第14話 やらかしたヤツには説明義務とかあるよね

「ノゾミ……?」


 目の前に立つ白い巨人を見上げて、シルヴァはぼそりと呟いた。

 アレが魔法で動いているのであろうことはシルヴァにも想像できる。そうでなければ説明がつかない。

 しかし、どんな魔法を使えばこんなモノを作り出せるのか、まるで見当がつかない。


「ノゾミ――ってあのでけぇの、ひょっとして嬢ちゃんなのか? また随分とゴツくなったなおい」


 呆れたような響きの声に意識を向けると、レオンが隣に立っていた。

 いつの間に洞窟から出てきたのか、シルヴァと同じように白い巨人を見上げている。


「アレがノゾミなのかはわからない。だが、ノゾミが消えた場所から現れた」

「なるほどな」


 シルヴァが見たことをそのまま伝えると、レオンはがしがし後頭部を掻いてため息を吐いた。


「まあ、なんだ。実際に聞いてみるのが早ぇかもしれねえな」


 見ると、立ち上がった巨人がこちらに一歩踏み出そうとしていた。


   *


 白い少女はシルヴァたちの前にゼクストゼーレを移動させると、そのまま身をかがませた。

 俗に言う片膝立ちの姿勢である。


「希望。降りるわよ」

「……おり、る」


 降りるという言葉に返事をしたものの、希望の口から出た声は思った以上に弱々しいものだった。

 うんまあ、仕方ないね。今現在割とグロッキー状態だからね。


 気持ち悪いなう。


 ともあれ、ゼクストゼーレへの乗り降りはコックピットハッチを用いるのではなく、転移魔術による空間移動らしい。

 術式が起動されると同時、希望は白い少女と一緒に地面の上に降り立った。

 あまりの気分の悪さにちょっと四つん這いになった状態で降り立ってしまったが、それは些細なことだろう。


「地面、最高……」


 四つん這いで最高に頭の悪い発言をしてしまったが、大目に見ていただきたい。飛行機に乗った経験はあるけど、巨大ロボに乗ってアクロバティック飛行した経験はないんだもの。


「ノゾミ、無事か…?」


 シルヴァが声をかけてきた。

 大丈夫、と顔を上げかけて――こみ上げてくるものがある。

 安堵でしょうか。いいえ、もっと物理的なもの。


 希望はガバッと立ち上がると、シルヴァに向けて手をかざし、「待て」のジェスチャー。そのまま背を向け、茂みに向かって走り込んだ。


「う、ぷっ」



 ――しばらくおまちください――



 口からキラキラを吐き出して、ちょっとすっきり。こういう時に生活魔法で水を出せるのは便利だ。

 仕切り直しとばかりに戻ると、何とも言えない表情のシルヴァとレオン、白い少女が出迎えてくれた。


「えと。た、ただいま」

「おかえりなさい。とりあえず顔色は多少マシになったかしらね」

「ノゾミ、怪我はないか」

「あ、うん。大丈夫大丈夫」


 心配してくれているシルヴァに感謝しつつ、五体満足であることを告げる。

 いやもう今度ばかりは死ぬかと思ったけど、わたしはげんきです。ちょっと、うん。しばらく空とか飛ばなくていいかなって気分ではあるけど。


「そうかい、そいつはなによりだ。で、落ち着かないとこ悪ぃんだけどよ――どういう状況だこいつは?」


 レオンが眉根を寄せつつ、希望に問いかけた。

 気持ちは分かる。

 ゴブリンの巣にカチコミかけたレオンがこの場にいるのは、ワイバーンの鳴き声かなんか聞いて出てきたからだろう。


 で、出てきたら巨大ロボがワイバーンと空中大決戦していたわけだ。


 あ、ありのまま起こったことを話すぜ! ゴブリンを退治にしに来たと思ったらワイバーンと巨大ロボが空中で大決戦していた! 何を言っているのかわからねーと以下略。

 意味不明すぎるよね。


「え、えーと」


 しかし残念なことに、希望としても状況はよく把握できていないのである。

 なにしろ「すてきななにか」を出そうとしたら巨大ロボが出てきて、なし崩しに空中大決戦からの今なのだ。


 なにか気の利いた言い訳とか言わないといけないのだろうが、この状況が想定外すぎて何と言えばよいものやら見当もつかない。

 だって剣と魔法の異世界で生きるための餞別が巨大ロボだなんて思ってもいなかったんだもの。


「それについてはわたしから説明しましょうか」


 レオンの問いに口を開いたのは、白い少女だった。

 そういえば結局この子の名前とか聞いてないな。


「おう、そういやあんたが誰なのかも聞かねえとな。小せえお嬢ちゃん」

「小さい――まあいいわ。わたしはな……いえ、ゼクス。ゼクスと呼んでちょうだい」


 白い少女は「小さい」という言葉に若干眉をひそめつつ、ゼクスと名乗った。

 ゼクス。ゼクストゼーレ。

 思いっきり偽名だ。


「またの名を火消しの風」

「はい希望は場が混乱することを言わない」


 このネタが分かる時点で、この子は間違いなく希望の世界の知識がある。


「それと、この子ね。この子はゼクストゼーレ」


 白い少女改めゼクスちゃん……なんか呼びにくいな。ゼっちゃんにしよう。

 ゼっちゃんの視線を全員が追う。その先には、跪いた白い巨人。


「詳しくは話せないから、もの凄くかいつまんで説明するわ。わたしとこの子――ゼクストゼーレは、希望の護衛みたいなものなの」


 今明かされる衝撃の事実!

 な、なんだってー!!


「レオン……だったかしら。あなたは特に察しがいいみたいだから、可能性の一つとして考えていたでしょうけど。希望はね、さる国でかなり高い地位にいるの」


 わたしそんな貴族的な地位にいたのか!

 な、なんだってー!!


「あー……まあ、なあ。嬢ちゃんはどうにも世間ずれしてたしな。ひょっとして……くらいでは考えてたんだけどよ」


 マジかー、みたいな顔で後頭部をがしがし掻くレオン。

 ウソだろなんか納得された!

 そしてゼっちゃんからは口を開くなという圧が飛んできて怖い。なにこの子プレッシャー半端ない。


「王や貴族の姫というより、巫女、もしくは大神官みたいなものをイメージしてくれるといいわ」

「ほう。ってことはアレか。修行の旅ってやつかい」


 レオンの問いに、ゼクスは然りとばかりに頷いた。


「あの子――ゼクストゼーレは希望の魔力で呼び出して、希望の魔力を増幅して動くの。それはつまり、希望自身の魔力が強くないと力を発揮できないということ」


 え、まって。

 ゼクストゼーレの起動には魔力が必要で、操縦者パイロットの魔力を増幅して動く――というのは先ほど起動時に脳みそに叩き込まれた。

 が、その魔力が全て希望由来であることは初耳である。

 え、わたしパイロットだったの?


「というわけで、機能を十全に発揮できるように修行することが希望の目的。わたしとゼクストゼーレこの子は、あくまで希望が死なないようにするための保険だったのだけど――まさかろくな攻撃手段もないくせにワイバーンに突っ込むなんて思ってもみなかったわ」


 ゼクスは希望を見ながら、やれやれと肩をすくめた。

 う、うるさいやい。巨大ロボあるって知ってたら最初から出してたし!

 教えてくれなかったのあのクソ神様だし! あ、思い出したらなんか腹立ってきた。逆襲カウントを回してやろう。


「ぶはははは! そいつはまた無鉄砲だなぁ嬢ちゃん!」


 そしてレオンは爆笑していた。

 せぬ。


「だが、結果として誰も死なずにすんだ。礼を言わせてくれ。ありがとう」


 直後、ぺこりと。

 希望に向かって、レオンは深く頭を下げた。


「え、あ、や、あの」

「あ、この子真面目なお礼とか言われるの慣れてないから……そうね。なにか美味しいものでも御馳走なさいな。甘いものがいいわ。甘いもの」


 おいゼっちゃん。

 その通りだけどゼっちゃん。

 でも甘いものはあなたが食べたいんだよねゼっちゃん。


 わたしが食べたくないとは言ってない。


「おうよ、そういうことなら任せときな。もう入らねえってくらいたらふく食わせてやるからよ」


 頭を上げたレオンは、にかっと笑ってそう言った。


「さて、確認しておきたいことは他にもあるが、そいつはリーザスに戻ってからにするとしよう。ちっとばかし想定外の消耗だったからな」


 見れば、ゴブリンの巣から帰ってきたのであろう兵士たちがゼクストゼーレを見上げてなにやら話している。

 わかる。

 意味分かんないよね。


「なんだあれすげえ」

「でっけえ」

「かっけえ」


 ええい異世界でも男の心には小学生男子が潜んでいるというのか!

 いい年したおっさんもいるのに目ぇキラキラさせんなわかる!

 ロボいいよねロボ。

 うんまあ、実際に乗ると「ぐえぇぇっ」ってなるけどね。


「おお……おおおおお」


 目をキラキラさせる兵士たちの中、わなわなと震える細身のシルエットが一人。


「こ、これは、なんという魔の英知の結晶か! 芸術! とんでもない芸術品でござる!」


 パーシーがこれまでにない高速移動で希望の前に飛んできた。

 めっちゃ顔が紅潮している。一目で興奮しているのがわかる。

 なんというか、圧がすごい。


「ノゾミ殿! こ、これはどのような魔術理論で組み上げられたのでござるか! 一見ゴーレムに見えるでござるが、その実人が乗り込むことをを前提として作成してあるように見受けられるでござる。鎧そのものを巨大化したものと形容した方が正しいでござろう。それにしたところで個人の魔力で動かすことができ、あまつさえ飛行魔術まで展開するとは、某の理解の範疇を越えているでござる。機密であろうことは重々承知、それでも恥を忍んでお願い申し上げる。どうか某にこの巨人が作成された魔術理論をご教授願えまいか!」


 一気に言った。

 馬に乗ってのほほーんとしていたパーシーはどこに!


 とはいえ魔術師というのは、魔術の研究者でもあるのだろう。未知の魔術の塊が目の前にあれば、それはもうハッスルもしてもおかしくない。


「あー、その、ごめん」


 しかしである。

 ゼクストゼーレこれはこの世界にとってオーパーツもいいところだ。なにしろ希望の基準からしても300年ほど後の技術で作成されている。


 魔法とか魔力が一般的ではなかった時代の生まれからすると、300年後の地球になにがあったのかわからないが――こんな巨大ロボが必要となるなにかがあったのだろう。ちょっと胸が熱くなるね。


 それはともかく、実際似たようなものが作れてしまったら、この世界のパワーバランスはあっさり崩壊してしまうだろう。それは希望としても望ましくない。


 ついでに言えば、ゼクストゼーレの概要は頭に叩き込まれたので、希望はカタログスペックや操縦方法は理解している。しかし、設計や組み込んである魔術式などはまったくさっぱりわからないのである。

 親父にもぶたれたことのない彼や女みたいな名前の彼とは違うのだ。


「ああ、やはりそうでござるよなぁ……いや、不躾な問いをして申し訳ない」


 パーシーはひどく残念そうな顔で頷いた。


「えと、わたしもどういう仕組みで動いてるのかわからなくて」

「一説によると、大昔に神様から下賜かしされたらしいわ。血筋で起動を制御しているみたいだから、今のところ希望にしか扱えないの」


 パーシーに対する希望の回答に、ゼクスが補足する。

 よくすらすらとウソとホントが微妙に混じった話ができるものだ。


「なるほど。神の御業でござったか」

「ええ。わたしたちにもわからないことが多いわ」

「神の造りたもうた器であれば、あの芸術品がごとき造形にも頷けるでござるよ」

「あら。あなたなかなか見る目があるじゃない」


 パーシーの発言に、ゼクスの機嫌が目に見えて良くなった。

 自分の偽名に使っちゃうくらいだし、よほどゼクストゼーレに思い入れがあるのだろう。


「ノゾミ」


 ゼクスとパーシーがゼクストゼーレ談義で盛り上がるのを何とはなしに眺めていると、頭の上から声がかかった。


「シルヴァ」

「無事でよかった。心配したぞ」

「うん。ごめん」


 待っていろ、という指示をガン無視しての今である。

 正直心配をかけて申し訳ない。


「いや……無事ならいい。結局、俺は三度もお前に助けられた」

「や、わたしもシルヴァには助けてもらってばっかりだし」


 主にコミュニケーション補助とかコミュニケーション補助とかコミュニケーション補助とか。


「だが、一つだけ我儘を言ってもいいだろうか」

「……なに?」

「もう少し無茶を控えてくれ。俺の寿命が縮む」


 呆れた、というよりどこか冗談めいた口調で、シルヴァはそう言った。

 冗談にしては割と切実な響きではあったが――シルヴァは、どこか照れくさそうに笑っている。

 なんだかそれが可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。


「や、わたしも無茶しようと思ってるわけじゃないんだけどね」


 レオンの召集の声が聞こえる。

 ゴブリンは直接見なかったが、今回のゴブリン退治は終わりのようだ。


「撤収のようだな」

「ん。とりあえず行こうか」


 本格的な撤収前に、ゼクストゼーレは回収する必要があるだろう。

 振り返ると、物言わぬ白い巨人が跪いたまま、暗い目で希望を見守っていた。


 まあその、なんだ。癪だが、感謝してやってもいい。

 確かにいざという時に役に立って、確かに助けられたのだから。


「…………ありがと」


 誰に、とは言わないが。


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