第19話 鑑定を持っているのに使わなかった場合の実例

 閃光が希望の身体を包み込んだ。


 巨大触手の吐き出したブレスだ。何属性なんだかよくわからないが、とにかく希望の身体が消し飛んでもおかしくないくらいの威力だろう。

 背後にいたエルウィンも、これは巻き添えを食らったに違いない。唐突に希望が現れなければ彼女には助かる手段があったかもしれないのに、巻き込んでしまって申し訳ない。


 死んだ。これは死んだ。今度こそ死んだねわたし。

 衝撃とかないけど、威力が大きすぎて脳が痛みとか感じてないのかもしれない。


 裏をかいてエロ漫画でよくあるIN-RAN-なんかエロくなるビームとかだったりするのかもしれない。今のところ特になにもないが、ごん太ビームで肉体が消し飛ぶよりそっちのがヤダ。


 ……………………。


 というかいくらなんでもなにもなさすぎでは?


 反射的に閉じていた眼を恐る恐る開けてみると、巨大な体積の半分くらいが消し飛んだ、先の触手塊がダウンしていた。


「ってうおおおおおお!?」


 あらやだ淑女らしからぬ悲鳴を上げてしまったわうふふ。

 弱々しくうごめいているあたり、完全に死んでしまったわけでもないみたいだが、見た目通り結構な大ダメージのようだ。


「え、なにがあったし」

「ノゾミさん!」


 予期せぬ光景におろおろしていると、背後から声をかけられた。エルウィンだ。

 そうか、これはきっと彼女がやったのだろう。なんかすごい結界みたいなのでも出して、ババーン! とあの攻撃を反射したに違いない。


「あ、あの」


 ありがとうございました。と言おうとした矢先、エルウィンはまくしたてるように言った。


「なんですかあの結界は!? あの規模のブレスを弾き返し……いえ、あれは反射ではないようでしたが……」


 あれぇ?

 アレをやったのはエルウィンの中では希望ということになっていた!


 いやいや。

 待て待て。


 わたし知らんぞ? そんな不思議パワーに目覚めた記憶とかないよ?


 できることなんてせいぜい掃除と料理と洗濯と巨大ロボ出すくらいだ。最後の一文だけパワーワードがすごいけど気にしない。


 だからと言ってエルウィンが嘘をついているとも思えないし、そもそも嘘をつく理由もない。考えられるとすればアレだ。クソ神様案件である。

 いきなりここまで飛ばしたことといい、ゼクスも知っててやった可能性が高い。


 いやね、いつも結果的に無傷で済んでいるからいいものの、わたし手持ちの能力について不明点多すぎやしない?

 あれ、これそろそろ怒っていいやつなのでは?


「ノゾミ! 無事か!」


 と、シルヴァとゼクスが部屋に駆け込んできた。


「あ、うん。だいじょぶ」

「言ったでしょう? 心配はいらないって」


 希望が頷くと、ゼクスは何事もなさそうにそう言った。

 やはりこの様子、知っている。


「ゼクスちゃん」

「なにかしら?」

「あれは、どういうこと」

「どう、って?」


 ゼクスはこてん、と首をかしげる。愛らしい仕草ではあるが、誤魔化されない。


「わたし、さっきそのヌメヌメにブレスっぽいの吐かれた」

「ええ」

「でも気が付いたらヌメヌメはなってた」


 身体の大半が消し飛んだ触手塊を指して、希望は続ける。


「エルウィンさんはわたしがやったって言ったけど、わたし、なにもしてない」


 キッと強く視線を向ける。

 睨み据えるかのように。


「わたし、なにをしたの? ゼクスちゃんはこうなることを知ってたの?」


 沈黙が下りた。

 険悪にすら感じる空気の中、希望はゼクスの答えを待った。


 ちょっと雑な扱いをされるくらいなら、いい。軽口の応酬なんて友達の少ない身としてはむしろウェルカムだ。

 でも、突然にこんな――命の危機を感じる状況に放り出されるのはたまらない。この問いに対する答えが不誠実なものであれば、希望は二度と彼女を信用できなくなる。


「……え?」


 そして、希望に対するゼクスの回答は、どこか焦りを含んだ――「え、やだこの子知らなかったの?」感の強いものだった。


「え?」


 今度はむしろ希望が「え?」ってなる番である。

 え、実はいつの間にか能力説明的なものを受けていたのだろうか。まるで記憶にない。


 クソ神様からは「アイテムはぼちぼちやるわ。あとロボ。だが魔法はやらん」と言われただけだし。


「希望。ちょっと情報を整理させてね」

「う、うん」

「あなた、『彼』からいろいろもらったわよね」


 こくりと頷く。

 すてきななにか《ゼクストゼーレ》を筆頭に、空間魔法、生活魔法、言語能力、お金と装備だ。


「あなたの言い分はいろいろあると思うけれど、これまで明確に役割がなかったものはあるかしら?」


 考えてみる。

 お金は真っ先に除外。空間魔法、生活魔法も除外。言語能力も言うまでもない。すてきななにかゼクストゼーレだって、明確に用途がある。


 あとは装備か。

 どうのつるぎさんはとっても優秀な辞書である。


 残るは――


「たびびとの、ふく」


 ぽつりと呟いた希望の言葉に、ゼクスは納得したように息を吐いた。

 まさか。


「ごめんなさいね。てっきり効果を知っているものと思っていたものだから」


 案の定だった。


 ゼクス曰く、「たびびとのふく」自体は多少頑丈な造りの平凡な服でしかないそうな。なお、自己修復機能もおまけでつけてあるらしい服が「平凡」かは置いておくものとする。


 その最たる機能は、希望へダメージを与えうる衝撃の回避である。

 具体的には、希望周辺の空間を捻じ曲げて別方向につなげる。今回の場合は、ブレスが本来通過する空間を捻じ曲げてそのままお返ししたというわけだ。


 基本的に希望に対し直角、もしくはほぼ反射する形での空間湾曲効果を発揮するため、希望の後ろにいればほぼ確実に無傷となる。


「例えば、ワイバーンの突進を正面から受けたとして、ワイバーンは湾曲した空間を通って明後日の方向に突進していくことになるわね。ブレスに関しては今あなたが体験した通りよ」


 なんということでしょう。

 つまりアレか。最初のオックスボア戦から希望自身の身の安全は最低限保証されていたというわけか。


「ちなみに、ワイバーンに捕まったのは、爪が引っ掛かった先が『服』であって『希望自身』ではなかったから。ついでに言っておくと、あのまま地面に叩き付けられてたら衝撃を逃がす先がなくてそのまま潰れて死んでたわよ」


 地面に衝突した衝撃を捻じ曲げるって意味わかんないもんね。


 まあでも、うん。理解した。あのクソ神様がくれたものは、確かに全部役立つ代物だ。希望個人の攻撃手段が皆無なことを除けば効果も破格なものばかりで、転生特典としては相当に豪華なものだと言えるだろう。


「にしたって説明不足にもほどが」

「どうのつるぎ。使わなかったの?」

「あ」


 なんということでしょうアゲイン。

 調ということを、希望は全く思いついていなかった。


 どうのつるぎさんの効能はいわゆる「鑑定」だ。鑑定で自分の能力をチェックするのは当たり前のことだというのに、なぜこんなことに気付かなかったのか。

 ……やっぱりどうのつるぎという名前が武器カテゴリのせいだろう。


 ともかくたびびとのふくをチェックしてみると、ゼクスが話した通りの内容が頭に入ってきた。

 なんというか、正面から攻撃を防ぐ性能だけならインチキにもほどがある高性能である。これ、周囲の空間ごと圧縮して潰すとかしないとまともに攻撃通らないんじゃない?


 ついでに希望自身の肉体スペックも確認してみた。

 身長、体重、スリーサイズにいたるまで、転生前と一ミリも変化なしである。スリーサイズどこから調べたあのクソ神様。

 ちょっとくらいおっぱい盛ってくれてもいいじゃないかドケチめ。


 なお、転生前に比較して明確に強化されていたものが一つだけあった。


 なにあろう、胃腸の頑丈さである。

 なんでも、なにを食べても絶対に壊れない。どんな猛毒でもたちどころに分解してエネルギーに変えてしまえるオリハルコン製の胃腸で、ボッチが極まったあげく飢えてその辺のもの食っても全然平気とのことでやかましいわ!


「ムカつく。とりあえずムカつく」


 全面的に与えられたものも効果は高いしありがたいもののはずなのに、どうしてこう煽られている気がしてならないのか!


 なお体力が上がった気がするのは、希望が無意識のうちに自分の魔力を使用して身体強化をしているからだとのこと。使い続けることで、希望の魔力は地道に上がっていくらしい。

 特にデメリットもないみたいだし、このまま発動するに任せておいてもよさそうだ。


「今まで『たびびとのふく』の防御が発動しなかったのは幸運というか不運というか。ともかく、いきなり放り出したのは謝るわ。ごめんなさい」

「あ、や、うん。わかってくれたら、うん」


 ぺこりと頭を下げるゼクスに、思わずしどろもどろになる。

 実際のところ、希望が盾にならなければエルウィンは危なかっただろう。希望の精神的な安寧を除けば、ゼクスの判断自体は間違っていると言い切れない。


「わたしはね、基本的にこの世界のことに干渉できないの。だからあなたが望む結果を導き出すには、あなた自身が頑張る必要があるのだけれど」


 道理である。そのための道具はいろいろもらっているし、この子はこの子で可能な限り希望の手助けはしてくれるらしい。


「例外的にわたしが直接権能をふるえる時があるとすれば、希望。あなたを守る時だけよ」


 そんな大きな危険に陥ることはないでしょうけれど、とゼクスは続けた。


「というわけで安心なさい。あなたは死なないわ。わたしが守るもの」

「ごめんなさい。こんな時、どんな顔をすればいいかわからないの」


 慈愛の籠った眼差しで見つめてくれるのはいいけど、ついさっき誰あろう彼女自身の手で命の危機を感じたばっかりである。

 せっかくの名台詞がすんごく薄っぺらかった。


 これはアレだね、なかったことにしようとしてるね!


「笑いなさい」

「強要!」


 いや、うん。

 これでゼッちゃんを疑う必要もなくなったのはいいけども。

 軽口を言い合えるのもウェルカムだけども。


 根本的なところで、やっぱ希望わたしの扱い、雑じゃない?

 これ以上考えると悲しい結論に達しそうだったので、希望はこの件について考えるのをやめた。


 とりあえず、クソ神様への逆襲カウントは回しておいた。3くらい。


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