第12話 飛龍迎撃戦
「Guuuuu……」
撃ち抜いたシルヴァの拳。
その衝撃はいかほどのものだったのか。
拳の一撃で、10メートルを超えるであろうワイバーンの巨躯が、たたらを踏んだ。
「シルヴァ殿!」
「パーシー! 俺も戦うぞ! 俺は、俺の友を誰一人傷つけさせない!」
シルヴァの熱い叫びが戦場に木霊する。
パーシーが、兵士たちが鼓舞され、シルヴァに続いて「うおおおおっ!」と叫ぶ。ワイバーンへ攻撃を加える。
頭の甲殻の一部にひびを入れられたワイバーンが体勢を持ち直し、怒りの咆哮を上げる。
離れたところから見てるせいで蚊帳の外感が強いけど、一言だけ言わせてほしい。
ちょっとうるさい。
とはいえ希望とて手をこまねいて見学をしているだけではない。
要は追っ払えればいいのだから、お荷物はお荷物なりにできることがあるはずだ。
例えば、どうのつるぎさんを使って弱点やら特性やらを知ったり、とか。
正面から打って出た男達とは正反対に、希望は森の中を通ってワイバーンに近づいていく。
見れば見るほど、馬鹿でかい。
ぶんぶん振り回される尻尾は丸太もかくやの太さで、しなりもある。丸太サイズの鞭とか、当たれば即死ものだろう。
「ぐぶっ」
「――ッ」
直撃だ。もろに見てしまった。
兵士の一人が尾の一撃を正面から受けて、吹き飛ばされる。身体を思いっきりくの時に曲げて、宙に飛び散った赤は彼が吐き出した血液か。
パーシーが吹き飛ばされた兵士の方へ走り、シルヴァが追撃させまいと拳を叩きつけた。
希望があそこに行ってもなんの役にも立たない。ならば飛び出すべきではない。
思い出せ、どうのつるぎさんはワイバーンの特徴をなんと言っていたか。
主な攻撃手段は尾による殴打、巨体を利用した突進、体内の炎熱器官にて生成する炎のブレスである。
尾の殴打は見た。突進も今見ている。見ていないのは――ブレス。
炎のブレス。どれくらいの熱量で、どれくらいの範囲に広がるのかはわからないが、ワイバーンの最大の攻撃だろう。
吐き出されれば今度こそ戦線は崩壊する。
止める方法はなにがある? 考えろ。考えろ。
正面からの相殺――火を消すには、水か? パーシーの魔法は火魔法だ。それしか使えないと言っていた。
水。洗濯。
「いやいやいやいや」
ここでか。
いくらなんでも無理だろう。だって洗濯だよ? 水の量だけはあったけども。
ワイバーンを見ると、わずらわしげに首や尾を振り、シルヴァたちから距離を離したところだった。
巨体が生み出す風圧に押し負け、シルヴァたちは後退を余儀なくされ。
それは、ワイバーンにとって脚を踏ん張り、息を吸う最大の隙となる。
「ブレスが来るぞ!」
小隊長が叫ぶ。
「マジか……!」
相対距離、目算で50メートル。真正面。考えたくはないが、このままブレスを吐き出されれば希望も射程内だろう。
ワイバーンが息を吸い、
「こっ、の……」
狙いはワイバーンの口元。
吐き出す前からチロチロと炎が漏れ出たその口元を、よく見て、
「ノゾミ!?」
飛び出した希望を見たシルヴァが驚愕の声を上げ、ワイバーンがブレスを今まさに吐き出さんとした瞬間。
洗濯魔法は起動する。
水というものは、高温で熱せられると水蒸気となる。
その際、水の体積は急激に膨張するわけだが――その膨張率たるや、実に1700倍にも上る。
では、大量の水が高温の熱源に接触した場合どうなるのか。
蒸発による瞬間的な体積の膨張が一気に起こり、爆発が起こる。即ち、水蒸気爆発と呼ばれる現象である。
実際のところ希望はそこまで考えていなかったのであるが、結果としてブレスを吐いたワイバーンの頭部分で水蒸気爆発は起こった。
「Quroouuu」
水に濡れ、爆発の衝撃波を至近距離で受けた頭の甲殻はぼろぼろ。脳が揺さぶられたのか、ワイバーンの体躯が大きく揺れる。
それでも大きなダメージを与えられたように見えないのは、生物としての頑強さゆえか。
「畳み掛けろ!」
小隊長の怒号が飛ぶ。
一斉に斬りかかる兵士たち。
シルヴァの拳が風を引き裂きながら、揺らぐワイバーンの頭に追撃を入れ――受け止められた。
「ぬっ――」
おそらく人間でいえば額に当たる部分でシルヴァの拳を正面から受け止め、長い首で勢いを殺し切り、頭の一振りでシルヴァを振り払う。
爛々とした黄色の目が、明確に、希望を捉えていた。
「やっ」
ばい。
視線が絡んだだけで直感した。アレは、希望を完全に「敵」と認識している。
首を正面に戻す慣性と共に、ワイバーンは翼を広げ――後方へ飛翔した。飛翔までのプロセスが一瞬だ。羽ばたき一回で軽々とその巨体が宙を舞う。
そのまま、勢いを殺すことなく、宙返りを一回。
加速。
「がッ、は――」
急加速した巨体が希望に迫り、反射的に伏せた。
結果として正面から
代わりに、引っ掛けられた。
何を? 決まってる、この馬鹿デカい脚の爪だ。
どこに? これも簡単だ。
首元が引っ張り上げられ、息苦しい。
視界は目まぐるしく移り変わり、強烈な風が希望の身体を叩く。
臓腑が持ち上げられるような、急激な浮遊感。これ知ってる、飛行機に乗った時と同じやつ。
このクソッタレなトカゲ野郎は、すれ違いざま、希望の服を脚の爪で引っ掛けやがったのだ。
それを意図的に行えるほどの知恵がコイツにあるかはこの際どうでもいい。
はっきりしていることは、この状況が最悪の一歩手前であるということであり、
昇る。昇る。昇る。
飛竜は獲物を脚に下げ、天高く昇り詰める。
最悪は、ただ引っかかっているだけの爪から、服が、はず――
「あ――――」
上昇したワイバーンが、さらなる方向転換のために宙返りをしたとき。
遠心力によって、希望の服は爪の呪縛から解き放たれた。
それはつまり、空中で、カタパルトから発射されたようなもので。
なすすべなく、希望は空中に放り出された。
*
落ちる。落ちる。落ちる。
弾道飛行の距離は短い。眼下には広がる森。
このまま落ちれば間違いなく即死だ。
――イヤだ。
こんなところで死にたくない。
消滅するところから運良く逃れられたのだ。
自由に生きていい世界に来れたのだ。
友達が、できたのだ。
まだなにもしていない。まだ満足していない。まだ、生きていたい。
そんな希望の意思をあざ笑うかのように、重力が希望を地面へ引き寄せる。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
「死にたく――ない!!」
それは、無意識の行動だったと思う。
悪あがきにも等しい行動だったと思う。
森の木々、その一本一本が視認できるほど目の前に迫った時、希望は空間魔法から取り出そうとした。
すてきななにか、を。
『――遅いわよ、まったく』
どこか幼さを残した声が耳に届いた気がした直後、希望は突然目の前に開いた穴に吸い込まれるように落ちて行った。
*
目を開けると、黒。
視界はただひたすらに黒かった。
いやもうこれは目を開けたつもりでまだ目を閉じてるんじゃないか? と思えるくらいに黒い。
「ようやく使ったわね、希望。遅い。遅いわ」
「へ」
背後から、声。
反射的に振り向いた先にいたのは、一人の少女だった。
暗闇の中、
白い、少女。
ソレは、そうとしか形容できない姿をしていた。
見かけだけなら、年頃はせいぜい十二、三歳くらいだろう。幼い、と言っても差支えない。
純白の、生気に溢れた艶やかな髪。正確に把握できないが、おそらくは腰のあたりまであるだろう。こちらに来てから色々な髪の色を見たが、その中でも飛びぬけて滑らかであろうことが一目で分かる。
その真っ白な髪に縁取られているのは、これまた染み一つない美しい
その目は閉じられていて、瞳がどんな色なのかはわからない。
「え、あの、ここはどこあなただれ」
その
我ながらちょっと間抜けな聞き方だったかもしれない。
彼女は薄く微笑み、
「ああ、ホントに無意識に使ったのね」
と、どこか楽しそうに言った。
その鈴を転がすような声音で続ける言葉に、希望は再度思考が止まることになる。
曰く。
「ようこそ希望。『すてきななにか』の中へ」
「は――?」
ええと、その、つまり。
どういうことなの?
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