第16話 王都アーシュラウム
王都への道程はスムーズだった。
それはそうだろう。30人の筋肉たちを襲うような盗賊なんているわけがないし、これだけの部隊なら魔物だって積極的には襲ってこない。
結果、散発的に遭遇する魔物を撃退するくらいで大きな足止めを食うこともなかった。
希望たちだけで移動するとこうはいかなかっただろうから、やはり同行は正解だったと思う。
ちなみに、移動中の料理やら洗濯やらは希望が請け負った。いくら客人扱いをしてくれているとはいえ、何もしないのは心苦しかったし、だいたい生活魔法でえいってやったら解決するので手間いらずなのもあった。
そうやって家事っぽいことをすると、兵士の皆さんのやる気が妙に上がるのがなんとも複雑な気分ではあったが、それはそれである。
そうしてつつがなく王都へ到着した希望たちを待ち受けていたのは、バカでかい門であった。
これがもうホントにでかいのである。ゼクストゼーレに乗ってくぐったとしてもまだ余裕があるであろう。20……いや、30メートルはあるか。
どうやら石と木材でできているらしい、朱塗りの、妙に馴染み深い形をした門だ。リーザスの門は四角い石材を積み上げて造られた、中世ヨーロッパ風な感じの造りであったが、これはどちらかというと――
「武家屋敷?」
「もしくはお寺かしらね」
「それだ」
中学の修学旅行で京都、奈良に行ったときに似たような形の門を見た。そうだ、朱雀門とか東大寺の門にどことなく似ている。
あれをウルトラでっかくすればこんな感じになるだろう。
つまるところ、どことなく「和」の気配がする造りの門なのである。
「これが王都の大門だ。どうだ、でっけえだろう」
「……ああ。これは凄い」
「我等が陛下のまします王都。その顔にござるからな。王都に来た者は、まずここで陛下の偉大さを知るのでござるよ」
レオンとパーシーが、呆けたように門を見上げるシルヴァにドヤ顔している。
ちょいちょい話を聞いていたが、この国の王様は民に慕われる良い王様のようだ。まあ、そうでなければ地方のゴブリン討伐に国家予算で兵を派遣したりはしないだろう。
「凄いのはわかったけれど、王都へ入るための手続きはどうすればいいのかしら?」
「おお、ゼクス殿。基本的にはリーザス同様、身分の証明や入町料が必要なのでござるが、今回は某とレオン殿の権限で全部省略でござる。馬車に乗っていても大丈夫でござるよ」
マジか。
え、待って。レオンは隊長だし偉いんだなーみたいな感覚だったけど、パーシーも結構な権限のある人なの?
「あらそう。でもそうね、せっかくだしこのまま歩いて入ろうかしら」
そう言って、ゼクスはすたすたと大門の方へ歩いて行ってしまった。自由である。
確かにこれだけの大門だ。馬車で入るよりも歩いて入った方が趣がある。とはいえさすがに許可くらいは取っておくべきだろう。
希望はレオンに声をかけた。
「あの、このまま行っても大丈夫?」
「おう。話は通してあるからな。俺たちは装備を詰め所に戻したりしなきゃなんねえから、後から追っかけることになるが――そうだな」
ふむ、とひとりごちると、レオンは口を開いた。
「嬢ちゃんたち、当然王都の宿は知らねえよな」
初めて来たのだから、もちろん知らない。
希望がこくりと頷くと、レオンはにかっといつもの人好きする笑みを浮かべた。
「なら、壷中天って宿に行くといい」
「こちゅうてん」
「ああ。討伐任務が終わったら、いつもそこで一杯やってるのさ。平均よりはちっと値が張るが、その分質は保証する。嬢ちゃんたちが今日の宿をそこにするかはともかく、まずはそこで合流しようや」
「えと、うん、わかった」
レオンが言うのだから、その宿はいいところなのだろう。ちょっと高いというお値段次第だが、このまま今日の宿に決めてもいいかもしれない。
その壷中天とやらへの行き方を聞いて、希望はレオンと別れた。目指すは大門の向こう、王都の街並みだ。
*
王都アーシュラウム。
アーシュラウム王国の王都にして中心部。人口は約30万人。
王城を北端中央に位置付け、そこから市街の中心に大通りが通っている。さらに、大通りを中心に東西に広大な市街地が広がる。
出入り口となる大門は王城のある北部を除き、東西南の三か所。いずれも人の出入りは激しい。
種族比率はヒト族が60パーセント。残る40パーセントは獣人、エルフ、ドワーフ等複数の種族が混在。多種族に広く門戸を開く。
どうのつるぎさんいつも情報をありがとう。
しかし、なるほど。規模がケタ違いだ。
この世界の町で希望が知っているのはリーザスだけだが、比較にもならない。大通りは南門から北の王城へ向け一直線に走っているらしいが、希望たちが入った東門から伸びる通りも相当に広い。四車線の道路くらいの道幅があるだろう。
なにより凄いのは、これだけの広さの通りであっても人が途切れていないところだ。
「随分人が多いな……なにかの
「いいえ。多分これで通常営業よ」
感嘆の声を上げるシルヴァに、淡々とゼクスが返す。
ゼクスはゼクスでクールを装っているが、目線があちこちに移りまくりだ。
希望も含め、おのぼりさん全開である。
「それで?どこへ行くのかしら?」
「あ、うん。壷中天って宿で打ち上げやるって」
「壷中天。えらく粋な名前の宿ね」
壷の中の
別世界。転じて酒を飲んでこの世のめんどくささを忘れるとかそんな意味だった気がする。
翻訳魔法が希望に分かりやすくそう翻訳しているだけで実際は謎言語なのかもしれないが、似たような意味の言葉はどこの世界にもあるものなんだろうか。
「ちょっぴりお高いけどいいとこらしい」
「ふうん。まあ、今日の宿をそこにするかはともかく、集合ということならまずはそこへ行ってみましょう」
「すまない。壷中天という宿の場所を知っているだろうか」
希望がゼクスと話している隙に、シルヴァが近くを通った女の子に声をかけていた。
行動早いねシルヴァッティ。
ところでリーザスではシルヴァがめちゃくそにビビられて希望はとっても不快になったが、王都はどうなのか。
「壷中天、ですか?はい、知っていますよ」
シルヴァへの対応は、とてもフレンドリーな口調だった。
ヒャッホゥ王都最高! 希望の友達にフレンドリーに接してくれる住人のいる街が悪い街なわけないよね!
どれどれシルヴァが声をかけたお嬢さんはどんな子だろうね。きっと心の綺麗な美少女に違いない。
と、改めてシルヴァと話す少女へ視線を向けてみる。
プラチナブロンドと言うのだろう、色素の薄い金髪。すっきりと整った目鼻立ちは、美人というよりも愛らしいという表現が的確だろう。見た目は、希望と同じくらいかやや下に見える。背も若干希望が高いように思う。
そしてなにより特徴的なのは、その耳。エルフ耳である。
大事なことなのでもう一度言おう。エルフ耳である。
ということは、きっと彼女はエルフなのだろう。獣人、ドワーフと並ぶファンタジー代表種族だ。
「そうか。手間をかけて申し訳ないが、道を教えてもらえないだろうか」
「ああ、それならわたし、ちょうど壷中天に用事があるんです。もしよろしければ、宿までお連れしましょうか?」
これは運がいい。場所こそ教えてもらったものの、これだけ広いと思ってなかったので道に迷う可能性は大だ。案内してくれるならその方が確実だろう。
「助かる。仲間がそこに二人いるんだが、問題はないだろうか」
「ええ、御一緒にどうぞ」
シルヴァがこちらを見て頷いたので、ゼクスと連れだってのこのこと近寄った。
「案内をしてくれるそうだ」
「助かるわ。ありがとう」
「ど、ども」
シルヴァが彼女を示したので、軽く会釈する。
ゼクスはそつなく微笑んで挨拶しているのに対し、希望の人見知りは今日も絶好調である。
「こんにちは、エルウィンです。王都へようこそ!」
「シルヴァだ」
「ゼクスよ」
「う、え、あ、ど、ども。桜井希望っす」
にっこり笑顔で挨拶してくれたエルウィンさんに、いつものどもりまくり挨拶を返す。シルヴァッティ、背中に隠れていい?
「シルヴァさんに、ゼクスさん。それからシャクレー……」
「彼女の名は、ノゾミだ」
打てば響くようなタイミングで、シルヴァの訂正が入った。
「ああ、ノゾミさんとおっしゃるんですね!失礼しました」
「あー、やー、いえいえー」
「わたしの後ろに隠れるのはいいのだけれど、丸見えじゃないかしら?」
言うなし! それとなく後ろに移動してたのに言うなしゼっちゃん!
このミニマムホワイトロリータめ!
……この呼び方だとなんか甘いもの食べたくなるな。
「あの、わたしなにか粗相を……」
「ああ、気にしないで。この子見てて面白いレベルの人見知りだから。こういう生き物だと思ってくれればいいわ」
えらい言われようである。
「悔しかったらにっこり笑って挨拶の一つでもしてみなさいな」
無茶をおっしゃるわ
「へ……えへへ……だ、大丈夫っす」
しかし癪なのでやるだけやってみた。やだもう死にたい。
きっと絶妙に歪んだ笑顔になってるに違いない。自覚あるもの。
ゼっちゃんめっちゃ噴き出すのを耐えてるもの。
シルヴァッティが「具合でも悪いのだろうか」みたいな心配のまなざしを向けてるもの。
「あの、無理はなさらずに……」
そしてにこやかに笑いかけたはずの相手にまで心配される始末。
むむむ、無理なんてしてないもん。
「ともかく、出発しましょう。壷中天はここからそう遠くありませんから」
先導するエルウィンの後に続いて、希望たち三人は親鳥についていくひよこのように移動を開始した。
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