第9話 増える筋肉、減る女子率

 さて。

 改めてトモダチ宣言したところでどうしようか。

 冒険者ギルドがアレだったから、きっと宿屋も似たようなものだろう。


 この町にお金を落としていく気にもなれないし、買い物も特に……いや、塩くらいは欲しいかもしれない。

 露店を見て最低限の買い物をしたらとっとと町を出よう、そうしよう。

 この町以外の町をどうのつるぎさんで検索して、そこを目指すのだ。


 大通りの露店近くまで戻ると、通りはざわついていた。


 シルヴァを伴っている希望は否が応にも目立ってしまうし、冒険者ギルドでやらかした話がこの短時間で話題になっているのかとちょっと身構えてしまったが、どうやら違うらしい。

 どうにもざわつきは希望たちが入ってきた門の方が中心のようだ。


「なんだろう」

「行ってみるか?」

「んー、やめとこう」


 昔から言うじゃないか。君子泡食って近づいたらマジやべぇって。

 ただでさえ悪目立ちしがちなんだから、あからさまなイベントフラグには近づかないに限る。

 ――もっとも、イベント側から近づかれたらちょっとどうしようもないんだけど。


「よう、嬢ちゃん」


 めっちゃフランクに挨拶された。

 目の前に立ったのは、まるで着流しのようにも見える薄手の服をまとった、中肉中背の美丈夫である。彫りは深いが、少年のようなあどけなさが残り、どことなく人懐っこさを感じる顔立ちだ。


 特徴的なのは、どこかぼさついた茶色い髪の上にぴょこんと乗っている、丸っこい耳だろう。

 つまり――獣人だ。


「あ、はい」

「おっとすまねえな。俺はレオンだ」

「う、え、あ、ど、ども、桜井希望っす」


 畳み掛けるように名乗られ、反射的に名乗り返してしまった。

 希望の人見知りは今回も大炸裂であるが、突然のことだったので大目に見てほしい。


「あー、シャクレー=ノゾミス……?」

「誰がしゃくれか」


 キサマもか。

 おいシルヴァ、「やっぱそう聞こえるよな」みたいな顔で頷くなコノヤロウ。


「さ、く、ら、い」

「シャ、クレー、ィ?」


 ここまでシルヴァと同じ流れ!

 やめて! このままじゃ自己紹介の度にしゃくれになっちゃう!


「彼女は、ノゾミだ」

「ノゾミ?」


 そしてシルヴァの助け舟。

 いつも助けてくれるねシルヴァッティ!


「ノゾミか! いやー、わりぃな嬢ちゃん。聞き間違えちまってよ」


 レオンなにがしは、そう言ってカラカラ笑った。

 さっぱりした気風の、好感の持てる笑いだった。


「で、だ。俺が用があるのは実は嬢ちゃんじゃなくてな。そっちの半魔のあんちゃんに用があるんだ」

「……俺か?」


 にかっと笑みを浮かべたまま言うレオンに、不思議そうに問い返すシルヴァ。

 そして希望は急速にレオンへ向ける視線の温度を下げた。

 ――コイツもシルヴァに失礼な態度を取るのではあるまいか。いや、なにか適当な理由を付けてシルヴァを捕まえようとしていたりするのかもしれない。


「あー、嬢ちゃんよぅ。なに考えてるかはなんとなく分かるけどよ。別にこのあんちゃんをとっ捕まえたりとかはしねえからよ」


 希望のジト目を食らったレオンは苦笑いを浮かべ、


「細かいことはおいおい話そうかと思うんだが、俺はそのあんちゃんに手を貸してもらいたいのさ」

「手を? 助け、ということだろうか」

「ああ。胡散臭いかもしれねえが、ちっと話を聞いちゃくれねえかい」


 希望はシルヴァを見上げた。

 レオンとやらが話を持ってきたのはシルヴァなのだから、話を聞くか判断すべきは彼だろう。

 レオンが自分で言う通り確かに胡散臭いのだが、胡散臭いからやめとこう、と希望が言うのはお門違いだ。


「ノゾミ。俺は聞いてみたいと思う。もし俺が力になれることがあるならば、手を貸したい」

「あーうん、そんな気はした」


 今さら言うまでもないが、シルヴァはお人よしなのだ。


「お、そうかい。ありがとよ、あー……そういやあんちゃんの名前を聞いてなかったな」

「シルヴァだ」

「シルヴァだな。ありがとよ、シルヴァのあんちゃん」


 レオンは改めて人懐っこい笑顔でそう言った。


  *


「実はだな、俺は王国から派遣された討伐隊ってやつでな」


 人目につくから移動しよう、と言われてレオンについて行った先は、そこそこ大きな宿屋らしかった。

 希望はともかく、シルヴァは門前払いを受けてまた不快なことにならないかと不安だったのだが、冒険者ギルドでの反応はなんだったのかというくらいあっさりと入れてしまった。


 現在、希望とシルヴァは一階部分に併設されている酒場でレオンと対面している。

 昼のピークは過ぎているようで、食事処も兼ねているであろう酒場もがらんとしていた。


「討伐隊?」

「ああ。まあ、魔物退治の部隊だと思ってくれりゃいい」


 なるほど、町の入口がざわついていたのはそのせいか。

 通常、魔物退治は冒険者ギルドが請け負う。

 が、報酬が低かったり、情報が不確かだったりして放置されるような依頼も一定数あるという。


 冒険者にも生活があるので、そういった「割に合わない」討伐が敬遠されるのに文句は言えないが、被害があるのも事実なのだ。

 そういった赤字になりそうな魔物退治は、王国側が討伐部隊を編成して対処することがあるらしい。いわゆる公共事業だ。


「それ、結構すごくない?」


 希望は思わずそう口にしていた。

 公共事業と言ってしまえばそれまでなのだが、だいたいこの手の問題に国が対処するなんてことはまずないのが普通である。


 貴族が自分の領地の問題を解決するために領軍を動かすというのであれば、良い領主なのだろうと理解する。

 しかしそれを国全体の問題として、国の正規軍――か専門軍かは知らないが編制して対処させるというのは、王様の意向が国全体に周知されていなければならないし、意思が統一されていなければならない。


「お、わかるか嬢ちゃん。この国はな、国王陛下のご威光が等しく民を照らしてるのさ。陛下は民の声を無碍むげにはなさらない」


 どこか誇らしげに、レオンは語った。


「ってぇことは、嬢ちゃんは少なくともアーシュラウム出身じゃねえってことだな」

「あ、うん。ちょっと、遠くから」


 具体的には世界を跨いできました。

 そう言っても信じてもらえないと思うので、曖昧な表現で返答する。

 ワケありと判断されたのか、レオンも深く聞いてこなかった。


「そういうわけで、討伐隊として俺はこのリーザスに来たわけだ」

「その討伐依頼というのは、具体的になにを討伐するんだ? 俺に声をかけたのは、それが理由だろう?」


 シルヴァが本題を促す。

 これで討伐対象が「森のバケモノ」とか言われたら、その時は。

 その時は――ええと、どうしてくれようか。攻撃手段とかわたし持ってないしな。

 と、とりあえず洗濯魔法で綺麗にしてやるわ!


「ゴブリンだ」

「ごぶりん」

「ゴブリンか」


 ちょっと拍子抜けである。

 とりあえず、「森のバケモノ」でなくてよかった。


 しかしゴブリンと言ったらアレだ。この町に来る前に森の中で見たイニシャルGだ。

 女性を生け捕りにしたらアレやコレやし、シルヴァがその気になれば巣ごと駆逐されるという話の、あの小鬼である。


 話を聞くと、ゴブリンというのは人間の女性をアレやコレしなくてもゴブリン同士でめっちゃ増えるらしい。

 なるほど当たり前の話だ。


 じゃあなんで人間(だけではなく他の種族もだそうだが)の女性をアレやコレするのかというと、なんかもう「有り余る性欲を持て余した結果」だとか「種族的な趣味」だとかとしか言いようがないらしい。

 よし分かった、世の女性の敵だ。ゴブリン滅殺すべし。


 とはいえゴブリン、数は多いが単体では雑魚であることも事実。

 狩ったとしても実入りは大して良くないため、冒険者たちは退治を敬遠しがちな魔物である。


 具体的には1匹につきだいたい銅貨5~10枚。隙を突かれれば命の危険もありうるというのに、これは確かに割に合わない。

 そういった事情から駆除は滞りがちなのだが、増えすぎると今度は大暴走スタンピードが発生して尋常じゃない被害が出る。

 定期的に駆除するか、可能であれば根絶やしにしてしまうことが望ましい。


「で、だ。今回は森の奥の方まで入って一気に駆除つぶしちまおうって話になってな。森に詳しいやつに手を貸してもらおうと思ってたのよ」

「それが、俺か?」


 シルヴァの問いに、レオンは頷いた。

 討伐隊のイメージとしては、国家指導による害虫駆除だろうか。

 森に詳しい人が道案内するのも納得いく話だ。


「月光の森の外周部分はちょいちょい間引きしてたんだけどよ。その時から話は聞いてたのさ。『魔族と獣人のハーフが森の奥に住んでいる』ってな」


 実際は「森のバケモノ」呼ばわりだったのだろうが、レオンはそう言わなかった。

 なんだコイツ。いいヒトかよ。


「森に住んでるなら地理にも詳しいだろうし、見つけたら協力を頼むつもりだったんだ。まあ、まさか町に来ているとは思ってなかったけどな」

「ああ。ノゾミに出会えたおかげで、今日初めて入ることができた。俺は幸運な男だ」


 おいしれっとわたしを持ち上げるのをやめろシルヴァッティ。


「ふぅん。そうかい。なあ嬢ちゃん、シルヴァのあんちゃんの入町料、ごっそりぼったくられたんじゃねえか?」

「あー……うんまあ、高いかどうかは人によるよね」


 希望わたしの軽く50倍くらいぼったくられたよね!

 それを高いと言ったらお人よしのシルヴァが凹むだろうから言えないけどね!


「はっは、さては嬢ちゃんお人よしだな? もしくは半魔と知ってこの町に連れ込もうとする物好きか」

「なんとなく予想してたけど。シルヴァのお金だけ高いのは魔族と関係ある?」

「あー、それなぁ」


 レオンはバツの悪そうな顔でがしがしと後頭部を掻いた。

 身内の恥の話みたいで面目ねえんだが、と前置きして、レオンは口を開いた。


「この町からさらに東に行った先に、ルミナス神聖国がある。そのせいだろうな。この町はルミナス教の影響が特に強い」


 それはどうのつるぎさんで得た情報と合致する。

 しかしレオンの話は、それからさらに一歩踏み込んだ話だった。


「で、だ。ルミナス教ってのは宗教の中でも特に魔族への当たりが強い宗教でな。魔族は悪である――と、そういう教義がある」

「あー……」


 バカバカしい。

 と簡単に言える話でもない。宗教がどれだけ人への影響を及ぼすのか、希望は知識として知っている。


 内容的にはほぼ同じこと言ってるのに、ちょっとした解釈の違いで殺し合いしまくった某宗教と某宗教と某宗教とか。

 そして、信者たちの意識を変えるのはとても難しい、ということも。


 というか希望のいた前の世界よりもよっぽど神様の存在が身近なこの世界では、ほぼ無理じゃなかろうか。


「ん? ということはそのなんちゃら教以外は割と平気?」

「そうだなぁ。魔族を敵視してる宗教は記憶にないな。もっとも、この大陸じゃ魔族がほとんどいないんだけどよ」


 魔大陸とやらに住んでるんだっけ魔族。

 しかし話を聞けば聞くほどシルヴァは運が悪かった気がする。両親がどうかはさておき、物心ついたときには森に一人で放置され、魔族=悪と見なす宗教に染まった町が一番近い人里、と。


 魔族は珍しいそうだから多少奇異の目で見られたかもしれないが、ルミなんちゃら教の勢力が強くない町が近くにあれば、そっちではもっとあっさり受け入れられていたのかもしれない。


「話はわかった。そういうことなら、協力しよう」


 予想はしていたが、シルヴァはあっさり頷いた。

 レオンはそれを聞いて、にかっと破顔する。


「そうか! ありがとよシルヴァのあんちゃん!」

「俺のことはシルヴァでいい。その……あんちゃん、という響きは、どうもこそばゆい」

「ははは、そうかいそうかい! よろしくなシルヴァよぉ!」


 レオンは立ち上がると、シルヴァの隣に座ってばしばしと背中を叩いた。


「いつ出るんだ? これからすぐだろうか」

「いや、ついさっき着いたばかりだからな。今日はここで宿を取って、明日の朝から出立するつもりだ。お前さんたちの宿代や滞在費はこっちが負担する」

「……いいのか?」

「手を貸してもらうんだ、当たり前の話さ。なに、同じハーフのよしみだ、気にするな」


 レオンはヒトと獣人のハーフだそうな。

 確かにレオンの顔立ちはほぼヒトで、それにケモ耳がついている感じだ。対して、シルヴァはまごうことなにワンコ顔である。

 純粋な獣人はどっち寄りの顔立ちなのか、ちょっと気になる。


「討伐に2、3日くらいはかかるだろうから、嬢ちゃんはその間ここに泊まっておくか?」


 その滞在費も出す、とレオンは申し出てくれたが、


「わたしも行く」


 希望はそれを断った。

 理由は3つあった。


 1つ目は、留守番とはいえこの町にいること自体が割と苦痛であること。

 2つ目は、純粋に魔物退治が気になること。スプラッタ映像が流れるであろうことは、この際無視することとする。

 3つ目は――シルヴァが利用されるだけされて、同時に討伐対象扱いとなっていることが否定できないこと。


 レオンはいいヒトなのかもしれないが、ついさっき声をかけてきただけのヒトでもある。

 シルヴァが彼を信用するのはいい。その分、希望は一歩引いた目で彼を見極めるのだ。


 そこまで観察眼に優れている自信はないが、前の世界でさんざん苦労してきた分、希望は他人の下心や悪意には敏感である。

 言ってて自分で悲しくなってきた。


「いいのか? そりゃ嬢ちゃん一人くらい守ってやれるだろうが――」


 レオンの声には、困惑の色が強かった。

 希望について来られると迷惑というより、「え、マジで?」みたいな困惑である。


「いい」

「嬢ちゃんがなにを考えてるかは分かる。ついでに言えば、やっぱり嬢ちゃんもお人よしだってのもな」


 希望の懸念していることくらい、レオンも想定するだろう。

 あと別に希望はお人よしではない。ただ……そう、ただ、友達が心配なだけだ。

 友達を心配してなにが悪い。


「ついてくるな、とは言わねえよ。嬢ちゃんの心配はもっともだ。ただな」


 主張を曲げるつもりがない希望の様子を見て、レオンは苦笑交じりに言葉を続けた。


「めちゃくちゃムサいぞ」

「え?」

「隊長! あんたとっとと宿に入ってなに女の子口説いてんですか!」


 宿の入口から、人の気配と大きな声。

 どやどやと入ってくる、男、男、男。

 ひの、ふの、みの――武装した男が、ざっくり30人くらい。


 汗臭さも混じって、室内の気温が急に跳ね上がった気がする。

 なるほど、討伐隊。兵士なんだろうから、男率が高いだろう。鍛えているはずだから、筋肉率も高いだろう。


「暑苦しい!」


 それはそれとして、思わず叫んじゃうくらいの筋肉地獄が目の前に展開していた。


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