第8話 ぼっちとぼっちが友達になるおはなし
冒険者ギルドは、握った拳の後ろに交差する剣が描いてある看板がかかっていた。
看板には「冒険者ギルド リーザス支部」と書いてある。間違いない。
ついでに問題なく文字が読めることを確認できた。これならたぶん筆記も感覚でいける気がする。
ギルド内に入ると、
これもやはり昼時だからだろう。入るタイミングがよかったかもしれない。
退屈そうにあくびをかみ殺していた金髪の受付嬢は、まず希望を見て慌てて口を押えた後に愛想笑いをし、希望の後から入ってきたシルヴァを見て
「ひぅ」
と声を上げた。
先ほどの少女同様、受付嬢の失礼な態度に希望の冒険者ギルド評価はいきなり大暴落である。
「こ、こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。ほ、本日はどういったご用件でしょうか」
若干涙目になりつつ、受付嬢はそう言った。
ギルド内にちらほらといた冒険者たちも、あまり友好的ではない目で様子を伺っているように見える。
「あ、えと、その」
それはそれとして希望も人見知り全開であった。
「彼女の身分証を発行してもらえないだろうか」
後ろからシルヴァが助け船を出してくれた。
ありがとうシルヴァッティ!
「身分証。こちらの方の」
受付嬢はどんな無理難題を言われると思っていたのか。
拍子抜けしたように、希望に視線を向けつつシルヴァの言葉を繰り返した。
シルヴァはこくりと頷く。
「俺の身分証を発行するのは難しいのだろう? 門でそう聞いた。だが、彼女の身分証を発行できるのであれば、それは発行してやってほしい」
「え、ああ、はい。身分証の発行と言うのは、冒険者登録になります。冒険者としての身分証明が、恐らく一番簡単な身分証の作製になると思います」
ただ、と受付嬢は続けた。
「その……大変申し訳ございませんが、当支部では魔族の方の登録受付ができません」
魔族。
受付嬢はシルヴァを見ながらそう言った。
袖の中に手を引っ込めて、空間魔法経由でどうのつるぎから魔族を検索。該当情報……出た。
魔族。この世界に属する種族の一種。肉体、保有魔力共に非常に強力な種族。
500年前の
まってまってパワーワード多いから。
そんな急に500年前の大戦とか魔大陸とか言われてもわかんないっていうかなんで魔族だけこんなに情報過多なのか!
やめろ出てくるなわたしの中の中学二年生!
そもそも神魔大戦ってことは神様と……魔神? の戦いなのだろうが、500年前に魔神と戦ったのあのクソ神様。
…………ないな。
たぶんクソ神様じゃなくてこの世界で信仰されている神様なのだろう。
ともかく、魔族の特徴に青黒い肌と銀色の髪というのがあるらしい。それは確かにシルヴァの外見に合致する。
「そうか。魔族の登録ができないのか。確かに俺は半分魔族だから、仕方ない」
シルヴァは受付嬢の言葉を聞いて、すんなり納得していた。
この支部では、と言っているし、この支部独自の規則なのかもしれない。希望としては納得できないが、無理を言って受付嬢を困らせるのも筋違いだ。
「あ、半分なんだ」
「ああ、言っていなかったな。俺は魔族と獣人の間に生まれた、らしい」
「らしい?」
というのも、物心ついたときには森に一人取り残されていたとか。
「時折森の中で会った人間が、俺のことを魔族と獣人の合いの子で、バケモノだと言った。そう言って皆逃げていくのだから、俺はバケモノなのだろう」
空気が、凍りついた。
シルヴァの自己評価が妙に低いのも、ことあるごとに自分をバケモノと称するのも。
その原因は人間にあったのだ。
少なくとも、シルヴァの住む森に近いこの町の人間が関わっているであろうことは想像に難くない。
反射的に、受付嬢をはじめとしてギルド内の人間を見回していた。
誰もが希望と目を合わさない。
「――なにそれ」
誰一人希望と目を合わさないのに、気まずげな様子はない。
シルヴァの主張そのものを当然と見なしている。
この場においては、希望こそが異端。まるでそう言うかのように、場が冷え切っていた。
「気にするな、ノゾミ。こういう扱いは慣れている」
シルヴァはそう言うが、そんなの、シルヴァの見た目でしか判断されていないだけだ。
それはつまり、ここに来る前の希望と同じ。
「それでも、お前は普通に接してくれた。町に戻るための手段だったとしても、俺は、それが嬉しかった」
「……いいから黙れよバケモノ」
ぼそりと誰かが呟いた。
誰か、と問うても意味がないだろう。
閉鎖的なこの空気。ヒトはどの世界でも同じなのだと言われた気がした。
希望を見た目で判断しなかった。ただのノゾミとして見てくれた。
なにより――希望と同じものを見てくれた、初めての人だった。
なるほど、このちんけな町の人間にとって、魔族というのはそれほど怖いのだろう。それくらいはわかる。
それで? それが、なんだと言うのか。
ただ怖いからといって、わたしの友達を悪く言っていい理由にはならない――!
「――――わかった」
大きく息を吐くと、希望は睨むようにシルヴァを見上げた。
「ノゾ、ミ?」
シルヴァの声音も、困惑の色が混ざる。
同時に、どこか悲しみの色も見えた気がした。
半分魔族である自分は、やはり彼女にも嫌われるのであろう、と。
「おい。おいシルヴァ」
この町におけるシルヴァの状況は良く把握し切れなかったが、それでもはっきりしていることがあった。
希望は、友達を傷つけられたのだ。
そしてその友達は、それをさも当然のように受け入れていたのだ。
「わたしの友達をバカにするな。わたしの
「――――」
シルヴァは大きく目を見開いた。
周囲の空気が、大きく揺らいだ気がした。
前の世界では、誰からも一定の距離を取っていた。
誰かの味方になるということは、誰かの敵になるということだ。
そして希望は、何もしなくても敵が増える種類の人間だった。
自分の敵だけでいっぱいいっぱいなのに、他の人の敵まで見てられない。心からそう思っていた。
「ノゾミ。その言葉は嬉しい。だが」
「うるさい黙れバカワンコ。反論は許さん」
「ば、バカワンコ?」
どこか気の抜けたような声を上げるシルヴァを尻目に、希望はギルド内にいる人間達を睨み据えた。
見た目がその人の印象に大きく影響するのなんてわかってる。
そういう意味では、シルヴァは不利だったのだろう。
「こんなところでの身分証明なんて、わたしはいらない」
それでも言わずにはいられない。
シルヴァの苦痛は希望には計り知れないものだけど。
見た目だけで決めつけられるという呪いは、希望も受けてきたものなのだから。
「出よう、シルヴァ。こんなところにいるくらいなら、野宿の方がマシ」
「お、おいノゾミ」
言うだけ言って、希望はギルドの受付カウンターに背を向けた。
そのままシルヴァの返事も聞かず、足早に冒険者ギルドの外に出る。
慌てて追ってきたシルヴァが希望に追いついて外に出た瞬間、
今まで静まり返っていたのがウソのような怒号が、ギルド内から聞こえてきた。
*
言外にお前らクソみたいなのと同レベルになりたくないと言ってから出てきたので、怒号は当然と言えば当然だろう。
あの場にいた少数の冒険者らしき人間が温まって追いかけて来ないのは、やっぱりシルヴァが怖いからか。
冒険者って思ってた以上にヘタレが多いのかもしれん。
まあ、それはともかく。
やっちまったZE!
勢いに任せて啖呵切ってきちゃったけど、今後町に入りにくくなったりしたら困る。
いや、この町に入ることはもうないからいいんだけど、他の町に入ろうとしたら門前払いとかね、困るよね。
「……ノゾミ?」
どこか様子を伺うように、シルヴァが声をかけてきた。
「え、あ、なに?」
「その…先ほどのことなのだが」
先ほどとは。
改めて確認するまでもないが、希望がギルドでブチ切れたことだろう。
考えてみれば、シルヴァは自分を差し置いて希望の身分を保証することを優先してくれたのだ。
その気遣いを真正面からぶっ潰した上に一人でキレて出てきたのである。シルヴァが呆れるのも無理はないだろう。
「う、ご、ごめん」
「? なぜノゾミが謝るんだ?」
「え?」
あれ、なんか違う?
てっきり「おめーもうちょい空気読めや(意訳)」的なことを言われるものだとばかり思っていたのだが。
「その、だな。先ほどの件は、お前が俺のために怒ってくれた、という理解で良いのだろうか」
「おぅふ」
基本的にその理解で間違ってはいませんがねシルヴァさんや。
同時にね、割と希望自身の私情も混じってるのであんまり突っつかないでくださいその話はわたしに効く。
こうかはばつぐんだ!
「え、えと、その……き、基本的には」
はっきり口にするのはものすごくハズいので、めちゃくちゃまわりくどい答えになったのは許してほしい。
「そ、そうか。その、それと……だな」
「お、おう」
「俺の聞き間違いでなければ良いのだが。俺のことを、友、と呼んでくれたのは、間違いないだろうか」
あ、聞いちゃう?
それ聞いちゃう?
勢い余ってトモダチ宣言しちゃったけど、シルヴァ的に迷惑じゃなかったかなーと若干後悔気味だったのに、あえて追い討ちしちゃうかこのワンコ。
「えー、あー、うー、そのー……うんまあわたしはそう思ってるよね」
くっそなんだこの羞恥プレイ!
「そう、か。……そうか。嬉しい。とても、嬉しい」
シルヴァはその体躯からは想像できないくらいか細い声で言って、はにかむように笑った。
「だが、すまない」
うっそだろお前このタイミングで「俺友達だと思ってないから」とか言い出すの!?
やめてそれやられたら割とマジでこころがしぬ!
「俺はその――友、というものがこれまでいたことがなかったから。友、というものがなにをすればいいのか、よくわからない」
「あ、うん」
なんのことはなかった。
希望だって、こっちに来てから知り合いなんて誰もいないのだ。シルヴァ以外は。
べ、別に前の世界に友達がいなかったわけじゃないんだからね! ちょっとパッと思いつく友達とか出て来ないだけで!
ぼぼぼ、ぼっちじゃないんだからね!
「別に、なにもしなくていいと思う」
それはともかく、希望は自分の考えを素直に言うことにした。
照れ臭さはあるしものすごく恥ずかしいが、改めて考えてみればここは異世界で、希望の知り合いもいない。
それはつまり、周囲の目や評価なんてものを気にしなくていいということだ。
前の世界では学生だったから、狭い世界で敵を作らないように、周りを刺激しないように生きてきたけれど、
居心地が悪ければ出て行けばいいし、居心地が良ければ留まればいい。
ごく当たり前のことではあるのだけど。
この世界は、希望が思っていたのよりも、ずっと自由だ。
自由なのだから、初めての友達が魔族と獣人のハーフでもいいじゃないか。
「一緒にいた方が楽しければ、たぶん、それでいいんじゃないかなって」
「……ノゾミは俺といて、楽しかったのか?」
不安がなかったかと言えばウソになる。彼が
でも、うん。
この世界で最初に出会ったのが彼で良かったと思っている。
町に着いたとき、このままお別れすることになるのは惜しいな、と思うくらいには。
だからきっと、希望は楽しかったのだ。
彼と森を歩いた短い時間が、楽しかったのだ。
「実は結構、楽しかった」
「ああ――そうか。俺だけでは、なかったのだな。俺だけが楽しんでいたら、申し訳ないと思っていた」
「いやもうその自虐癖治そうね」
自己評価マイナスにもほどがある。
「む……これは自虐と言うのか? 俺が人並みに楽しむなどおこがましいと思っていたのだが」
「ええいそのマイナス自己評価はそのうち修正してやる」
「そのうち――そのうち、か」
シルヴァは嬉しそうに、そう口にした。
「え、あれ、わたしなんか変なこと言った?」
「いや。そのうちということは、俺はまだノゾミと一緒にいてもいいのだな、と思っただけだ」
「ぬっふ」
シルヴァが眩しい。
このワンコよくあの環境でこの純粋さを保てたな。わたしだったらとっくの昔にやさぐれてるわ。
でもそのストレートな表現はわたしに効くのでほどほどにお願いします。
具体的には聞かされる方が恥ずかしいですハイ。
「俺に友ができるなど、想像することも」
「おいキサマそういうとこだぞ。自虐癖」
「……む」
シルヴァの手を取った。
こういう時は、たぶんこれくらいでいいのだ。
「はい、改めてよろしく」
握手すると、シルヴァは一瞬だけ硬直し、ふっと力を抜いた。
「ああ。面倒をかけるかもしれないが、こちらこそよろしく頼む」
どこか真面目さの抜け切れないシルヴァの言葉に、思わず頬が緩む。
付き合いたてのカップルかわたしらは、などと思いながら。
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