第13話 すてきななにか

 すてきななにか、の、中。

 白い少女はそう言った。すてきななにかとは場所だったのか?


 しかしそれなら空間魔法の倉庫となにが違うのだろう。倉庫に希望ごと入れるようになるのがすてきななにか?

 そもそも彼女はどういった位置にいる子なのか。状況がまるで掴めない。


 ようやく目が慣れてきて、周囲の様子が把握できるようになった。

 希望は――どうやらなにかの座席に座っているらしい。

 背後にいる少女は、座席と言うよりはほぼ直立したベッドのようなものに背を預け、目を閉じている。


「各システムチェック。オールグリーン。魔導増幅路アストラルコンバータ、アクティブ。基幹幻想事象、AアルファからZゼータ……あら、応現おうげん領域不足? まあいいわ。応現可能範囲――Aアルファ及びZゼータをアクティブ」


 目を閉じたまま、白い少女が謎の単語を呟きまくる。

 同時、希望の脳に膨大な情報が流れ込んできた。


 バカげた量の情報に混乱しそうになるが、まずは現状把握のために必要な最低限の情報を――え、なにこれ。


 まってまって、え、そういうこと?

 すてきななにかって、おま、確かにある意味だけど!


「兵装選択――の余地はなかったわね、この子の場合。超抗力斬魔刀『グロリアス』のマウントを確認」


 ヴン……と音を立てて、周辺の電子機器らしきものに灯がついた。

 正面のモニターに映るのは、黒。


 いや、モニターは正面だけではなかった。希望の周囲全体、360度全てがモニターで、そのすべてが漆黒の闇を映している。


「精製魔力、稼働量を確保。『第六魂魄ゼクストゼーレ』、起動」


 クソ神様は言った。

「すてきななにか」をうまく形容できないのは残念だと。

 ウソつきめ。

 あるじゃないか、を形容するのにおあつらえ向きの表現が。



 即ち――だ。



  *


「ノゾミぃぃぃぃぃぃッ!!」


 シルヴァは絶叫した。

 不甲斐ない。不甲斐ない。不甲斐ない。

 我が身の無力さが呪わしい。


 動くなと言ったのに、なぜ来たのか。それはわからない。

 だが、結果としてワイバーンのブレスは彼女が防ぎきった。

 問題はその後だ。


 あれだけの大打撃、ワイバーンが怒らないわけがない。

 そして、その怒りを希望に向けないわけがない。

 シルヴァは、それを止められなかった。


 一瞬で距離を離され、一瞬で距離を詰められ。

 一瞬で宙にさらわれ、一瞬で放り出された。


 距離が遠すぎるし、高度がありすぎる。半魔のシルヴァでさえ、あの高さから落ちれば即死だろう。

 それでも、反射的に追った。


 森の木々が衝撃を多少は和らげてくれるかもしれない。

 落下地点にさえ先回りできれば、なんとか受け止めてやれるかもしれない。


 一度目は、心を。二度目は、命を。

 彼女は二度もシルヴァを救ってくれたのだ。


 視界の先で、希望が落ちる。

 間に合う、まだ間に合う、間に合う、間に合――


 そして、希望は突如として虚空に消えた。


  *


「っだ、ありゃぁ……!」


 ゴブリンを駆除していたレオンは、外から聞こえるワイバーンの咆哮に気づいて洞窟から飛び出した。

 ゴブリンたちの駆除はあらかた片付いたし、部下たちもレオンが外に戻ることを進言してきた。

 その言葉に甘え、大急ぎで戻ったのだ。


 洞窟から飛び出したレオンの目に映ったものは5つ。


 宙で威嚇の咆哮を上げるワイバーン。

 呆けたように空を見上げるシルヴァ。

 ワイバーンの攻撃を受けたのであろう、血を吐いて倒れる部下。

 その部下を抱え、回復薬を飲ませようとするパーシー。


 そして。


 まるで騎士のような。

 あるいは、ルミナス教でうたわれる天使のような。


 ――白い、巨人。


    *


 第六魂魄ゼクストゼーレ


 それが、希望に与えられたこの巨大ロボットの名称だった。

 全高は約10メートル。重量は約12トン。魔力で稼働するヒト型ロボット。


 装甲色は純白。ヒロイックな色である。

 頭部は騎士や侍の兜のような形状で、いわゆるフルフェイス型ヘルメット形式。飾りなのか魔力的な要素があるのかわからないが、ちゃんと角も二本ついている。目はお約束のデュアルアイだ。


 体躯はマッシヴさよりもシャープさを重視した、見様によっては女性的にも見えるシルエット。両腕の手甲に当たる部分が左右で若干デザインが異なる。


 背中には姿勢制御と機動力保持のためらしい羽スラスターがついているが、機体サイズに対しあまり大きくはない。飛行能力はあるようだが、魔力ちからずくで飛ぶみたいなので大きすぎる羽は必要ないのだろう。


 現時点で把握できている武装は、デコに装備されている魔力機関砲――いわゆるバルカン砲と、腰にマウントされている二本の実体剣のみ。剣のサイズは人間で言うショートソードくらいの長さだ。

 え、なにこの子盾とか銃とか持ってないの?


「この子は基本的に専用装備しか使えないのよ。規格が違いすぎるから。今は出力不足だから、肝心の専用装備まで回す魔力もないのだけれど」


 希望の後ろから、白い少女がそう言った。


「さて。準備はいいわね、希望?」

「じゅんび」


 なんの?

 ロボに乗って準備とか言われたらほぼ決まってるだろうけど。

 嫌な予感をふつふつと感じつつもちょっとわくわくすんなわたしの中の小学生男子――!


「もちろん、出撃と戦闘よ」


 ですよね!


「まあ、準備が整ってなくても構わないのだけれど。……出るわ」

「え、あ、ちょ、ま」

「待たないわ」

「ええええええええええええええええ」


 モニター越しに目の前の空間が裂けて、太陽の光が少し眩しくて。

 希望はロボと白い少女を引き連れて……というか連れられてというか、ともかく通常空間に復帰を果たした。






 希望が空中に放り出されてから、時間的にどれくらい経過したのだろうか。

 あのクソ神様絡みなので、なんらかの不思議パワーが働いて大して時間は経っていまい。

 なにしろ目の前には先ほど希望を吹っ飛ばしてくれやがったトカゲ野郎が、全力警戒で咆哮しているのだから。


「ワイバーン、ね」


 相対するゼクストゼーレ(in希望+1)は危なげなく宙に浮き、直立状態でワイバーンを睥睨へいげいした。


 とか言うとちょっとカッコいいのだが、希望は動かし方とかよく分からないのである。

 いやこれ操作とかどうすればいいのやら。一応操作の基本とか機体概要なんかは先ほど頭に無理やり叩き込まれたが、そこから流れるようにロボを操って華麗に撃破! とはいくまい。

 そんな希望の逡巡を見透かすように、背後から声がかかった。


「希望」

「え、あ、うん」

「突然の事態で混乱しているでしょうから、今回はわたしが戦ってあげる」


 そう言うと、白い少女は今まで閉じていた目を開く。


 瞳の色は、あか

 血の色ではない、質のいい紅玉ルビーのような鮮やかな紅は、純白の細面に恐ろしく映えた。


「あなたは頑張りなさい」

「う、うん。……うん?」

「さあ、行きましょう。ゼクストゼーレ」


 なにかとても不穏なことを言われた気がして、その疑問が形になる直前。

 身体が傾く感覚と共に、機体が急加速した。


    *


 静から動へ。ゼクストゼーレの加速は一瞬だった。

 ワイバーンが、初めて見るであろう「自身と同じサイズのヒト型」に対し様子見をしていたのも、結果として虚を突くこととなった。


 接近、右腰から抜刀、抜刀の勢いそのままに機体を横転させつつ、すれ違いざまに――


「Giiiiiiiyooooooooooo!!」


 当たりはやや浅いが、斬撃は確実にワイバーンを捉えていた。

 斬りつけたのは背中だ。シルヴァの拳を正面から弾いた、あの頑強な甲殻が切り裂かれ、鱗が飛び散って血が噴き出す。


 ここに至って、ワイバーンはゼクストゼーレを明確に「倒すべき敵」として認識した。ただの一撃で身体に傷を付けられたという事実が、純粋に脅威としてワイバーンを畏れさせたのだ。


 振り返りざま、ワイバーンは炎のブレスを吐き出す。

 ワイバーンは火球として吐き出すものと広範囲を炎で焼き払うものの二種類のブレスを使い分けるが、この時吐き出されたものは後者だった。


 対するゼクストゼーレは、斬撃の完了と共に急制動、移動ベクトルを右斜め下へ切り替えブレスを回避する。

 そのまま移動ベクトルを再調整し、斬り上げる二撃目。

 ワイバーンの頭上で急停止し、下方向への加速から三撃目。


 四、五、六、七……カクカクと不規則に急制動と急加速を繰り返しながら、ゼクストゼーレは着実にワイバーンの甲殻と肉を切り裂いていく。

 慣性の法則を完全に無視した挙動であるが、それが明らかに異常な挙動であることを理解できる者は、コックピットの中にいる二人を除けば誰もいなかった。


「お、う、う、ぐえぇぇえぇ」

「迂闊に口を開かない! 舌を噛むわよ!」


 上下左右、目まぐるしく切り替わる移動ベクトルに、希望の目は回りっぱなしだ。

 回転や移動というものはえてしてそういうものであるが、「自分で回る」のと「回される」のでは受ける刺激が異なる。

 予測も心構えもできてない方向に揺さぶられ続ければ、気持ち悪くもなろう。


 同時に、あらぬ方向への急加速を連続で行っているにも関わらず、希望へかかるGは皆無と言って良かった。実際にどの程度の速度が出ているかはともかく、ショック死してもおかしくない加速度がかかっているはずである。


 AstralShiftアストラルシフト


 白い少女が「基幹幻想事象」と呼んだもの。そのAアルファ。


 その機能は、限定的ながらもである。

 発動中は物理現象のくびきから解き放たれ、一切の物理的影響を受けない。


 白い少女は小刻みなオンオフを繰り返して慣性を殺しており、希望は三半規管が揺さぶられるというより画面酔いに近い状態での気分の悪さを味わっていた。


「GaaAaAAaAaAaaAaaaaaaaaaaa!!」


 ワイバーンの口元から炎が零れ落ちる。

 怒りの咆哮と共に薙ぎ払われる尾と、尾を振り回した勢いで広範囲に動き回る頭。

 その頭からは同じく広範囲のブレスが吐き出され、


「う、るッ……さいッ!」


 それらは何事もなかったのようにすり抜けた。


 一切の熱を感じることはなかったとはいえ、炎が身体を素通りしていくというありえない光景に、希望は吐き気が増すのを感じた。

 そんな希望の状況などお構いなしに、白い少女はアストラルシフトをオフにする。


 質量の復活。重力の復活。慣性の復活。

 炎の中を最短距離で詰め寄ったゼクストゼーレは、ブレスを吐き終わって隙だらけのワイバーンの顔面に、左腕を、突き出して――


 左腕の装甲、籠手に当たる部分が展開する。

 手の甲には、青い宝珠のようなものが埋め込まれており、そこに魔力が収束した。


 ゼクストゼーレの左腕は、ワイバーンの喉元を正確に捉えた。

 マニピュレータが気道を締め上げ、ワイバーンの呼吸を著しく阻害する。


 自らの命を奪われる感覚をいとったワイバーンは、大きく羽ばたき身を捩よじらせて、その腕から逃れようとした。


Z-thunderゼータサンダー、照射」


 正確には、逃れようとする前に、雷を全身に浴びることとなった。


 基幹幻想事象、そのZゼータ

 左腕部に内蔵された、攻性雷撃術式。


「わたしこれしってる轟き叫んで爆熱するやつぅぅぅ!」

「あなたはあなたで黙ってなさいな!」


 零距離で放出された雷撃魔術に身を焼かれる苦悶はいかほどのものか。

 喉を抑えられ絶叫すら上げられず、それでもゼクストゼーレを睨み据えるワイバーンの眼からは闘志が潰えていなかった。


 甲殻はぼろぼろ、鱗も剥がれ落ち、翼脚の爪はへし折れ、翼膜には一部穴も開いている。

 その状態で、ワイバーンは全身をたわませ、首を大きく振ってゼクストゼーレの腕を払いのけた。


 衝撃。


「く、ぅッ」

「ぐぇっふ」


 ワイバーンは首を振り払った慣性を利用し、後足でゼクストゼーレを蹴り飛ばしたのだ。

 アストラルシフトによる霊体化が働いていない状態での衝撃は、ダイレクトに希望たちに襲い掛かった。


「わかってたけど、出力不足――! だからってねぇ……!」


 白い少女は吹き飛ばされる機体を即座に立て直す。


 アストラルシフト起動。

 慣性無効化。

 ブースト。

 上昇。上昇。上昇。

 抜刀。

 逆手持ち。


 要は頑強な甲殻と鱗が雷撃の通りに干渉したせいでいまいち効きが悪いのである。

 ならば、


 頭は――動きが大きい。

 尾は論外。

 そもそも細かな狙いを付ける必要もない。


 シフトオフ。

 降下。

 飛行速度はゼクストゼーレの方が速い。特に、上昇、下降の速度は比較にならない。


 ワイバーンは、ゼクストゼーレを追って上昇のための旋回を開始したところだった。

 その背に、高々度から、落下の速度にブーストによる加速を上乗せしたゼクストゼーレが突き刺さる。


「――――!!」


 ワイバーンの巨体は、まるで「へ」の字を逆にしたかのように折れ曲がった。

 ゼクストゼーレが逆手に持った剣は深々とその背に潜り込み、のしかかった機体重量を支えることもできず、地面に吸い寄せられるように落下する。


 轟音。

 地が揺れる。

 森から鳥たちが一斉に飛び立った。


 土煙の中、倒れ伏した血染めのワイバーンとその巨躯の上に片膝立ちで剣を突き立てるゼクストゼーレの姿が浮き上がる。

 ビクビクと痙攣するワイバーンに、ゼクストゼーレは左腕の手甲を展開し、


「これで、終わりよ――!」


 再度のZ-thunder雷撃照射。


 雷撃は背中に突き刺さった剣を伝播し、ワイバーンの身体を内側から焼き上げる。

 ワイバーンは一度だけ口から大量の血を吐き出し、その動きを完全に停止した。

 爛々と輝いていた眼も、今や白く濁り何も映さない。


 機体を立ち上がらせ、白い少女は大きく息を吐いた。


「戦闘、終了……」


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