第5話「エラーリスト―file:05―」

 穴を掘り、人の死体をその中へと入れて埋葬する。


 両手を合わせ、村人全員で言葉を合わせる。


「その魂、心が、安らかに眠らんことを――――――」


 私が人を埋めたのは、もうこれで三十一人目だ。



 この世界では、見たくないものは隠される。元から無かったかのように扱われる。


 人は死ねば埋葬されるということを知っていても、墓を作って埋める作業を誰がしているのかは知らない。


 ここは埋めるためだけに作られた村。


 一番近い人里でも丸一日かかってしまうような、辺鄙な場所に作られた村だ。


 村長が去年亡くなり、村人の数はもう数人程度しか居ない。


 村長を埋めた時に、自分が何をしているのかをふと考えさせられた。


 自分の家族でも知り合いでもない者を埋めるこの村で、見ず知らずの遺体を埋め続ける。


 墓の数は優に百を超えて、小さいものも含めれば五百はあるのではないかと思う。

 この村の名前は埋めて弔うことを生業とする村、理弔りちょうだ。


 村長が死んでもこの村の理弔は続く。


 一応、新しい村長を決めようという話にはなっていた。けれど、新しい村長を決めようとしても、誰も名乗り出る者は居なかった。


 誰も立候補するような立場ではないことを理解しているせいか、誰一人として村長になりたいという者は居なかった。


 一蓮托生、何も考えず、自分たちは理弔をする。


 数人しか居ない村人は、私も含めて争いごとを好まなかった。


 平等に、公平に……。


 嫌がることは全員で分かち合う。


 それがこの村の掟だから、少ない人数でもその掟を守り続けた。



 ある日、また一人やってきた。自分の子どもが死んだのだと、泣き疲れた様子で子どもをこちらへ引き渡した。


 また一人やってきた。最愛の妻が死んだのだと、亡骸をこちらへ引き渡した。あまり悲しそうには見えなかった。


 また別の日、兄弟がやってきて女性をこちらへと置いて行った。挨拶も無しに帰って行ってしまい、とりあえず理弔した。


 一番記憶に残っているのは一週間前のことだ。


 何を思ったのか、「殺して埋めてくれ」と懇願する人が居た。


 こちらはあくまでも死者を埋めるための村であり、人を殺して埋めるなんてことはしていない。


 そう伝えると、翌日、置き手紙とともに村の入り口付近で首を吊って、その男は死んでいた。死んでしまって追い返すことも出来なかったため理弔した。


 村にはどんどん見ず知らずの人間がその身を埋めていく。


 村が出来た頃は悪臭でひどかったらしいが、今は土の中に蟲を飼うことで人間の体の解体を促進しているおかげか、そこまでひどくはない。


 ただ、土を被っていく人の姿が最後には骨だけになる。


 自分も最後はこうなるのかと思うと、私は何をしているのだろうかと、心が空虚と化してしまいそうになる。



 数年後、村人は自分一人だけとなっていた。死んだ者も居れば逃げ出した者も居た。最後の一人というのは責務を全うしなければならない。


 なんとなくだがそういう気持ちで、自分は今もなお、来る者を拒まずに埋め続けている。


 だが、最近はあまり人も来なくなってしまい、仕事が無い日が続いた。



 理弔は埋葬する代わりに金品を受け取る。


 しっかりとした報酬を貰えることは少なかった。


 金持ちはこんな所では埋められない。貧困に満ち溢れた世界で生きてきた者たちがせめて、せめてもの救いにと、死後の幸せを求めて此処へやってくる。


 貰えるものと言えば、芋や野菜の類が多かった。


 昔、腹が減り過ぎて屍を喰った奴が居た。でも、そいつは追放された。


 死者への冒涜は許されない。


 掟を破ればこの村には居られない。だが、屍を食べた村人を誰も攻め立てることはしなかった。


 追放の時も、空腹を堪えさせたことを村長が詫びていた。


 ここの村人たちの心は限りなく澄んでいた。


 何か問題が起これば全員で立ち向かい、病弱な者を助け、その中でも強い者は他の村人を守った。



 ここが美しい世界なのだと知ったのは、死ぬ間際になってからだった。人は何事にも気付くには遅すぎる……。



 ある時、二人の青年がやって来た。


 死体も持たずに来たため、何をしに来たのかを問うと、「理想郷がここにあると聞いて来た」と言う。


「ここは理弔という村でそんな名前の場所は聞いたことが無い」


 そう伝えると、


「でも確かにここのはずです」


 と言う。


 ここがどういう場所かを伝えると、二人は困惑していた。


 話を聞くと、ここは人が住んでいない区域とされ、数年前に迷い込んだ人間が、あそこには理想郷があると言っていたそうだ。


 この場所には我々が元々住んでいたことを伝えると、そんなはずはないと、彼らは声を荒げ始めた。


「ようやく辿り着いた所申し訳ないが、ここに理想郷はありません。ここは死者を埋めて弔う場所、理弔という村だ。悪いが埋めるものが無いのなら、立ち去ってください」


 と、自分はお帰り願った。


 しかし、そんな私の言葉も空しく、彼らは私に襲いかかった。


 気の狂った兄弟は私を攻撃した。


 こんな場所まで来させて宝の一つも渡さないとは何事かと、石を投げつけられ、太い木の枝で叩かれた。


 木がへし折れるまで何度も何度も叩かれた。


 私が、私がこの人達に何をしたのだろう……。


 謝罪をして、宝も何も無いことを伝えただけなのに、何故このような暴力を振るわれなければならないのだろう。


 私は人間の中にある闇の部分が恐ろしくなった。


 先程までごく普通に会話をしていたはずの兄弟は豹変し、獣と化した。


 一瞬意識が飛んだ時にはもう指先の感覚は無くなっていた。



 もう動けそうになかった。体中が熱いし寒い。腕も足も痛みだけで動かせない。


 膝の先への感覚がなくなっている。多分折れているのだろう。


 止めてくれと言っても、「お前は何かを隠している、吐け」と、意味の分からないことを叫び、殴りかかり、瀕死にまで追い詰められた。


 ここまでやるのならいっそのこと殺してくれたら良いものを、生かしてくる辺りが慈悲が無い。


 人間が怖いと感じたのは生まれて初めてだった。痛みを感じたのも初めてだった。


 まるで野生動物のような、人間とは程遠く感じるくらいに……、この兄弟は狂気に満ちていた。


 私の口も多分だが、野犬のように大きく裂けてしまっている。両目は潰された。


 意識が朦朧として失神するのに、痛みと衝撃で気絶することも許されず、激痛と失神を永遠と繰り返した。


 暫くすると、もう体が生きるために痛覚を遮断したのか、痛みは感じなくなり、ついでに体も動かせなくなっていた。


 ありがたいことにだいぶ楽になった。


 動けなくなった私を置いて二人は村の中を捜索しに行ったみたいだった。


 喚き散らしながら物を破壊していく音だけが響いてくる。


「――――人間とはこういう生き物だったのか……」


 村でしか生きてこなかった私には衝撃的だった。


「醜い……」


 なにも声には出なかったが、その一言に尽きる。


 理性の一欠片も見当たらない。


 人間の皮を被った動物だった。


 野生の猿が二匹、人に化けて言葉を喋り、己の欲の為だけに他人を犠牲にした。


 私が何をしたというのだろうか。



 村をめちゃくちゃにしたであろう後、二人は何も無いことを知ると喚き散らしながらこの村を出ていったみたいだった。


 身体は嫌な感じに痙攣しているようだ。





 ああ、最後に私を埋めてくれる人は居ない。


 自分で埋めようにも身体は動かない。


 痛みで忘れていたがどうやら斬られたらしい。


 地面に溶けていく自分の血の感覚がそのことを教えてくれた。


 感覚を手先まで伸ばそうにも、腕の辺りで感覚が途切れ、その付近からは熱い何かが垂れ流しのような状態であるのを感じる。


 じわじわと死が自分へと近づいてくる。


「――――――私は何の為に生まれたのだろう……」


 人を埋めて弔って、感謝をされるわけでもなく、ただそれが生まれた時からの私の役目だったからと言うと、これは言い訳のように感じる。


 村を出ることも出来た。けれど、外の世界に行くことはしなかった。


 私にとってここが世界だった。だが、これでここも終わってしまう。


 誰も私を理弔してくれない。


 私が居たということは誰か覚えていてくれるだろうか。


 出来ればあの二人以外でお願いしたい。


 だが、お願いをすることさえ、もう叶わないのか。


 空しい限りだ。


 私とは……、私とは何だったのだろう。


 もし、次に生まれ変わってこの世に生まれてくるとするならば、こんな村は御免だ。


 もう二度と人を埋葬する村にだけは生まれたくない。


 誰からも感謝されることなく、来た死者を拒まず埋めていく。


 こんな、救いの無い村なんかに生まれてこなければ良かった。


 何故、他人を埋葬し続けなければならないのだろう。


 人の痛みを理解できない者を埋葬する価値などあるのだろうか。


 死者は語らない……、彼らがどんな生活をしていたのか、私たちに知る術は無い。


 善人だろうと悪人だろうと、ここに来た者は誰でも理弔の対象になる。


 生者は語る……だが、真実とは限らない。


 人間は嘘をつく、疑う、傷付ける、惑わせる。


 生きた人間を埋葬することが出来ないんじゃない。


 生きた人間は埋葬する価値が無いのだ。



 それに気が付けただけ、ここで生きてきた価値があったのかもしれない。


 埋葬するための村、死者にとっては理想郷だったのかもしれない。



 ああ、そうか。


 埋葬だから理想郷なのか。


 生きている者にとっても、死者にとっても、弔ってもらえる理想郷、理葬郷ということか――――――――――言葉とは難しいものだ。



 そっと誰かが毛布を掛けてくれたような気がする。


 どこのどなたかは存じ上げないが、寒いから丁度助かった。


 気持ちよく、安心して眠れそうだ。ありがとう――――――――――



――Errorcode003:破損

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