第22話 ねんがん の こうげきまほう を てにいれた ぞ!

 岩。

 視界が岩の塊に埋め尽くされる。

 落石に潰される人とか、岩肌に車で突っ込んでしまった人の視界はこんな感じだろうか。


 ともかく希望は、本日二度目の「あ、死んだ」を体験した。

 もっとも、この巨岩も希望の目の前で直角に捻じ曲がって天井に直撃したわけだが。


 パラパラと天井の欠片が落ちてくる。

 元ダンジョンで、かつ結界を張ってあるだけあってこの地下水路はやたら頑丈だ。このバカデカい岩がぶつかっても、ひび割れるくらいで崩壊する気配がない。


 見た目はただのブロック状になった岩石なのだが、中身は完全に別物らしい。

 だってほら、なんか崩壊した部分が修復されてってるし。ちょっとしたホラー映像である。


「ええいゼッちゃんめ、合流したら文句言ってやる」


 希望は自分から離れていく岩の塊を見て、この部屋まで転移させたホワイトロリータに向けて悪態をついた。


 なるほど、ゴーレム。

 転移と同時に古典的な巨岩ゴロゴロトラップでも踏んだのかと思ったが、それは間違いだった。

 転移した希望を襲ったのは、パンチである。


 察するにこの部屋の主であろう、全長5メートルはありそうな岩人形。なんと形容するかと言えば、ゴーレム以外に考えられない。

 3つ、2つ、3つの順に縦に並んだ8つの単眼が、無機質に希望を見た。目だけなら蜘蛛に似ている。防御の種族値は200くらいありそうである。もちろん属性は岩単だ。


「ねーちゃん! こっち! こっちだよ!」


 と、部屋中に響き渡るような大声が聞こえた。

 声だけでわかる。この声の主はわんぱく坊主だ。さらに言えば、希望が助けるために来たもう一人の男の子――クルトに違いない。


 ゴーレムから意識を外さずにざっと周囲を見渡す。

 ――いた。後方約10メートル。ぶんぶん大きく手を振っている。


 転移直後のインパクトが強すぎてすぐにわからなかったが、なるほど確かにこの部屋は随分広いようだ。

 大きく飛び退《susa

 》って距離を取る、みたいな器用な真似は希望にはできないので、思いっきり踵を返して全力退避する。

 それを敵対行動と取ったか、ゴーレムが大きく腕を振りかぶる。


「ねーちゃん、後ろ後ろ!」

「わかってる!」


 希望の背後を指差しながら、クルトも駆け出している。判断が早い。なるほど、こうやって逃げ回ることはできていたわけか。

 とはいえゴーレムの巨体とそれから来る踏み込みの大きさ、腕の長さを鑑みるに、このままでは二人揃ってあのメガトンパンチが直撃するコースである。


 だが――そうはならない。

 それは希望が身を以て確信している。


 加速する。


 今までなんとなく放置していた魔力を、恣意しい的に自分の脚力強化に使う。

 具体的な使い方なんて知ったことか、要は魔力を足に、ふくらはぎに、太ももに集中すればいいのだ。きっとそれが、身体強化の基本のはず。


 ぐんと加速した希望は、わずか二歩でクルトに追いついた。


「え――」


 驚愕の声を聴き流し、背後から包むように抱え込み、抱き寄せる。


「こッ、のぉ――!」


 背後。

 強烈な風圧。

 剛腕と呼んでもまだ生ぬるい、ゴーレムの巨腕が迫る。


 クルトの頭を胸元に寄せる。無理な体勢で抱き寄せたせいか、二人揃ってバランスを崩してしまった。 

 思いっきりたたらを踏んで足を止めてしまったが、大丈夫。


 ゴーレムの巨碗は、再び屈折した空間を通って何もない壁を殴りつけていた。


「よし!」


 逃げる!


 クルトを抱えたまま、全力で走って距離を取る。気分はラグビーだ。

 と、部屋の隅まで来てしまった。もう目の前は壁だ。距離にしてざっくり20メートルは走ったか?


 体感だが、部屋の大きさはおおよそ50メートル四方。かなり広い。あのゴーレムが余裕を持って動けているということは、天井までの高さも10メートル近くあるのではなかろうか。

 まあ、10メートル程度の天井ではゼクストゼーレを呼び出して戦うなんてできないわけだが。よしんば呼べたとして希望が華麗に操れるかというとたぶん操れない。


 なんとも扱いにくい転生特典である。ダンジョンではほぼ役に立たないじゃないか。


「ね、ねーちゃん離せよ……」

「お?」


 希望の胸元で、クルトがもごもごと口を開いた。耳まで真っ赤である。

 ふむ。非常事態とはいえ、希望の豊満なおっぱいに包まれているのだから当然であろう。我ながらなかなかに罪作り――というか、大胆なことをしたものである。

 豊満(笑)とか思ったヤツ、ちょっと表に出ろ。わたしは豊満だ。豊満だったら豊満だ。


 本格的に意識してしまうとこっちも気恥ずかしいので、とりあえずクルトを解放することにする。


「――――」

「え、えと。だいじょうぶ?」


 顔が真っ赤なまま、クルトはこくりと頷く。


「そ、そか。よかった」


 ところでおっぱいの件を意識せずとも希望は人見知りである。

「だいじょうぶ?」と「よかった」を初対面の相手に言えただけでも成長したと思ってほしい。

 ついでに「たすけにきた」まで言えれば良かったのだろうが、三言言うのはちょっとまだ無理です(クソ雑魚ナメクジ)。


 ロックゴーレム。岩石で形成された、ゴーレムとしては最もポピュラーな種族。王都地下水路においては、第二階層へ至る道の門番として、ダンジョンが形成することが確認されている。

 身体が岩石でできているため、全体的に耐久力が高い。魔力抵抗は高くないが、質量が大きいため効果を出すには魔法の規模も相応のものが求められる。

 主な攻撃手段はその質量を生かした肉弾戦となる。自重じじゅうが大きいため動きは遅いが、体躯が大きいため一挙動自体が大きく、単純な距離を詰める能力は高い。

 対内にあるコアを破壊することで即座に無力化が可能。

 討伐難易度はC。


 どうのつるぎさんが情報をくれる。

 文句のつけようがないくらいゴーレムだった。


 中学時代に神話を調べた時に得た知識によれば、ゴーレムはヘブライ語で「胎児」の意味で「emeth(真理)」という言葉が身体のどこかに刻み込んであり、活動を止めるには「e」を削って「meth(死)」という言葉に変える必要があったはずだ。


 まあ、それは地球の知識であるのでこっちの世界では全然関係ないのだろう。ゴーレムという名称も希望にわかりやすい形で翻訳されているのかもしれないし。


 なぜ神話を調べたのかって?

 中学時代ってだけで察しろくださいお願いします。


 そのゴーレムだが、希望が割と必死で走った距離をズシンズシンと10歩くらいで詰めきれそうな勢いである。

 思考回路自体は単純であるようで、距離を詰めて殴るのが基本パターンなのだろう。ロケットパンチとかついてないのが幸いだが、ひたすら逃げ回るしかなさそうだ。


 いつまで?

 もちろんゼクスたちが来るまでである。

 いつ来るかまではわからないが、そんなに離れてないという言葉を信じるしかない。


「ねーちゃん、前! 前!」

「あ」


 とか考えているうちにゴーレムは目の前まで迫っていた。

 希望たちを背後の壁もろとも押しつぶさんと、大きく振りかぶる。


 ぎゅう、とクルトが希望の服を掴むのがわかる。

 まるで石壁のようなゴーレムの拳は一瞬で希望に迫り――華麗なカウンターとしてゴーレム自身を殴り飛ばしていた。

 今回は正面に弾き返せたようだ。


 このたびびとのふく、防御性能はとにかく高いが致命的な欠陥がある。空間を湾曲する方向が完全にランダムであることだ。つまり、正面に弾き返してカウンターにできるかは希望のリアルラック次第ということである。

 それを把握した時は「完全反射とかつまんなくね?」というクソ神様の声が聞こえた気がした。クソが!


 しかしこのゴーレム、やたら硬い。

 自身の力をそのままカウンターで反射されたわけだが、体勢を大きく崩すこともなくたたらを踏んだ程度だ。即座に持ち直し、右足を踏み込んで左腕を突き出してくる。


「うぇ!?」


 左のパンチはカクンと真横に逸れた。再度カウンターとはいかなかったらしい。

 ならばとばかりに、ゴーレムは左腕を引き、また右腕を――ってちょっと待て!


 右、天井、左、床、右、壁、左、空中、右、空中、左……あ、当たった。しかし平然と持ち直し再度右。これはまた空中を殴りつけて風だけ巻き起こす。


「ちょ、ま、これ」


 まさにデンプシーロールである。

 何発か正面に弾き返しているのに全然効いている風に見えない。というか、カウンター発生率低くない?


 上下左右と正面に屈折すると考えれば、単純計算でカウンター発生率は2割のはずだが、これ1割切ってるっぽい。


 え、わたしのリアルラック低すぎ……?


 あまりの当たらなさにしびれを切らしたか、ゴーレムは両手を組んで上から叩き付ける。

 これは真横に捻じ曲がった。ちっ、これが直撃すれば多少は効いたかもしれないのに。


 とはいえこれはあまりにも一方的だ。


 ゴーレムの攻撃自体は完全に遮断できてこそいるものの、壁際に追い詰められて身動きが取れない状況でもあるのだ。

 これが希望だけなら、たびびとのふくの防御性能頼りで抜け出すことも可能だろう。だが、クルトを背中にかばっている以上は迂闊に動けない。


 たびびとのふくは希望を守ってくれるが、クルトまで守ってくれる防御範囲が不明瞭なのだ。

 例えば、ゴーレムの攻撃からはクルトも守ってくれるかもしれない。しかしゴーレムが殴りつけて飛び散ったダンジョンブロックの破片からは守ってくれないかもしれない。

 それがはっきりしない状態で賭けに出ることはできない。


「すげえな、ねーちゃん……」


 希望の背後から恐る恐るといった調子でゴーレムを見上げ、どうやら猛攻を全部凌ぎきっているようだと確認したクルトは感嘆の声を挙げた。

 まあね! とドヤ顔してやりたいが、希望は基本的にただ突っ立っているだけなので自慢にもならない。


 が、同時になんかこう、ふつふつと苛立ちが湧いてくるのである。


 まあ、クルトを守るために飛んできたわけだし、時間稼ぎができれば充分だと理解している。さらに言えば、壁際に追い詰められているとはいえゴーレムの攻撃は一切希望に通用しないこともわかっている。


 だが。しかし。


 だからといって一方的にバカデカい手で殴られるのが怖くないわけがないのだ。


「ぐぬぬ」


 やり返したい。

 こう、ズガーン! ドカーン! グワッシャーン! とばかりにボッコボコにしたい。


 ゼクストゼーレが使えたら、こんな鬱憤を溜めることなくボッコできただろう。ゴーレムは目算5メートル。ゼクストゼーレは10メートル。

 単純に物理での殴り合いでは身体のデカい方が勝つ。圧倒的にボコれるはずである。


 ぶん殴るくらいならゼクスがいなくても動かせる気がするし、出せるものなら出してウラァ! と殴り飛ばしたい。

 まっすぐいってぶっとばす。右ストレートでぶっとばす……!


「あーもーうっとおしいぃぃぃ!!」


 目の前の岩人形をぶっとばす妄想とままならない現実のギャップに思わず吠えたとき、は起こった。


 空間魔法が! 展開し!

 まるで畳のような! 金属の塊が現れ!

 蛇のように伸びて! ゴーレムに直撃した!


 畳のようなと言っても、高さ約2メートルの鉄塊である。そんなものが勢いよくぶつかれば、いくら5メートルあるゴーレムといえどただで済むわけがない。

 振りかぶってもう一撃かまそうとしていたゴーレムは、思い切り吹き飛ばされて後ろに倒れた。


 轟音。地響き。


 軽く10メートルは吹っ飛んでいる。

 その吹き飛ばしたブツは、希望の目の前からうにょーんと生えて、伸びている。


 長さはおおよそ5メートルくらいだろうか。縦か横かの違いはあれど、ゴーレムとあまり変わらない。

 畳のように見えたのは、接地面。真ん中あたりにくぼみがあって、再度接地面がある。つまりヒールだ。


 そこから希望の方へ伸びる金属塊には2か所の大きな可動部分があって、構造的に脆いであろうその2か所を広めに張り出した別の金属塊が覆っている。

 色は全体的に白い。


 そしてこの部分、ものの大小こそあれ基本的にヒト型であれば誰にだってついている。

 つまり――


「…………脚?」


 バカデカい脚が、希望の空間魔法の中から伸びてゴーレムを蹴り飛ばしていた。


 ちょっと情報を整理させてほしい。

 いや、理屈はわかる。

 原理とか効果とか希望の意識無意識はともかく、「ブッ飛ばしたい」という希望の希望に、空気を読んだ魔法が発動したのだろう。

 で、一番効果がありそうなゼクストゼーレの一部分が空間魔法から飛び出てきた、と。


 なるほど。

 意味がわからないが、わかった。


 紛れもなくこれは攻撃手段である。それもドカーン! って感じのやつ。

 つまるところ、(空間)魔法を使った(物理)攻撃なのだから、これは攻撃魔法として認識しても良いのではなかろうか。


 あらためて自分の攻撃魔法を見てみる。

 空間魔法から伸びる脚。

 脚が出ているだけで、蹴り飛ばすモーションをしたわけでもないらしい。

 そもそもわたし、「右ストレートでぶっとばす」って思ったんだけど、なぜ脚なのか。


 ともあれ、これだけの質量がノーウェイトで顕現するのは充分に脅威たりえるだろう。

 質量で攻撃する魔法という意味では土属性と言っても過言ではあるまい。

 念願の攻撃魔法である。ついに希望も能動的な攻撃手段の取得に成功したわけだ。


「…………」


 ちがう、こうじゃない。




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