第7話 地方都市リーザス
地方都市リーザス。
アーシュラウム王国東部、ルミナス神聖国との国境付近に位置する。
人口は約1万6千人。アーシュラウム王国東部最大の町である。
種族比率はヒト族が98パーセントを占め、残る2パーセントが獣人。
地理的に近いためルミナス神聖国の影響が強く、ヒト族のうちさらに90パーセントが世界三大宗教の一つであるルミナス教徒。
という情報が、どうのつるぎさんで再調査した詳細である。
これもっと早い段階で欲しかった気がしないでもない。
「あれが町の入り口だ」
体感で昼を少し回ったくらいの頃に、希望とシルヴァはリーザスの町の入口に到着した。
魔物の出る森が近いせいだろう。入口は頑丈そうな門と衛兵がいる。
「ここまで来ればもう大丈夫だろう。短い間だったが、楽しかった」
「え、シルヴァ来ないの」
門の近くでの唐突なお別れ宣言に、希望は思いっきり動揺した。
希望は人見知りである。
ついでに人見知りから派生したコミュ障である。
可能であればシルヴァにもついてきてほしい。
「町に入るには、金が必要らしい。そして俺は、金を持っていない」
「マジか」
入場料みたいなものだろうか。
いや、お金って言われると希望も持ち合わせがあるか不安なのだが――なんか100ゴールド? くらいクソ神様がくれたよね。高いのか安いのかわからん。
今まで出すこともなかったが、1ゴールドをとりあえず空間魔法から出してみる。
「金貨だな」
1ゴールド=1金貨らしい。相変わらずテキトーかアノヤロウ。
「えと、これ、いくらかわかる?」
「いや、俺も初めて見る。銅貨や銀貨は見たことがあるから、それよりは価値があると思うが……」
こんな時どうのつるぎさんは便利だね!
金貨に向かって剣を向けるという絵面さえ気にしなければね!
バエル金貨。アーシュラウム王国発行貨幣。バエル銀貨100枚と等価。
バエル銀貨。アーシュラウム王国発行貨幣。バエル銅貨100枚と等価。
バエル銅貨。アーシュラウム王国発行貨幣。貨幣としては最少額。日本円に換算する場合、1枚≒10円。
OKだいたいわかった。
つまり金貨は銅貨換算で1万枚分の価値があるわけだ。
で、銅貨が1枚10円なら、えーと、この金貨1枚で……10まんえん。
「10まんえん」
待ってね。待ってね。今持ってるのは100ゴールドだから、金貨100枚だよね。
10万円が100枚ってことだよね。
ということは10万×100ってことだから、えーと……1せんまんえん。
「えーと……あれ、これわたし割とお金持ちか?」
異世界転生への先駆けとしてもらった額としては相当に高額だ。どうしたクソ神様。
こういう妙なところでデレられると希望としてもリアクションに困るのだが、ここは素直に感謝しておこう。
さすがに町へ入る料金に金貨で100枚も取られるとは思えないし。
もしそんな金額請求されたらこの国のインフレ具合が心配になる。
「うん。たぶん大丈夫」
「だが俺の分の金をお前に払ってもらう理由がない」
いいの、それはいいの。
一人で町に入るより二人の方が心強いの。
あとわたしの代わりに人とお話ししてくださいお願いします。
「え、えと、迷惑……だった?」
しかしそれは希望の都合である。
シルヴァがついて来てくれれば心強いが、彼にとって迷惑であれば
「いや……俺は今まで町に入ったことがない。ノゾミに連れて行ってもらえるなら、嬉しい」
「そ、そか。うん」
森で暮らしていたから、お金が必要なかった。
お金が必要ないから、手持ちもない。
手持ちがないから、町に入れない。
見事な三段論法である。
森暮らしのシルヴァッティ……とかしょうもないことを考えながら、希望はシルヴァと連れ立って門へ向かった。
「お嬢さんは銀貨1枚、そこのそいつは50枚だ」
いざ町に入ろうとしたら、衛兵にそんなことを言われた。
町に入るには身分証が必要らしい。これはわかる。
身分証がなければ入場……入町料? が必要だとのこと。これもわかる。
希望の入町料は銀貨1枚。だいたい1千円くらい。まあ普通だろうと思う。
で、シルヴァが銀貨50枚。えらい急激な上がりようである。
「え、あの」
「これがこの町の相場だ、お嬢さん。そいつをどうしても町に入れたきゃ50枚」
衛兵の態度は妙に固い。希望を「お嬢さん」、シルヴァを「そこのそいつ」などと呼んだあたりからも、どうもシルヴァのことが気に食わないようだ。
そしてたぶん、それは相場だと言われた入町料にも影響している。
「ノゾミ。やはり俺は――」
「じゃあこれ」
シルヴァが口を開く前に、希望は衛兵に金貨を1枚差し出した。
「……正気か、お嬢さん」
衛兵は目を見開いて、希望をまじまじと見つめた。
正気だよコノヤロウ。だから見んな。こっち見んな。
「お金があれば、いいんでしょ」
「まあ、そりゃそうだが――言っておくが、町で不快な目に遭っても責任は取れねえぞ」
「……わかった」
お釣りの銀貨49枚を受け取り、ローブの内ポケットに入れる――と見せかけて、空間魔法に収納する。
何度か試すうちに、これくらいのことはこっそりできるようになった。
初めから分かっていたことでもあるが、やはりこの空間魔法、便利だ。
銀貨49枚と言えばそこそこずっしりした重さだったが、一瞬でゼロになる。
「身分証がなければ、お嬢ちゃんの滞在には3日に1度、銀貨1枚かかる。そいつは1日で50枚だ」
やはり、シルヴァだけ異常な高額だ。
この町に長く滞在することはないだろう。
「……身分証とやらはどこで作ればいい?」
シルヴァが尋ねると衛兵は一瞬言いよどんだが、シルヴァに答えずとも希望が同じことを聞いたら一緒だと思ったのだろう。あくまで希望へ答える
「一番手っ取り早いのは冒険者ギルドで冒険者登録することだろうさ。……もっとも、この町でそいつが登録することはできねえだろうが」
言うことは言ったしとっとと入れ、と言わんばかりに手を振って、衛兵は門の端に行ってしまった。
「じゃあ、入ろう」
「そうだな」
身分証の登録に活用するかはともかく、冒険者ギルド、というのは覚えておいた方がいいかもしれない。
冒険者ギルドという単語を脳に刻みながら、希望とシルヴァはリーザスの町へ足を踏み入れた。
*
リーザスの町は規模こそ大きいものの、どこか素朴な雰囲気の漂う街だった。
門からすぐにつながる大通りには露店が軒を連ねている。食料品や生活雑貨を取り扱う店が主なようだ。
昼を少し回った時間であるためか、人通りはあまり多くない。恐らくは昼食をとっている人が多いのだろう。
ちらほらと歩く人は金髪、茶髪、赤髪、青――とカラフルな髪の色が多く、実にファンタジックだ。
もっとも、隣にいるシルヴァがファンタジックさにおいてさらに上を行くため、相対的に普通だな、と思えてくるのだが。
大通りの奥の方には屋台や食事処があるようで、おいしそうな匂いが漂ってくる。
が、希望とシルヴァは町に入る前に森で早めの昼食をとってきたところだ。特にお腹は空いていない。
「なるほど。こういう造りになっていたのか」
感心したように、シルヴァはしきりに町並みを眺めている。今まで入れなかった町に入れたのだ、その感慨もひとしおだろう。
その気持ちがどことなく分かったので、希望はシルヴァの町並み観察に合わせて周囲を見渡した。
――妙に視線を集めている気がする。
門からは少し離れているし、大通りのど真ん中で立ち止まっているわけでもないから、通行の邪魔になっているとは思えない。
あんまり慣れたくはなかったが、男性特有のちょっと品定めをするような視線とも違う気がする。
というか、希望よりもむしろシルヴァに――しかも非友好的な――視線が集まっているような感じだ。
「すまない、ノゾミ。待たせてしまったな」
「え、あ、大丈夫、大丈夫」
注目を浴びていることに居心地の悪さを感じるが、直接的な害もないし、希望にどうこうできるものでもない。
「それで、これからどうするのだ?」
「む……普通は、宿屋か冒険者ギルドを探す……んじゃないかな」
新しい町に入った転生者の
希望とて、転生後初めての人の町だ。町勘のない者同士、少しうろついてから考えてもいいだろう。
シルヴァの滞在にかかる金額を鑑みても、この町にあまり長居する気はないし。
お金かかりすぎるからハイさようなら、とシルヴァとさらっとお別れできるほど、希望の心は強くない。
ずっと一緒、というわけにもいかないだろうが、この世界で初めて出来た知り合いだからこそ、強く情も湧くというものだ。
「そういうものか。……ああ、少しいいだろうか」
シルヴァは頷くと、目の前をちょっと迂回するように通った少女に声をかけた。
早速道を聞いてくれるようだ。コミュ症の希望だと誰かに道を尋ねることも出来なかったであろう。
ありがとうシルヴァッティ!
「ッ――」
びくり、と少女は身体を強張らせた。
年齢としては、希望よりいくつか年下だろうか。十代前半くらいに見える。
「…………」
このまま立ち去りたいけど、立ち去ったらなにされるかわからないから――という感情がありありと浮かんだ表情で、少女はシルヴァを見上げた。
「冒険者ギルドか、宿屋を探している。どこにあるか教えてもらえないだろうか」
少女は震える手で大通りの先を指差した。
「お、大通りの奥に、冒険者ギルドがあります」
「そうか。ありがとう。怖がらせてすまなかった」
シルヴァが軽く頭を下げると同時、少女は脱兎のごとく駆け出した。
失礼な話である。
「むう、失礼な」
「あの子の対応か?」
希望が顔をしかめると、シルヴァはなんでもないことのように口を開いた。
「いいんだ。俺はこの通りのバケモノだから、幼い少女がああいった態度になるのは仕方がない。むしろ、俺が急に声をかけるべきではなかった」
確かに、シルヴァは威圧感がある。
身長も2メートルを超えているだろうし、筋肉もすごい。口元には鋭い牙がぞろりと生え揃っている。
例えば、先ほどの少女と同じ目線にシルヴァが
「シルヴァは、バケモノじゃないよ」
少なくとも、希望にとっては違う。
彼が優しいことを希望は知っている。
「そう言ってくれるだけで、嬉しい」
穏やかな声で、シルヴァはそう言った。
やはり彼の自己評価は「バケモノ」なのだろう。
その評価の原因はとても根深いだろうし、覆すのは、きっと難しい。
「さあ、この通りの先に冒険者ギルドはあるらしい。行ってみよう」
「……ん。わかった」
気を取り直したように言うシルヴァに頷いて、希望は大通りへ歩を進めた。
どこか、心にしこりが残ったままで。
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