王都―赫々たるは我らが王と―

第15話 王都へ

 お尻が痛い。

 アスファルトで舗装された道って素晴らしい発明だったんだなって思い知る今日この頃。

 希望は馬車に揺られ、王都へ向かっていた。


「振動がヤバいね」

「舗装されていない道に、サスペンションなんてついていない車体。お尻が痛くなるわね」


 隣に声をかけると、ゼクスは涼しい顔でそう言った。

 お尻が痛いとか言ってる割に、全然平気そうである。そう言えば、彼女は結局どういう立ち位置にいる子なのか聞けずじまいだ。


 そもそも希望たちが王都へ向かうことになったのは、レオンの申し出に彼女が同意したからだった。


   *


「嬢ちゃん、それからシルヴァにゼクス殿。あんたら王都に来る気はないか?」


 宿に戻り、ささやかな酒宴が行われている最中さなか、レオンはそう切り出した。

 月光の森から撤収したあと、希望たちはそのままリーザスの町で休むことになった。


 あまり関わりたくない町ではあるが、疲労もあるし背に腹は代えられない。レオンが顔を繋いだおかげか、シルヴァが町に入るのもスムーズだった。

 ゼクストゼーレと同時にワイバーンの死体丸ごと回収したせいで希望が大規模収納持ちとバレてしまったが、そもそも巨大ロボを出した時点で今さらである。


 ところで希望とシルヴァはともかく、なぜゼっちゃんは「殿」がつくのかねレオン殿。帰り道にゼっちゃんをちっちゃいちっちゃいと頭をかいぐりしたあとにちょっと木陰に連れ込まれてたみたいだけど、それが原因かねレオン殿。


「王都?」


 それはそれとして、希望はこの世界の地理に疎い。

 ここがアーなんちゃら王国だという記憶は薄らぼんやりあるが、それ以外だとこの町の近くに宗教国家があることくらいしか知らないのだ。


「あー、そうか。嬢ちゃんは地理に詳しくなかったな。この町、リーザスはアーシュラウム王国の最東部に位置する。王都はド真ん中だ。歩きでだいたい5、6日くらいだな」


 時速4キロで1日8時間歩いたとして……約150キロメートルくらいか。

 さすがにそこまでがっつり歩き通しというわけでもないだろうから、もう少し近いかもしれない。


「ほほう。でも、なんで急に王都?」

「ああ。まず俺たちは王都から派遣された討伐隊だ。これは話したよな?」

「うん」


 ということは、レオンたちは翌日にでも王都へ向け出発するわけだ。


「俺たちは明日の朝から王都へ戻る。もし王都に興味があるなら、一緒に来た方がいろいろ楽だ」


 道中の護衛や食料品等の物資運搬、ついでに運搬用の馬車に乗せてくれるらしい。これをタダでやってくれるというのだから、随分太っ腹な話だ。

 もっとも、やろうと思えば希望の手札で全部できなくはないのだが。


 荷物は空間魔法で運べばいいし、移動はゼクストゼーレでひとっ飛び。飛ぶなら護衛は不要だろう。

 とはいえ、王都までの道案内があるのはありがたい。ゼクストゼーレ、やっぱり目立つし。


「ふむ」

「まあ、あとはアレだ。俺が嬢ちゃんたちを気に入ったからな」


 レオンはにかっと笑ってそう言った。相変わらず人好きのする笑顔である。

 特に悪い話ではないし、少なくともこのリーザスだけは出ようと心に決めていたのだ。丁度いいかもしれない。


「王都とは、どんな所なんだ?」

「そうだな。まず規模がでけえ。リーザスの10倍以上はあるだろう」

「そんなにか。俺には想像がつかないな」


 シルヴァも王都が気になるらしい。王都の規模を聞いて、感心したように頷いている。

 特にここを離れることに忌避感があるわけでもなさそうだ。やはりこのまま受けてしまってもいいだろう。


「なにしろアーシュラウムの文化の中心だからな。人口は30万人くらい、ヒト族以外にも獣人、エルフ、ドワーフ――それと、数は本当に少ないが、魔族も数人いる。ああ、嬢ちゃんとゼクス殿には甘味も馳走しねえとなあ。王都の甘味は評判だぞ」

「行くわ」


 ゼっちゃん、即答であった。

 希望とシルヴァの意思確認すらなしである。

 リーザスここをとっとと出たいと思っていた希望としても、特に反対する理由もない。

 強いて言えばシルヴァがどうするか気になったが、


「もし差支えがなければ、俺も同行させてもらえないだろうか」


 ある意味故郷とも言える月光の森から出ることに、特に葛藤はないようだった。

 かくして、希望たちはレオンたちとともに、一路王都を目指すことになったのである。


    *


「希望」

「あ、うん」


 幌馬車にほろばしゃ揺られなが、隣に座るゼクスが希望に声をかけた。


「いろいろと聞きたいことがあるんじゃないかしら?」

「うんまあ、そりゃね、あるよね」


 ツッコミだしたらキリがないが、まずは彼女がどういう存在なのかを確認しておかねばならない。

 あのクソ神様絡みであることだけは確かなので、愛らしい見た目に騙されてはいけない。


 騙されんぞ、しゅわっち!


 右手と左手で十字を作り、光線警戒の構えを取った希望を、ゼクスはとても冷やかな目で見つめ、


「相変わらずというかなんというか、どの世界でも残念な子ねぇ……」


 なにやら憐れまれた。解せぬ。


「まあいいわ。わたしはね、彼の使い魔よ」

「使い魔」


 なるほど、言葉の意味はわかる。「彼」が誰を指しているかも。

 極論になってしまうが、ゼクスこの子は神の遣いになるのだろう。


 OK、ではその神の遣いがなぜ希望の元に派遣されたのかだ。単純に希望を手助けするためではあるまい。絶対違う。

 なにしろ派遣したのがあのクソ神様だ。胸を張って違うと断言してやる。今日の夕飯のおかずを賭けてもいい。


「わたしが来た理由はいくつかあるのだけれど、基本的にはあなたの転生ライフをサポートするため遣わされたと考えてくれていいわ」


 え、ホントに?

 希望が酷い目に遭うのを間近で観察して報告するためとかじゃなくて?

 今夜のおかず、早速ピンチなんだけど。


「それも理由の一つではあるわね」


 あるのかよ!


「まあ聞きなさいな。あなたが土壇場でゼクストゼーレを呼び出したとして」

「う、うん」

「わたしのサポートなしで満足に動かせたと思う?」


 うん、無理だね!

 即撃墜、とまではいかないだろうが、フルボッコされるだろう。


 そう考えるとやっぱ頭おかしいな希望わたしの転生特典。もっと感覚的に使える分かりやすいチートください。


「というわけで、ゼクストゼーレの運用サポート、がわたしの主なお仕事かしらね」

「というかね、なぜロボなのか」

「アナタニハチョクセツタタカッテホシクナイノヨ」


 めっちゃ棒読みだった。

 確かに直接剣とか槍とか振り回すのは向いてないと思うが、だからといってロボで戦えというのは発想飛躍しすぎである。


 やっぱ魔法よこせくださいコノヤロウ。


「でもあなた、結構好きでしょう?ああいうの」


 はい。嫌いじゃないです。

 でもなんだろうね、この見透かされてる感。わたしそんなにわかりやすいか。


「あとはアレね。あなた、すごく人見知りだもの」

「そそそ、そんなことないでごじゃっぺ」


 どもった上に噛んだ。

 それに触れることなくゼクスが続ける。

 触れられないのはそれはそれで辛い。


「下手したら誰にも関わることが出来ないまま世捨て人放浪生活とかになりかねないじゃない?」

「誰が世捨て人か」

「そういうときのためのコミュニケーション代行も兼ねてるのよ、わたし」


 そんな想定してほしくなかった!


「どうにもならないくらいピンチか、どうしようもなく寂しくなったら一縷の望みを賭けて絶対手を出すから、それまで手を貸さなくていいと言われたのだけど」


 おいやめろ見透かすな。

 わたしの行動パターンを見透かすのをやめろアノヤロウ。


「おのれクソ神様」

「シルヴァと出会えたのはあなたにとって幸運だったわね」

「あーうん。それはね」


 とりあえずピンチになることはなかったし、寂しくもなかった。

 当の知る場だが、さすがにあの巨体では馬車に乗れないので、兵士たちと一緒に外を歩いている。なんだか心苦しい。


 シルヴァはこの王都までの道中も、食糧確保のための狩りに大活躍している。

 討伐隊は筋肉が30人ほどいるので、とにかく食事の量が必要なのである。転生直後にエンカウントしたオックスボアの肉の余りも、移動初日で消費されつくしてしまった。


「さて。一応わたしがあなたのところに来た理由はこんなものね。必要に応じて手は貸してあげるけれど、率先してあなたに干渉する気はないから安心してちょうだい」


 ゼクスは澄ました顔でそう言った。

 彼女はあくまで希望のおりであり、なにをするか決めるのは希望自身、ということか。


 ……王都行きはこの子が決めたようなものだけど。まあいいや。

 と、がたがたと馬車が大きく揺れ、停止した。


「今日はここまでかしらね」


 ゼクスの言うとおり、どうやら今日はここで野営するようだった。


 

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