第17話 イレギュラークエスト

 壷中天は、王都の東西を横一文字に走る大きな通りからから少し奥まったところにあった。

 人通りの多い場所からはやや離れた立地で、どこか穴場のような雰囲気がある。事実周辺には他の宿屋はなく、商店の類が多そうだ。


 開けた広めの土地に、でんと構える大きな建屋はおそらく二階建て。華美な装飾がない素朴な造りだが、どことなく品の良さを感じさせる。

 それにしてもエルウィンに案内してもらって正解だった。道としては聞いたとおりの経路だったものの、宿屋のありそうな雰囲気の場所ではないため迷っていた可能性が高い。


「ようこそいらっしゃいんした」


 中に入るとヒト族の女性が出迎えて深々と頭を下げた。

 年のころは30代前半くらいだろうか。仕草の端々からどこか匂い立つような色香が感じられる、大人の女性だ。

 察するにここの女将だろう。


「壷中天の女将をしておりんす、ノノでございんす」


 あ、ちょっとかわいらしいお名前。


「こんにちは、女将さん。お客さんです」

「案内してくれてありがとう。こなたの宿は僅かわかりにくいところにありんすによりて」

「それで、うちのゴロツ……じゃない。ろくでな……でもない。所属の者たちが先ほど王都に帰ってきたようですが――」

「ええ。先ほどいつものように遣いの方がいらっしゃいんした。宴席の予約でありんす」

「そうですか。……では、待たせていただいても?」

「構いんせんよ、そろそろ準備も整いんす。それから、今日は三名人数が追加されるとか」

「え?そうなんですか?」

「なんでもローブを着た黒髪のえらく美人な方と」


 エルウィンが希望を見る。な、なんでしょうか。


「背の高い獣人と魔族のハーフ」


 ん?


「真っ白い髪と肌で、目の赤い愛らしいお嬢ちゃん」


 あれ?

 美人はちょっと聞き覚えがないけど、ほかの二人の特徴はすごく聞き覚えがある気がするね(目逸らし)。


「はあ。またですか」


 こめかみをぐりぐりもみながら、エルウィンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 それから希望たち三人の顔を改めて見回し、


「わたしの予想が正しければ、なんですけど。レオン隊長からの招待でこちらに?」

「ああ、その通りだ。なにかあなたにとって不都合だったろうか」


 シルヴァのストレートな返答に、エルウィンはふるふると首を横に振った。


「いえ、あなたがたはなにも悪くありません。不快な思いをさせてしまっていたらごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる。

 いやそれじゃ別にいいんだけど、レオン隊長?


「察するに、レオンの部下かしら?」

「ええ、まあ……」


 なんとも歯切れ悪く、エルウィンは頷いた。


「レオン隊長は、遠征先で気に入った方たちを王都に呼んで、酒宴に招待するんです。もちろんそれはいいのですが、問題はあの方が不在の時の業務です」


 なんとなく察していたが、レオンは元来地方のゴブリン退治に直接出向くような地位ではないそうな。


「それをあのヤドロクときたら、『面倒な書類仕事はお前に任せたぜ!』の一言でするりと逃げ出し、あまつさえ体力皆無のパーシー様まで連れ出す始末!」


 おおぅ……どろりとしたどす黒い炎が背後に見える気がする……。

 あとパーシー、えらい言われようだ。一応様付けされてるけど、やっぱ彼も偉いのだろうか。


「エル様、お客様の前でありんす」

「とと、すみません」


 女将さんに言われて、エルウィンは気恥ずかしそうに頬を掻いた。


「ともかく、レオン隊長に呼ばれたのであればわたしにとってもお客様です。予約を取ってあるお部屋に案内してもらいましょう」


 ぽん、と両手を打って、女将さんへ視線を向ける。


「承知しんした。ではお部屋へ――」

「レオンの旦那! いるか!?」


 女将さんが頷いて、こちらへどうぞと奥を示した時だ。

 おっさんと少女が連れだって宿の中へ飛び込んできたのは。


  *




「地下水路に!?」

「う、うん……冒険だって、クルトとロランが……」


 そしてこの急展開である。

 おっさんと一緒に飛び込んできた年端もいかないであろう少女は、しゃくりあげながらエルウィンに事情を語った。

 曰く、


 ①友人の少年二人と遊んでいた。

 ②普段は固く閉ざされている王都地下水路への出入り口が開いているのを見つけた。

 ③それなら冒険だ! と少年二人が突っ込んでいった。


 少女の言い分を三行にまとめるとだいたいこうなる。

 なるほど、小学生男子の行動パターンである。


 それを聞いたおっさんが、現場から近くてレオンがいる可能性の高い壷中天にとりあえず連れてきたのだという。



「女将さん!」

「承知しんした。冒険者ギルドと警備隊に伝えておきんす」

「お願いします! わたしは先に地下水路へ潜ってみますので! ノゾミさんたちはお気になさらず、ここでお待ちください! では!」


 言うが早いか、エルウィンはバタバタと壷中天から出て行ってしまった。

 地下水路がどれくらい危険なのか、王都に来たばかりの希望にはわからないが――


「あの慌てよう。不安になるわね」


 残念ながら、ゼクスの意見には同意である。

 慌てっぷりに関しては希望が言えた義理ではないが、それは棚の上にぶん投げることにしておこう。


「地下水路というのは、そんなに危険な場所なのか?」


 知らないことは知らないと素直に聞ける子、シルヴァッティ。

 もうファーストコンタクトは全部この子に任せていいんじゃないかな。

 シルヴァの問いに、女将さんは頷きを返した。


「王都全域に張り巡らされておりんす。広さだけでも王都とほぼ同等、汚水処理のために穢れも溜まりやすく、魔物も湧きやすうございんす」

「そんなところに……」

「普段は出入り口も施錠されておりんす。まず見ることのない場所、子供衆の興味を引いてしまいんしたのでありんしょう」


 あー。やるよね子供ってそういうこと。特に男子。

 なぜ危ないと言われたところに行きたがるのか。なぜ行くなと言われて行くのか。


 はい心当たりのある男子、ちょっと手を挙げなさい。

 ちなみに希望わたしは女子だけど心当たりあります。

 ちょっぴりわくわくするからね、仕方ないね。


「ノゾミ」

「あー、ゼッちゃん?」

「……まあ、呼び方は好きになさいな。別に構わないわよ」


 何気にゼッちゃんと口にしたのは初めてだったか!

 まあそんなことはどうでもいい。あんな話を聞いたらシルヴァが行くと言わないわけがない。なにしろ彼はお人よしなのだ。


 それにダメと言えるほど希望は薄情ではないし、シルヴァ一人で行かせる気にもなれない。

 かといってお目付け役としてこっちに来たゼッちゃんの意見を聞かないのもそれはそれで違う気がするので、お伺いを立ててみたら割とあっさり通ってしまった。


 となればあとは簡単である。


「その水路の入り口へ、俺たちを案内してもらっていいだろうか」


 知らせに来た少女と目線を合わせるようにしゃがみこみ、シルヴァは優しい声音で語りかける。

 少女はシルヴァの巨体を前にして少しだけびくついたが、泣き腫らした目をごしごしこすると、コクリとはっきり頷いた。


「お客様は、冒険者の方々でありんすか?」


 女将さんがそう尋ねてきたが、希望はどうにか首を横に振る。

 王都の冒険者事情はわからないから、ここで冒険者になるかはまだ保留とするが――少なくとも今は冒険者ではないし、冒険者になる気もない。


「少し事情があって旅をしているのだけど。まあ、見ての通り彼は腕が立つわ」


 ゼクスがシルヴァを示して言った。

 筋肉は口ほどにものを言う。シルヴァの鍛え抜かれた体躯を見れば、その言に反論の余地はあるまい。


「わたしは魔法が使えるし、この子は……ええと、戦闘能力的には皆無なのだけれど」


 ゼッちゃん魔法使えるんだー。というかあのクソ神様の遣いなら割と何でもありだろうなー。

 とか思ってたら事実をストレートに言うなわたしに効く。


 その戦闘力をくれなかったのはあなたのご主人様だよ!

 地下の狭い空間で巨大ロボとか出せるか!


「まあ、子供たちが万が一下水に落ちて悲惨な状態であっても即座に綺麗に洗えるわ」


 よーし、わたしの役目は洗濯だね!

 ザブザブ洗ってやんよ、ザブザブ。

 ……………………クソが!


 しかし考えてみたら、数ある生活魔法の中でもずば抜けて活躍しているのが洗濯魔法である。

 謎の汎用性があるところがまた妙に腹が立つ。クソが!

 でもとってもありがたいので、これからも確実にお世話になると思うととっても複雑な気分になる。


「エルウィン、だったかしら。彼女一人先行させるよりはマシでしょう。でも、できるだけ早めに冒険者なり衛兵なりを派遣してくれると助かるわ」


 ゼクスが肩をすくめると、女将さんは頷き、


「遣いは先ほど走らせんした。ご無理はしないでくんなまし」

「ええ。迷子を追いかけてこちらが迷子になったら元も子もないものね」


 ゼクスは女将さんに頷きを返す。

 それを見届けて、シルヴァが口を開いた。


「よし、行こう!」

「こっちだ!」


 先行するおっさんを追い、希望たちは地下水路目指して駆け出した。


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