第10話 ゴブリン死すべし慈悲はない

翌日。

希望とシルヴァはレオンたち討伐隊に同行し、月光の森に戻ってきた。


討伐隊の武装は比較的軽装だ。森の中は足場も悪いし遮蔽物も多い。さらに相手は小柄なゴブリンである。鈍重な鎧よりも革で作った鎧の方が動きやすいだろう。

武器も大振りな槍や大剣ではなく、盾と片手で持てるくらいの剣がほとんどだ。


「ノゾミさん、疲れたらすぐに言ってください。休憩を進言しますんで!」

「あ、や、おかまいなく」


討伐隊兵士Aが妙に力んだ調子で希望に声をかけてきた。

昨夜はトーマスだのエドワードだのヘンリーだのと代かわる代がわる自己紹介されたが、ごめん。

全然覚えてない。


とりあえず機関車みたいな名前の人が多いなって思った。きっとゴードンとかジェームズもいる。


「いやー、ノゾミ殿は人気でござるな」


頭の上からそんな声が聞こえて、希望は視線を上に移した。

希望の隣には一頭の馬が歩いており、くだんの声は馬上の人からのものだった。

この「ござるの人」は覚えている。パーシーという名前だ。……いたわパーシー。


こげ茶色の髪をした、彫りの浅いのっぺりとした顔立ちの男で、やせ気味……を通り越してひょろひょろの体躯、肌の色もかなり白い。灰色のローブを着て、日差しを避けるためかフードを被っている。

どう見ても体育会系の討伐隊筋肉集団の中では浮いていた。


「や、女の子わたし一人だから」

女子おなごが討伐に同行することなど滅多にないでござるからな。いいところを見せようとしているのでござろう。多少浮き足立っているのは、大目に見てやってほしいでござる」


ほっほ、とパーシーは笑った。

ちなみにこの討伐隊、隊長はレオンである。

そのレオンはシルヴァと話しながら、少し前を歩いている。


では、レオンを差し置いて馬に乗る彼は何者なのかというと、魔術師だそうな。

しかも純魔術師。MPとINTにステータス全振りしてるタイプ。


つまるところ、体力なさ過ぎて行軍について来れないから馬に乗って移動しているのである。希望でも歩いてるけど、大丈夫か魔術師。

さらに言えば、パーシーは別に馬を乗りこなしているわけでもなく、討伐隊兵士が馬引きをやっているのである。ただ乗ってるだけ。ホント大丈夫か魔術師。


希望がわらわらいる討伐隊面子の中でパーシーを覚えたのは、この妙に濃いキャラクターのせいであるとも言える。

なにしろ希望以下の体力の上に、「ござる」の人である。

武士でも騎士でも忍者でもなく魔術師で、「ござる」の人なのだ。


なによりレオン同様、希望に対して妙に構えないのがいい。

自意識過剰と言われても仕方ないが、男の人は大抵希望を見ると鼻の下を伸ばしたり、変に力を入れたりする。それをやられると希望的にも身構えざるをえないので、すごく疲れるのだ。


「こっから森が深くなるから、全員気を抜くなよ。パーシー、悪いが馬はここまでだ」

「承知でござるよレオン殿。よっこい……ほわあっ!?」


気が付けば、そこそこ森を進んでいたらしい。ここからは足場も悪いし、馬で進むのは難しいだろう。

馬から降りようとしたパーシーは、思いっきり体勢を崩して尻から落ちた。痛そう。


「大丈夫か?」

「あたた……シルヴァ殿、かたじけない」


いち早く戻ってきたシルヴァが、パーシーを引っ張り起こす。


「歩くのが辛くなったら、言うといい。お前一人くらい、背負って歩けるだろう」

「お心遣い感謝するでござる。しかしそれがしとて男。ノゾミ殿がこれまで歩いてきたのでござるから、某だけ甘えるわけにはいかぬでござるよ」


シルヴァの言葉に、パーシーはキリッとした顔で答えた。

あ、これフラグだ。

ほら、レオンも討伐隊のみんなもシルヴァでさえも同じこと考えてる。


きっとあんまり長くもたないだろうなーって。


   *


結論から言えば、パーシーの徒歩はもった。

シルヴァが把握しているゴブリンの巣はいくつかあった。そのうちでリーザスの町最も番近いもの――ちょっと入口が小さめの洞窟だった――までだったが。


「ぜぇ、ぜぇ……ど、どうでござるかぁぁぁぁ」

「いやどうってお前、これからが本番だぞ」

「ちょ、ちょっと休ませてほしいでござるぅぅぅぅ」


死にかけてるやん。

これで誰も怒ることなくやれやれまたかと笑っているあたり、討伐隊は仲良し部隊なのかもしれない。


「あの洞窟?」

「ノゾミか。そうだ、あれが巣の入り口だ」


シルヴァに寄って聞いてみると、彼は鼻をひくつかせながら答えた。


「よほどのことがなければゴブリンの巣など潰すことはなかったが、なるほど。こういう仕事もあるんだな」

「何匹くらいいそう?」

「この巣はあまり規模が大きくない。せいぜい40~50匹だろう」


それでせいぜいか。

やはりイニシャルG、繁殖力半端ない。とはいえ討伐隊も見張りや留守番で若干名を残してきたとはいえ二十数名の人数だ。全員でかかれば、だいたい一人2匹の計算でお釣りがくる。


「ひぃ、ふぅ……よし、お待たせしたでござる。息も整ったでござるよ」


瀕死だったパーシーが復活した。

水でも飲んだのか、こころなしか先ほどより顔色がいい。

パーシーの声を聞いて、レオンは鋭い目でシルヴァを見た。


「シルヴァよぅ。あの巣にはゴブリン以外いないっていうお前さんの見立て、信じていいんだな?」

「ああ。まずあの洞窟は入り口が小さい。少なくともヒトやヒトに近い種族を連れ込むのは難しい」


確かに洞窟の入り口は小さい。

この場で一番身長が低い希望でも、少し身をかがめる必要がありそうだ。頭一つ大きいシルヴァは入ることも難しいだろう。


例えばゴブリンが希望と同じくらいの背丈の女性を捕らえたとして、かついで巣穴に運び込むというのは不可能ではないだろうが相当な労力が必要そうである。


「そうだな。ゴブリンがそれだけの労力を使ってまで女を連れ込むとは思えねえ」

「次に、臭いだな。こればかりは信じてくれとしか言いようがないが、ゴブリンとその糞尿の臭いしかしない」


ゴブリンの臭い。あと糞尿の臭いときたか。

シルヴァは確かに鼻が利きそうだけど、ちょっと想像するだにえげつない臭いな気がする。


「そして最後に、だ。この巣はメスの割合が多いようだ」

「よーし潰すぞぉ!」


決断はっや!

いや、理屈はわかる。


ゴブリンが他種族の女性をさらってアレやコレするのが「性欲が強すぎる結果」であるのならば、種族内で満たされている場合、他種族を巣に連れ込んでアレコレする必要はない。

それはそれとして家畜や穀物、行商人に被害が出ることはままあるので駆除してしてしまう。筋は通っている。


「ゴブリンですら女に囲まれているのに俺は……」

「許さん。許さん。許さん。許さん。許さん」

「おのれ彼女持ち。おのれ妻子持ち。おのれゴブリン」


怨嗟の声が聞こえる気がするが、やる気が出るのはいいことだ。たぶん。

自分たちの比較対象ゴブリンだけど、それでいいのか討伐軍。


「パーシー!」

「承知でござる」


盾を構えた兵士に守られつつ、パーシーが前に出た。


「深淵より来たれ、大いなる万象の一欠片ひとかけら。熱。光。近く。遠く。此岸しがんより彼岸ひがんまで。あまねく原罪をすべし。は汝の名。汝――炎なり」


詠唱、増幅、具現化。

この世界の魔法を初めて見たが、それが流れるように熟練したわざだと一目でわかる。


パーシーが自らの魔力を代償に具現化させた炎は紅く紅く燃え盛るが、その熱量を希望たちには振るわない。

振るう先は、ゴブリンの巣だ。


「呑み乾せくちなわ。塵まで、灰まで、無に至るまで――『煉獄の大蛇フレアサーペント』」


跳ね上がった魔力に感づいたのか、ゴブリンが数匹洞窟から飛び出してきた。

だが、もう遅い。魔法は完成してしまった。


洞窟から飛び出したゴブリンが最後に見たものは、紅蓮の大蛇が開けた、紅く紅く紅い大口だっただろう。

パーシーが生み出した炎の大蛇は瞬く間に飛び出したゴブリンを飲み込むと、洞窟内にその身を躍らせた。


大蛇の持つ光が、一瞬だけ洞窟内を照らす。内包された膨大な熱量が、触れた端から岩肌を融解していく。

断末魔の悲鳴のようなものは、聞こえなかった。


そうして、どれくらいの間洞窟の様子を見ていたかわからない。

恐らくはあまり時間も経っていないだろうが、希望は数時間が経過していたような錯覚を覚えた。


「ふむ。そろそろ頃合いでござるか」


静寂を引き裂くように、パーシーがひとりごちる。


「ほっ」


ぱぁん! と、森中に木霊するような、大きな大きな柏手かしわで一つ。


「洞窟内の熱を引いたでござる。全て片付いていると思うでござるが、レオン殿、念のため確認を」

「ああ。中の様子を見に行くぞ。ヘンリー、ゴードン、バルス。お前ら三人、ついて来い」


レオンは何事もなかったかのように頷くと、お供を三人引き連れて洞窟に入って行った。

お供の三人も「うーっす」とかえらい気楽な調子である。


「今ので、終わりなのか?」

「確実に終わり、とは言い切れぬでござる。しかし巣がよほど奥まっている、などのようなことがなければ根絶やしでござろう」


シルヴァの問いに、パーシーが答えた。

どこか得意げなパーシーに、周囲からねぎらいの声がかかる。


「パーシー殿の魔法はいつ見ても見事です。我々の鬱憤を晴らす間もなく片付けてしまわれた」

「おのれゴブリン。おのれパーシー殿」

「教えてくれ。俺の怒りはどこへ向ければいい。剣は俺に何も言ってはくれない……」

「某がんばったでござるよ!?」


やっぱ仲良し部隊だろお前ら。


  *


結局、最初の小規模な巣はパーシーの魔法一発で根絶やしになっていたらしい。洞窟の中には死体どころか灰すらなかったと聞くと、魔法の威力がどれほどのものかが伺える。


「某、才覚に乏しかったでござるからな。火魔法これだけ突き詰めたのでござる」


謙遜して言うパーシーがちょっとかっこよかった。

シルヴァに背負われてなければもうちょっとかっこよかったかもしれない。

再開した行軍からは早々に脱落して、無事フラグ回収である。


「あそこだ」

「こいつはなかなか――」


デカい。

シルヴァが示した二番目の巣穴は、先ほどパーシーがぶっ潰した巣穴より明らかにデカい。シルヴァの体躯ですら余裕を持って入れるサイズの洞穴だ。


巣としての規模が違うのだろう。見張りのゴブリンが10匹ほどいる。

希望たちは、その巣穴を木々の間から様子見していた。


巣の位置は、森全体の広さからすると中心部までにはやや遠いくらいの位置。希望とシルヴァが出会った場所までは、もう少し奥まで進まなくてはならない。

朝早くに出たことを鑑みても、行軍速度は思った以上に早かったようだ。


「こりゃあアレかね。さっきの巣はここからあぶれた連中が作ってたのかもしれねえ」

「ああ、そうかもしれない。どうする、先ほどと同じ手を使うか?」

「そうだな――臭いはどうだ?」

「ヒト、かはわからないが、ゴブリン以外の臭いはする」


ふむ、とレオンは顎に手を当ててなにか考え始めた。

ゴブリン以外のものが巣穴の中にいる、ということは、ヒトを含めた別種族の女性が捕らえられている可能性があるということだ。

――ひょっとすると、嫌なものを見ることになるかもしれない。


「よしわかった。正面から潰すぞ!」

『おおっ!』


レオンの声に、男たちが威勢よく返事をする。とはいえゴブリンの巣穴も近いので声量は控えめだ。


「まずはパーシーの魔法で見張りを殲滅、その後一気に巣穴に攻め入る。トーマスの隊とオクレ―の隊、ギーロの隊は俺について来い。ダンカンの隊はこの場に残って周辺の警戒とパーシーの護衛だ」

「あの、わたしとシルヴァは?」


矢継ぎ早に指示を出すレオンに、おずおずと問いかけた。

レオンは希望を見ると、にっと笑って見せた。


「嬢ちゃんとシルヴァはここで留守番だ。特に嬢ちゃんはゴブリン退治になんざ付き合う必要はねえさ」

「俺は、手伝わなくていいのか?」

「おうよ、手伝いはありがたいが、シルヴァ。お前さんが守らなきゃいけねえのは嬢ちゃんだ。いいか、俺達はてめえの身くらい自分で守れる。だが、嬢ちゃんは違うだろう?」


たかがゴブリン。されどゴブリン。

攻撃できる武器も魔法もないけど、ひょっとしたら希望でも戦えるかもしれない。

でも、それは超楽観的に考えた、希望的きぼうてき観測というものだ。希望だけに。

……ともかく、シルヴァが残ってくれた方が、希望的のぞみてきにも心強い。いや、なんでもない。


「……そうか。ああ、そうだな」

「おう。背中は任せたぜ、シルヴァ」

「ああ」


男臭いやり取りを交わし、レオンはゴブリンの巣へ視線を戻した。腰に下げていた剣を抜く。

刃渡りは60センチくらいだろうか? どうのつるぎさんよりやや長めの刀身の両刃の直刀。それが2本。いわゆる二刀流だ。


「総員、抜刀」


短い命令に、突入隊に編制された兵士は行動で応えた。

左手に小盾バックラーを、右手に小剣ショートソードを。狭い場所で戦うための装備に身を包み、兵士たちは次の命令を待つ。


「パーシー」

「承知でござる」


パーシーの詠唱は既に終わっているようだった。

レオンたちの後ろから、パーシーが両腕を広げて口を開く。


「穿て、炎のやじり。『炎の矢ファイアアロー』」

「総員、突撃!」

『おおおおおお!!』


炎の矢が撃ち出されるのと、レオンの号令は同時だった。

ときの声を上げて、兵士たちが駆け出していく。先行した炎の矢は、気づいた見張りのゴブリンたちが声を出す前に、狙い違わず全て眉間を貫いた。

燃え上がる見張りのゴブリンたちの死体に目もくれず、レオンを先頭にした討伐隊は一気に巣穴に飛び込んで行った。

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