初陣―山脈を撃ち落とした日―
第27話 職業選択の自由がある公務員という矛盾
王都へ来て1ヶ月が過ぎた。
最初はどうなることかと思ったが、なんだかんだ慣れるものである。
活動拠点は変わらず壺中天だ。頼めば食事も出るし、部屋の掃除や洗濯だってやってくれる。
実質ホテル暮らしみたいなものなのでかなりの出費になるはずだが、今のところ全部経費で落ちている。
経費。経費である。
桜井希望。16歳。人生初の就職は、公務員でした。
王様――トーマ王からスカウトされた希望は、何をやらされるのかと戦々恐々としたものだ。
そもそも自分のような小娘に何を求めようと言うのかと。
あ、お
と言っても将軍ライオネルの代わりではない。そんなの振られても困る。振られたのは王都内の雑事全般だった。要するに便利屋である。
王都は広く、住人も多い。ということはその数に比例して困りごとも増えるはずだ。
具体的には詰まった用水路のドブさらいとか、道に落ちたゴミ拾いとか、公衆トイレの掃除とかである。いや待てそんなことやってたの征東将軍。
ともかく、そういった些細であるが同時に治安と清潔維持に必須な作業や、レオンたちと出会うきっかけになった地方の魔物退治のような、冒険者に任せたいが苦労と利益が合わなくて人気が出ない業務――地味作業をやってほしいと頼まれたのだ。
まあ、考えてみればそんな作業を将軍様が直接やっているのが変な話であったのだが、そこはそれ、本人割と楽しんでやっていたらしい。
それで本業がおろそかになりつつあったというのだから、エルウィンだってキレるわけである。
華があるとは言いにくい仕事ではあるが危険はなし。拠点はこのまま壷中天を使えばいいし、その宿代はトーマ王が負担。あまり高くはないがお給料も出る。
こんな好条件を出されて惹かれない人間がいようか、いやいまい(反語)。
あまりにも条件が良すぎて、本当に信用していいものか迷う部分もあったが、ゼクスがなにも言わなかったからそのまま受けてしまった。
蓋を開けてみたら説明された内容と実務にほぼ乖離はなく、問題なく続けられそうだった。
基本的に、国として希望たちにやってほしい仕事はレオンかエルウィンが持ってくる。優先順位が多少あるものの、即日行う必要があるものはあまりない。
清掃がメインなのだから一日二日遅れても大きな問題にはならないからだ。代わりに、依頼が尽きるようなこともほぼないだろう。
しかしこれだけの好条件を出せるのであれば、希望たちだけでなく他にもやりたがる人が多いのではあるまいか――と、そう考えてみたこともありました。
「ノゾミ、これも追加で頼む」
「うおおまた追加か! どれだけ食べるのかこの国のヒト!」
洗濯魔法! 洗濯魔法! 洗濯魔法! とにかく洗濯魔法!
次々運ばれてくるお皿に、連続で洗濯魔法をかける。瞬時に汚れは消え失せ綺麗さっぱりだ。汚れがどこに消えるのかは定かではないが、超分解されて微粒子とかになってるんだろう、たぶん。
洗い終わったお皿は、ある程度まとまったら乾燥魔法で一気に乾燥。乾燥し終わったものはシルヴァが厨房に戻しに行く。
本日のお仕事は、食洗機である。
……いや違う、食器洗いである。
内容はとっても簡単、下げられてくるお皿をひたすら洗って乾かすだけ! これやっぱり食洗機では?
そもそも希望が洗濯魔法と思っていたものは、どちらかと言えば「洗浄」の魔法らしく、なにも綺麗になるのは衣服と人体だけではなかった。
排水溝の詰まりだろうと、ヤバい臭いのするトイレの汚れだろうと、今回のように小山のように積み上げられた食器だろうと、なんでもお構いなしに綺麗にしてくれる。それもえいってやるだけで。
これがまたバカみたいに便利なのである。転生特典でもらったアイテムやら能力やらの中で一番便利かもしれない。
希望が与えられた仕事をこなせているのは、間違いなくこの魔法によるところが大きい。そしてトーマ王が提示したあの好条件は、この魔法を使用することが前提なのだろう。
排水溝の詰まりとかトイレ掃除とか、まともにやったらかなりの時間と人手を要する。それが希望なら、現場に行って魔法一発だ。効率が違うのだよ、効率が(ドヤァ)。
「これで最後だそうだ」
「おっけー、そこ置いて」
あとなにより洗い物は無心でやれるのがいい。素晴らしい。マーベラス。
だってほら、知らない人と話す必要とかないしね!
シルヴァが持ってきた最後のお皿を、ササッと洗ってパパッと乾燥。これで本日のお仕事は完了である。
希望たちのお給料は完全月給制なので、割り振られた業務以上のことをしようがしまいが、手取りは変わらないのだ。安定してるね公務員。
逆に割り振られた業務以外で外の仕事をしてお金を稼ぐのは全然構わないそうで、最低限の生活保障をしてもらった上でかなり自由度の高い生活を送れている。
「お疲れ様ですノゾミさん。……なんというか、相変わらずデタラメな魔法ですね」
と、一仕事終えた希望に声をかける人がいた。
声のした方向を見ると、背中まで伸びる水色の髪をした少女が一人。この一か月でそれなりに会話をするようになった相手だった。
「お、ルナちゃんだ」
おっす、と右手を挙げる。彼女は少しだけ苦笑し、
「ノゾミさんは、わたしにはあまり遠慮しませんね」
「あー……や、馴れ馴れしすぎかわたし」
「いえ、いいんです。わたしもそれくらいの方が嬉しいので」
さて、この少女であるが、名をルナ・オーグバリューという。
パーシーと並んで、アーシュラウム王国筆頭魔導師の一人らしい。年齢は15歳。希望の一つ下で、つい先日成人したばかり。
その成人したばかりの少女が国の筆頭魔導師である、という事実からも察せようが、いわゆる天才少女というやつである。
その天才が希望のところに姿を見せた理由と言うのが希望の生活魔法だったというのだから、世の中なにが縁になるかわからない。
「それにしても、いつ見ても変わった魔法ですね。ノゾミさんの『生活魔法』というのは」
魔術師は学者、研究者としての側面を持つ。
ルナもその例に漏れず魔法の研究をしているそうなのだが、希望の生活魔法のように、徹底して生活を豊かにすることに特化した魔法体系というものは初めて聞いたらしい。
その実演を依頼されたのが、希望とルナの出会いであった。
まあ、うん。初耳なのは無理もない気がする。なにしろ希望が取得した理由が「クソ神様にもらった」からなのだし。
「あの数のお皿を一枚も傷つけず、汚れだけ完全に除去してしまう……さらに適度な風量、熱量で一気に乾燥……かなり緻密に練られた術式ですね。乾燥は火と風系統の魔法を組み合わせれば再現できそうです。洗浄の方は水と――浄化――聖属性――」
なにやら考え込んでいたルナが、ぐりん! と首を希望に向ける。
「光――?」
「え、なにが?」
「……いや、まさかですよね」
なんだかよくわからないが、一瞬もの凄く期待されて、直後に思いっきり否定された気がする。
希望が言えた義理じゃないけど、この子も割と遠慮がないというか。
「あー、魔法に関してはね、前も言ったけどえいってやってるだけだから上手く言葉にできないというか」
これに関しては本当に申し訳ないのだが、魔法の知識皆無な希望ではなにも言えない。
魔術師というのは知識を秘匿したがるらしいが、希望は別に魔術師ではないので知識の秘匿もへったくれもない。
解説できるならとっくにやっているし、広く浸透すればみんなもっと快適に過ごせるのでは? とも思っている。
「くっ、これだから感覚でできてしまう人は……天才め」
「いやそれルナちゃんが言う?」
「わたしの魔法は明確な理論の基に成り立っています。ノゾミさんのように『なんかいい感じで』というふわっとした発動はできません」
「あれ、わたしディスられてる?」
「でぃす……? ええと、ノゾミさんが悪いわけではありませんが、原理がさっぱりわからないものを平然と行使されるとこう――ぐぬぬという感じになると言いますか」
それはわかる気がする。
希望の場合、原理がさっぱりわからないものを押し付けられたうえで、ダメもとで使ってみたら思った以上に便利だったという「ぐぬぬ」なのだが。
こう――釈然としないのだ。ぐぬぬ
「まあ、それはともかく」
二人してぐぬぬ、となっても仕方ないと思ったのか、改めてルナが口を開いた。
「お仕事です。ノゾミさん」
「お仕事? 今日聞いてた分は終わったから別にいいよ。どこを掃除するのかね」
「お仕事が完全に清掃に直結してますね……」
掃除洗濯ばっちこーい、という希望の宣言に、ルナはどこか呆れたような、引いたような口調だ。
ふっ、わたしにそれ以外のことができるとでも? ロボ? 乗らんぞわたしは。魔物の掃除とかウマいこと言うつもりか? ん?
「今回はお掃除やお洗濯とは違います」
「あ、そうなの?」
「なんの話をしているんだ?」
と、お皿を片付け終えたらしいシルヴァが戻ってきた。
「ああ、シルヴァさん。ちょうど良かった、あなたにもお願いしようと思っていたんです」
「俺にか。もちろん俺にできることであれば手伝おう」
内容を聞く前に二つ返事で了承する男、シルヴァ。
相変わらずのお人好しである。とはいえルナのこの口ぶりから察するに、「お仕事」の依頼主はルナ本人のようだ。
「ありがとうございます。お二人――厳密には今ここにいらっしゃらないゼクスさんを含めた三人には、わたしの護衛をお願いしたいんです」
「ごえい」
ごえい。AAAAA?
いや、まず最初に変換される単語はあるが、シルヴァはともかく希望には縁遠い単語だ。護衛だよ?
掃除と洗濯と料理とロボを呼ぶことしかできない希望になにができるというのか。
「はい。行先は王国北部の鉱山町ですね。良質な金属が採れる場所です」
「へー、そうなんだ……っていやいやいや。え、なんで護衛? シルヴァはともかく、わたし特に役に立たないよ?」
状況次第で攻撃魔法(物理)使えるけど。
「理由はいくつかあるんですが、一番大きいのは警備隊を護衛に使えない、ということでしょうか」
「あー」
仕事をほっぽりだしてゴブリン退治とかしてた征東将軍様は、今なお残務に追われまくっているという話だ。上司が忙しければ部下もだいたい忙しくなる。
まあ、うん。大半は彼らの自業自得だろうけども。
「パーシバルさんは動けるようですが、あの人はほら、虚弱なので」
ばっさりいったわこの子。
あと魔術師二人だとあれだね、VIT足りてないね。
「冒険者に依頼してもいいんでしょうけど、それよりはまだ気心が知れた人の方が」
「う、うん。わかった、うん」
じゃあ仕方ないね! 友達だからね!
友達はたくさんいるけどね! シルヴァとか……えーとほら、シルヴァとか。ルナだって希望の友達なんだから、協力するのはやぶさかじゃないよね!
「話はわかった。要するに俺たちは――ルナ。君に付いて鉱山町に行けばいいんだな?」
「はい。馬車の手配や荷物の準備がありますので、出発は明日にするつもりです。お願いしてもいいですか?」
「うん、だいじょぶ」
こくこくと首を縦に振る。
明日の予定はなにも聞かされていなかったから、ルナがこの話を持ちかけることはレオンたちにも通っていたのだろう。
あとはゼクスの予定だが、うん。まあどうとでもなるだろう。
「では明日の朝、東の大門で落ち合いましょう。馬車は押さえておきます」
「わかった。よろしく頼む」
ぺこりと頭を下げると、ルナは炊事場から出て行った。
さて、護衛なるものを引き受けてしまったわけだが、なにか希望にも準備が必要だろうか。
とりあえず食料と水は必要な気がする。あとはシルヴァと一緒にゼクスに相談だ。
希望とシルヴァは連れ立って、まずはゼクスを探しに炊事場を後にした。
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