第28話 学校で習うことって意外と侮れないという証明

 アーシュラウム王国北部、山脈地帯。質のいい鉱石が採れるという話のそこに人が集まるのは当然の理屈だ。

 希望たちが向かう鉱山町ロンメルは、そうやってできた町らしい。

 馬車に揺られながら、ルナが教えてくれた。


「産出される鉱石は金、白金、銅、鉄。それから――ミスリル」

「ミスリル!」


 わたしそれしってるなんかすごい魔法金属!

 というか他の金属も結構種類豊富じゃない?


「魔法銀とも呼ばれていますね。ロンメル鉱山は地脈が通っているので、鉱石成分に魔力が蓄積されやすいんです。特に魔力を蓄積しやすいのが」

「銀、と。そういうこと?」

「はい、正解です」


 わあい、褒められた。

 ……ほぼ変わらないとはいえ、学校で言えば一学年下の子に褒められて喜ぶのはどうよわたし。


 いやでも、ゼっちゃんとか基本褒めてくれないしなー。シルヴァは褒めるっていうかこう――讃える、みたいな感じだしなー。

 両極端にもほどがある。


「とはいえ、銀以外の金属にも魔力が内包されていることが少なくありません。そういう金属は銅であれ鉄であれ、非常に抽出がしやすいのです。また、ミスリルほど魔力と結びついているわけでもありませんから、魔力だけ抜き出して金属として利用することも容易です」


 つまり、鉱石から抽出しやすく、加工しやすく、おまけで魔力も付いてくる、と。

 なにそれお得感満載じゃん。ハッピーセットか。


「そういった鉱山が多くあるので、北の山脈地帯はアーシュラウム王国以外の国から見ても、文字通り宝の山なんです」

「なるほど」


 知識もない希望がちょっと聞いただけでもわかるお手軽鉱山だ。そもそも金が産出される時点で、国のお抱えになっていて当然だろう。

 絞り取ろうと思えば絞れるだろうに、「採れるならある程度加減して採れ。あと税金はちょっと高めで。それさえ守ればあとは自由だ」と保護だけやって積極的に介入しないのがトーマ王である。


 いやもうアレだね。絶対めんどくさいから好きにやってくれって思ってるねあの王様。

 締め付けが緩いから、炭鉱夫や町の人間にもやる気が起きるし、(本人の思惑はどうあれ)良くしてくれる王様には忠義をもって返そうと思うのは人の性さがというもの。結果として上手く回っているのだから、あの王様は侮れない。


「じゃあ侵略戦争とか、起きたり?」

「そうですね。もちろん皆無ではありませんでした」


 例えば、西にあるという帝国、ディノマキア。かの国の国土は広大で、西から北へかけての国境は全て帝国の領土に面している。


 例えば、北東にあるユーゲント公国。国土はそれほど大きくはないし、国内の資源も多くはない。アーシュラウム王国とは友好的な間柄と言えるが、資源が多くないからこそ、ロンメル鉱山の資源は魅力的に映るだろう。


 アーシュラウム王国の国土は東西に長く広がるひし形のような形をしている。北部にある鉱山を最も狙いやすい位置にあるのは、その二国だ。


「直近では5年ほど前に、帝国からの侵略戦争を受けています。もっとも、国王陛下が出るまでもなく、鎮西将軍レオノーラさんが片付けてしまったのですが」

「ちんぜいしょうぐん」


 ライオネル、つまりレオンが征東将軍――東の守護を司る将軍であるのなら、そのレオノーラさんとやらは西を守護する将軍なのだろう。しかも名前から察するに、女性のようだ。


「単純な武で言えば、この国で二番目に強い方です。ともあれ、あの方が一軍を率いて帝国軍を鎮圧、戦端が開いてからわずか10日で侵略戦争は終わりました」

「マジか」


 デタラメじゃん鎮西将軍。


「一応、帝国内では事の発端は一部貴族の暴走ということになっているようです。それが事実かはわたしたちにはわかりませんが、和睦が帝国側から投げかけられ、陛下がそれに応える形となりました」



 和睦前にフルボッコしたのね鎮西将軍。

 むしろ和睦という選択肢を取らせる理由になったのかもしれない。だとすればとんでもない女傑だ。


「とはいえ、ロンメル鉱山――引いては鉱山を含むミトロジア山脈自体は帝国にも、公国にも接しています。大陸を大きく横断する巨大山脈地帯ですので。ミトロジア山脈から鉱石を取るだけであれば、各国内の領土内から採掘するのが道理でしょう」

「あ、そうなの? じゃあ、確かに自分とこから掘り出すのが一番だろうけど」


 それをしない、あるいはできない理由。

 特に帝国なんかは、あわよくば奪い取ろうと喧嘩を吹っかけてきたのだ。それはなぜか。


「……地脈?」

「正解です。ノゾミさんは頭の回転が速いですね」


 また褒められた。なにこれ嬉しい。

 それはともかく、同じ山脈から鉱石を採ることができるのに、なぜこの国の採掘地が特に魅力的なのかを考えれば、そう難しい話でもなかった。


 すぐに思いついた要因は二つ。

 この国の採掘地がめっちゃ掘りやすい場所にあるか、この国の採掘地で採れる鉱石にめっちゃ価値があるか、だ。


 掘りやすい、というのは確かに利点ではあるのだろうが、多少面倒でも同じ質のものが採れるのであれば、採掘地を奪うことに固執こしつする必要はないだろう。

 逆にこの国の採掘地で得られる鉱石の価値が飛び抜けて高い場合は、固執する理由になりうる。なにしろ、のだから。


 じゃあなにが採れないのか、と言うと、こちらも連想は容易だ。ミスリルである。希望ですらなんかすごい金属でレア! という知識があるのだから、それはもう利用価値があろう。

 ついでに抽出しやすくて加工しやすくておまけに魔力も付いてくるその他金属がある。そんな土地になっている要因は? 地脈だ。


 察するに、地脈はミトロジア山脈とやら全体に走っているわけではなく、枝分かれでもして細かく走っているのだろう。

 で、アーシュラウム王国の鉱山地帯は運良く地脈がピンポイントで走っていた、と。そんな感じだ。たぶん。


「お察しの通り、ミスリルを算出できるレベルの地脈が通っているのは、近隣ではアーシュラウムだけです。ある意味で資源の独占状態なわけですね」

「む? ということは逆に地脈がおかしくなったりすると結構な問題になるのでは?」


 ぽつりとつぶやいた希望に、ルナは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。


「ノゾミさん」

「え、あ、はい」

「それが今回、わたしたちが鉱山町ロンメルに向かう理由です」

「お?」


 つまり、どういうことなんだぜ?


「地脈に流れる魔力が、急激に弱まっていることが報告されました。わたし任命されたのはその調査と、可能であれば原因の除去です」

「なんだと」


 瓢箪から駒!

 仮に魔力が枯渇しかけているとして、普通の金属はまあ、なんとか継続的に得る方法もあるだろう。しかしミスリルはどうしようもない。

 魔力がなければ銀から変質しないとのことだから、魔力そのものがなければミスリル鉱山としては致命的だ。


「鉱山だけで成り立っているわけではありませんが、やはりロンメルから得られる鉱石は国の重要資源です。調査は可能な限り速やかに行わねばなりません」

「うん」

「とはいえ地脈の流れなんてものを調査できる人材には限りがあります。この国ではわたしを含めても片手の数で事足りるでしょう」

「パーシーは?」


 虚弱だから連れてかない、とか言ってたけど、彼は彼で筆頭魔導師なんだから調査できるのでは?


「いえその、パーシバルさんは――魔力特性が炎属性の攻性魔術に特化しすぎていまして」

「炎極振り! あれ、それはつまり調査とかまったく」

「向きません」


 ばっさりだった。


「魔術に関する知識は十二分にお持ちなんですが、筆頭魔導師が二人も王都の守護から離れるのもあまりよろしくないとのことで」

「なるほど」


 なお、筆頭魔導師はルナとパーシーを含めて四人いるそうな。

 これはあれか、パーシーが炎で、他の三人が水、土、風を得意とする系のやつか。


「あ、わたし全部できますよ」

「マジか」


 さすがに天才は格が違った。


「それはともかく、パーシバルさん以外ですぐに動けるのがわたしだけだったので」


 まずルナが行くことになったということか。

 で、問題の規模としては大きめだけど、かといってルナ一人のために仰々しい護衛部隊は組めない。そもそも筆頭魔導師の時点で一定の戦闘力はあるだろうし。


 そこで選ばれたのが希望たちだったわけである。

 なにしろレオンとパーシーのお墨付きがある上に、経緯はどうあれ魔物が湧く地下水路から子供たちを救出してきたのだ。


「護衛は間違いないのですが、調査の方もお手伝いしていただけると助かります」

「あー、わたしにできそうなことなら?」


 外で御者をやってくれているシルヴァは力持ちだから、岩とか粉砕できるだろう。

 屋根の上に座って景色を眺めているらしいゼっちゃんは、正直なんでもできるだろう。


 では希望は――ええと、せ、洗濯か? 土ぼこりとかね、多そうだしね。

 できそうなことを考えたら最終的に洗濯に帰結するこの感じ、なんだかとても釈然としない。


「大丈夫ですよ、ノゾミさんは頭の回転が速いので、わたしでは気が付かない点に気が付くかもしれません」



 いや、それはどうだろうか。

 これくらいのことは社会の授業、特に地理とか歴史の分野で習ったことを異世界こちらの情報に当てはめてみただけだ。


 鉱山について詳しいわけでもないし、鉱石からの金属抽出やら加工なんて理科の分野だろう。自慢ではないが、理系科目は苦手である。


 ついでに言えば魔力やら魔術なんてサッパリだ。

 こっちにきて誰かに教わったわけでもないし、これからルナに教わったところで今回の調査に役に立つとは思えない。ゼクスに頼んでみるべきだろうか。


 王都からロンメルまで、馬車で三日ほど。

 道程は、まだ始まったばかりである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る