書室の主ともいえるあの司書教諭兼古語研究員の大化物先生を「クン」づけって、一体この魔法使いさんは何者なんでしょう?
「うん? だって大化物クンはあたしより年下なんだもん。クンづけは普通でショ? あたしの名前はベリルね、ヨロシク♪」
「は、はい、よろしくおねがいします……」
僕があやふやな気持ちのまま挨拶すると、石動さんも不思議なものを見るような顔で頭を下げていました。
このベリルさん、見た目は20代前半ぐらいの美女なんですけど、そんな人が大化物先生より年上って……これが不思議が普通になってしまう「国立高校クオリティ」ってやつなんですかね?
そんな謎の塊のような美女、ベリルさんの住む部屋の中を見回すと、人間が丸ごと一人入れそうな大鍋が部屋の隅に合ったり、妖しげな造形の杖がゴロゴロ転がっていたりと、魔術に満ちた妖しいムード満点です。
しかし……その鍋とかが妙に綺麗なのが気になります。このベリルさんはとんでもないくらいの綺麗好きなのでしょうか? それにしてはまるで新品同様――1回も使ったことの無いような変な綺麗さは、やはりその魔力のたまものなんでしょうかね?
「さってと、キミたちが来る前に用意しておきたかったんだけど、向うも向うでスケジュールがあるみたいでね、まだ準備できてないのよ」
この部屋を不思議がる僕の気持ちを遮るように、ベリルさんがドアの方に向かって歩きながらいいます。
そうでした。僕たちがここへ来た理由は、魔法使いであるベリルさんが用意してくれる「あるもの」を、僕たちが大化物先生の下へ持って帰るのが目的です。
「あの、それはどこに?」
「一緒に着いてくる? まぁ危なくなっても小屋の中に逃げればだいじょうぶだしね」
僕の質問を質問で返されてしまって、僕は「は、はい」と答えるしかありませんでした。
僕と石動さんが外に出ると、ベリルさんは何かを待つように、砂漠(?)の向うへ青い瞳を向けています。
「……そろそろね」
ベリルさんが、そうぼそりと呟いた瞬間
ずごごごご!
「うわっ」「きゃぁっ」
地震!? そう思った時には震度七クラスの揺れに巻き込まれ、立っているのがやっとの状態。しかもよろけた石動さんが僕の腰に抱きついてきてますし!?
「OH~、美少女に抱きつかれて羨ましいかぎりだねぇーBOY」
なんだか急に米国ガール風になったベリルさんが僕たちを茶化します。
「そ、そんなこといってる場合じゃないですよぉ!?」
それに石動さんは僕の胴を引き千切るかのような勢いでぎゅうぎゅうと抱きついてきているので、まるでベアハッグでも食らっているかのような感じです。ぐぬぬ。
「というか……なんですかあれ!?」
ベリルさんの立つ向うに、突如として野太い柱が屹立しています。小屋に隣接する高射砲塔と同じかそれ以上の大きさ。その先端は大きく曲がりこちらを見ています。
「ん? スナムシよ? 大化物クンから聞いてなかった、アレの脾臓が必要だって」
「そんなの聞いてませんよぉ!?」
それは砂の海の魔物――そう称するのがピッタリな、巨大なミミズの化物。
「あの、ベリルさん……あんなでっかい相手の内臓なんて、どうやって取るんですか?」
「え? やっつけたあとに、抉り出すに決まってるじゃない?」
「ど、どうやって? あんな巨大な化物……」
「フフフ、だいじょうぶ。だってあたしは、魔法使いだもの♪ あんな相手、あたしの魔法でちょちょっとやっつけちゃから☆」
ベリルさんはニコッと笑うと優雅にマントを翻してスナムシと対峙しました。
「いっくぞぉー、それぇ、マジカル核発電!」
「……へ!?」
ごごごごごご
もの凄い不気味な震動音が後ろから聞こえます。振り向くと、小屋に隣接する巨大発電機らしきものが稼動を始めたらしく震えています。
「それぇ、マジカル空中誘電!」
その声の一瞬後、発電機の頭頂からバシュっと、空に向かってレーザーのようなものが放たれました。その直後、ゴロゴロゴロ……っと雷の唸り声。まるでその光線が、雷雲を誘電させたように。
「来たれ、裁きの雷光よ! マジカル大充電!」
ベリルさんがビシッと天に向かって人差し指を立てると、ビカシャ! っともの凄い音がして、その指先に雷が落ちました。
「ベリルさん!?」
僕は思わず声を上げますが、ベリルさんは指を立てた右腕を高々と掲げ、左腕は腰に手を当てたポーズで、自分の体内に電力が溜まっていくのを楽しんでいるご様子。ベリルさんの体内に徐々に充電されていく電気の圧力が空気を流れさせ、背中のマントがもの凄くカッコ良く靡いています。
「さぁー食らっちゃいなさーい、サンダーの魔法!」
今度はスイッと、軽い動きで人差し指をスナムシに向けます。
どかーん!
目に見えるぐらいの壮烈な電流がベリルさんの指先から迸りました。それはスタンガンを何億倍にもしたようなもの凄い放電。巨大な電力の衝突は「ビリビリ」とかいう音はしません。爆発音になります。
ベリルさんの渾身の一撃を食らってスナムシも一瞬で黒焦げになった――ようですが
「う~ん、サンダーだけじゃダメかぁ~」
体表を真っ黒に染めながら、まだそれでも蠢いています。恐るべしスナムシ。
「やっぱり内装火……体内魔法を使うしかないのかなぁー、それを使うとお腹が減っちゃってヤなんだけどな~」
10万トンクラスの巨大空母を動かせるくらいの電気量を軽く操ったベリルさんが、ぶつぶつと何かものごっそ恐ろしげなことをいっています。
「でもしかたないか♪ よし」
ベリルさんが両手を広げると、バシャバシャバシャバシャ! と、ロンググローブの表面が割れて外側に開きました。そしてその開口部からゴシューと排気される熱い蒸気。
「古の血の契約に則り、第五精霊はその身を削り、世界を焼却する火の粉となり」
今度は脹脛が外側に向けてバクン! と開くと、中から鋭利な杭が飛び出して砂面に突き刺さりました。反動を相殺するためのアウトリガー……そんな印象。
「我が肉体を苗床として、地獄の業火を生成せよ」
ベリルさんが歌うように呪文を紡ぎます。そしてガシャン! ガシャン! という一際大きな開閉音。僕の位置からは見えませんが、それはどう考えてもベリルさんの胸やお腹の辺りから、その開く音が聞こえてきます。
「END of the World……ファイヤーの魔法!」
シュゴボォ! というロケットの発射音のような音が聞こえたかと思うと、ベリルさんの正面から赤黒い物体が発射され、それが願い違わずスナムシを直撃!
「石動さん!」
僕はその後に起こるであろうとてつもない災厄を直感的に感じて、僕に抱きついたままの石動さんをひっ捕まえて、ベリルさんの小屋に飛び込みました。急いで扉を閉めた刹那、もの凄い爆発音。さっきのスナムシ出現を上回る大振動。ビリビリと軋む小屋の壁。
「!!!」「!!!」
僕たちはお互いの体を抱き締めあって、嵐の過ぎるのを待ちます。
そして――
「やほーい、ただいまぁー♪」
ギギィっと扉を軋ませた後に、音符交じりの陽気な声が部屋の中に響きます。
「ベリルさん……」
あれだけの爆発の中にいたというのに、全く変わりない姿でベリルさんが現れました。
「ふぅー、ちょっとてこずっちゃって時間かかっちゃったけど、とりあえずミッションコンプリートだよぉー」
小屋の中に戻ってきたベリルさんの手には、画像付だったら確実にモザイク処理がなされるであろう、ビチビチと蠢く肉片があります。あれがスナムシの脾臓なのでしょう。うげげ。
しかしそれにしても
「あの……ベリルさんって、ロボッ……」
僕はなんだか急に怖くなって、それ以上言葉がつなげなくなってしまいました。
ベリルさんが見せた「魔法」と呼ばれる行為。それはどう考えても戦闘兵器が内蔵された武装を使用して敵を掃討したようにしか見えなくて。それに人形めいたベリルさんの美しさは、本当に自動人形だからなのではと……
「う~んと、この場所を燃やして砂漠にしちゃった時代では、そんな風に言われてた時もあったけれども――」
しかしベリルさんは、天界へ去ろうとする天使が最後に見せるような、せつない笑顔をしながらこういったのでした。
「でも今は、魔法使いですよ☆」
「ねぇ、妖乃森くん」
砂漠(?)からの帰り道。もう直ぐ流砂地帯から普通の土の大地に入ろうかという時に、今まで黙っていた石動さんが急に話し掛けてきました。
「はい?」
「この荷物を大化物先生の所へ届けて今日の図書委員の仕事が終わったら、商店街の角にある喫茶店に行って、二人でサンドイッチ食べない?」
僕が両手に抱えて持っている、厳重に梱包されたスナムシの脾臓を指差しながらいいます。
「へ? サンドイッチ?」
確かに少し小腹の空く時間帯かもしれません。でも僕は、今までの疲労と、ベリルさんに生で見せられたモザイク無し映像の所為で食欲がないです。しかし全く僕と同じ目に合っていたというのに石動さんは意外に平気らしいです。やっぱり食に関しては女の子ってタフだなぁ。
「でもどうしてサンドイッチなの?」
「だって砂漠の魔女(サンド・ウィッチ)に出逢ったんで、パンに挟んだアレがなんだか連想されちゃって、ずーっと食べたくなってたの。だから……行かない?」
ああ、確かにベリルさんは、砂(サンド)の中に住む魔女(ウィッチ)でサンドウィッチですね。僕は全然気づかなかったです。石動さんにとってはベリルさんの正体そのものより、そっちの方がよっぽど気になったのですね。ベリルさんが人か人ならざるものかなんてのは、石動さんには些細な問題でしかなかったのかも。そんな大らかな性格だから僕は石動さんのことが好きなんだなぁ。
行き過ぎた科学は魔術と同義。
どっかの偉い学者さんがそんな風にいっていたのを思い出した僕は、ベリルさんのあの力は「魔法」で良いんだろうと思うことにしました。攻撃魔法しかないのがタマにキズですけども。
あれ? でも石動さん、一緒に何か食べに行こうって、それって……デートのお誘いになるのでわ!?
「う、うん! もちろん行くよ!」
その事実に気づいた僕は、今のお腹の状態でどれだけ食べられるか疑問だったけれど、ぶんぶんと首を上下に振って力いっぱい了承するのでした。
砂まみれになってひどく暑くて怖い思いをした後に、まさかこんなにも嬉しすぎるご褒美があるとは思いませんでした。
――FIN――
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