第3話「言葉の選択―とあるカウンセラーの面会―」
人間を機体に移植して脳を電子変換する。
メールでのやり取り、電話での応対は、もう過去の技術となってしまった。
自分の考えを直接相手に送れるこの革新的技術は、人間と機械の隔たりを無くしていった。AIのロボットに、人間の細胞記憶を電子媒体として移し、人間の身体から機体に移すことが可能になった。
死という概念は消失し、生きるということは継続することになり、死ぬと言うことは廃棄を意味するようになった。
人間の身体を捨てられずに居た者たちは、時代の波に置いて行かれて死んでいった。肉体は腐るか灰になる。機械の身体は壊れれば修理できる。
そうして、世界の価値観は大きく変わってしまった。
国家間での争いは消え、個人かグループでの闘争になった。
そもそも、国家というものが消えたのはもういつの話なのか定かではない。
個人尊重の意思が高まりを見せ始めた時代、その頃に始まった人間の機体移植が国家間の境界線をゆっくりと消していったのだ。もはや、誰が日本人で誰がアメリカ人なのか、見た目では分からなくなってしまった。
言葉に関しても、発達した言語翻訳を機体に積み込むことで言葉の隔たりを無くすことに成功した。もはや、言語は統一されてしまっていた。
地球上では電力供給の為に、地表は発電所で埋め尽くされ、食べるという行為も失いつつあった。人間の身体から機械の身体に移行したおかげで病気が無くなり、食事も必要ではなくなった。
電力にブランドが付き、充電する際に感覚的高揚感を生み出す電力も開発された。旧時代に言うところの麻薬のようなものが横行するきっかけになったが、機体に不一致だったためか、誤作動を起こし廃棄される機体が増加したせいで、違法な電力は闇に消え去っていった。
いまや、何処かに遊びに行くにしても、それぞれの家から直接インターネット上に接続することで、どんな空想世界にでも足を運べるようなった。集合場所のアドレスさえ共有すれば何処でも、誰とでも集まることが可能になった。
自分自身を電子媒体に出来たことで、地球上での移動、ネット上での移動は、機体さえあればどうとでも出来るようになった。
年齢も消え、子どもを産むという行為も、もう見ることは無い。
子どもが欲しければプログラムからどういった性格の子どもを作るかを決めて買う。ペットも、現実で飼う者は居なくなり、データ上に移行することで、消費するものが無くなった。
生と死の境界線は国家と共に着実に消失していった。
日本と呼ばれた場所にある富士山という山は今、巨大ソーラーパネルの装備一式で全体を埋め尽くされている。
当時、反発していた人間はもう生きていない。四季の色合いを見せていた山々も鉄とパネルに覆われてしまい、かつて「四季折々の日本」と呼ばれた国はもう存在しない。
人間の身体を捨てずに現実世界で生きる者たちは、自然と今の世界から見放されていった。彼らの間では「通貨」というものも消えて物々交換が盛んになっていったらしい。
相手にとって必要なものと、自分にとって必要なものとの価値を量る様子は、人類が確実に後退している証拠だった。
国が消え、議員は消え、役所も消えて教師も居なくなった。国があった時の名残で、現実に今もなお残るのは国家機関であった警察だけだ。
まあ、その警察ですら、主要部分を現実ではなく仮想空間であるネット上に置いているのだから、無くなったと言っても過言ではない。
「さてと……」
私は読んでいた本を閉じて、自室へと向かった。パソコンから出ているコードを首筋に突き刺す。
面談を控えている者から送られてきていたアドレスを読み取り、仮想空間の用意されたカフェへと意識を飛ばした。
「ワッツさん、お待たせしました」
カフェで一人、座って俯いている男に話しかける。
「ああ、先生、御無沙汰しています」
一ヵ月ぶりに彼に会うが、あまり気分が乗らないことは、彼にばれないようにしなければならない。
にこやかに振る舞える電子上の自分に多少の違和感を覚えるが、この機能が無ければ私がこうしてカウンセラーになることも無かっただろう。
そもそも、私は人間が嫌いなのだから――――――
「先生、どうしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
疑似的な会釈、自然なスマイル。取り繕う表面上しか見えない世界は、とても息苦しい。
電脳世界でも、やはり人間関係というものは消えずに、時々精神を病んでしまう人たちがいる。
私は今、電脳病院のカフェにて、患者の一人と対面している。
「ワッツさん、今日はどんな話を考えていたんですか?」
「先生、これを」
ワッツは基本的に現実世界では独りで暮らし、電脳世界でも他者との関りを絶ってしまった患者だ。
「……」
感覚の共有……。繋いだ電子上の脳細胞を相手に送り込めば可能かもしれないが、この技術は上手くいかずに破綻した。
脳の複数の混載は未だに不可能な次元だとされている。
人間の身体から、機械の身体に移植させるのに、どれほどの人類が犠牲になったのか。昔の人々も今の人々も、大半が知らない。
「どうでしょうか」
「はい、確かに面白い内容ですね。これは実際の出来事ですか?」
「もう数百年ほど前になるかと思いますが、小さい頃の話です」
「よく覚えていましたね」
「記録していたものを掘り起こしてみるとたまたま見つかったので、これも話にしてみようかと」
「ふむふむ」
一通りノートの内容に目を通してから、静かに待つワッツに私は質問をすることにした。
「感覚を共有するときに必要なものは何になりますか?」
「それは、言葉ですかね」
「そうですね、相手に何かを伝えるために一番必要なものが言葉です。次に口調や行動、ジェスチャと呼ばれるもので、人は相手に感覚や考えを伝えようとします。会話と呼ばれるものですね」
「ええ」
ワッツという人間は、話している時は基本的に相手の意見を尊重する癖があるため、その時に意見を挟むということはあまりしてこない。
相手の言葉を受け入れて、自分の中で混ぜ合わせて己の解を出す。常に考えたその先を思考しようとする姿勢は、一人だからこそ出来るものだ。
他者との会話をする機会を失えば、自分自身と対話する機会を得る。人は独りになっても、会話というものを辞めることはしないようだ。
「感覚の共有を行う前に、発信者はその言葉の意味を理解しなければならない、相手にどう伝わるのか、言葉を使うなら尚更……。貴方は、言葉を発信する時に、その言葉選びもまた重要なことだと理解している。だからこそ、貴方がどういう気持ちを相手に伝えたいのか、ノートに書かれた文字からも感じ取ることが出来ます」
「それは良かったです。それで、今日はどのような話を?」
彼は自分の話が終わると、次にこちらの話を聞いてくる。このカウンセリングは言葉のキャッチボールをする場所。彼の蓄積された言葉や感情を吐き出すための場所だ。
そして、彼もまた、他者からの言葉を受け取りたいという欲求の表れが出ている場所でもある。
「ワッツさんが感覚の共有という内容なので、私は言葉の選択というものをお話しましょうか」
言葉の選択、相手がどう受け取るか、言葉の並びと口調、手や指先を使っての表現、相手が一番理解しやすく、かつ飲み込みやすい言葉の繋ぎ。
人間は自分の中にある主張を曲げることは中々できない。自分を否定される行為を人間は忌み嫌う。否定する相手を否定することで自分を守ろうとする。
もし、相手の嫌がる行為をしなければならない時、貴方ならどうするか。
命令するのか、頭を下げてお願いをするのか。そもそも、相手の嫌がる行為をせずに自分が消えて、その行為自体を消失させるか。
……やり方、解決策としてはこのくらいだろうか。
「ワッツさんが死という言葉に触れていますが、発言の制限レベルが高いため、ここでは違う形で言葉の選択について話しましょう。そうですね、お願い事・頼み事に絡めながらお話ししましょうか」
電子マネーで私と彼の分のコーヒーを用意し、一口飲んでから、私は彼へと話を始める。
「人は誰かに頼みごとがある時に何と言って頼むでしょうか。『お願いがある』『やってほしいことがある』、物事のその瞬間などによって言い方は変わりますが、大体、頼みごとをする時はこのような言い方が主流かと思います」
「ええ」
「頼みごとをされる時に限らず言えることですが、人間は個々によって許容範囲が異なります。それは人との距離感や物事に対しての妥協点でも同じことが言えます。人間は自分が出来るであろう範囲を、自分自身で定めています。ここまでなら出来る、ここまでやれば良いだろう、『ここまで』という着地点は個人によって異なるということです」
「そうですね」
「『お願いがある』と言われると、人はまず身構えてしまう。『やってほしいことがある』と言われても、自分がしなければならない出来事に対して、人間は過敏に反応して防御態勢をとってしまいます。人間的な圧ではなく、言葉の圧に対して壁を作ってしまうわけです」
「なるほど」
「人間は『おはよう』の挨拶に大抵は壁を作らずに返事をします。挨拶を返すというギブアンドテイクには精神的苦痛を伴わないことがほとんどですから、人間は挨拶に関しては言葉の壁を建てることは少ないのです。深い意味の無い言葉に壁を建てることの方が、労力だと無意識の内に理解しているのでしょう。しかし、『お願いがある』と言われると相手との間にまず一枚目の壁を作ってしまう。言葉の壁、これは人間の感情にも影響を及ぼす厄介なもので、まずは何をお願いされるのかという不安の壁が出来上がる。そこに内容を加えるとその壁は大きくなり、問題が解決すると、その壁は記憶と感情に返還されます」
「えっと……どういうことでしょうか」
「喜怒哀楽の感情を揺さぶり、お願い事の内容によっては恨みすら生まれる。それを上手く作らせずに相手を納得させるには、言葉の選択が必要になってくる。別の言葉に言い換えるなら『気を遣う』ということが必要になってくるわけです」
「ふむ」
「さっき、私は『許容範囲』というものに軽く触れたと思いますが、そこに付け加えて壁が出来るという話もしておきましょう。作られた壁の中から、人間は相手の様子を伺い、難しい問題でなければその課題に取り組もうとします。もしそれが難しく不可能な場合は断る。相手には選ぶ権利があるように見えますが、実はこの権利はほとんど役に立ちません。何が言いたいのかというと、この時、頼まれた相手には「はい」か「いいえ」の選択肢しか用意されていないことに気付いてもらえましたか?」
「あ、確かに……」
「物事にはやるかやらないか、の二択だという意見がほとんどだと思いますが、私はここに第三の選択肢を加えて、人に頼みごとをするように心掛けているんです。『今、大丈夫かな?』という、この言葉が一つ目の壁崩しとなります。まず頼み事をする前に相手の心配をする言葉から始める。こうすることで相手からすれば、一言断りを入れているため、壁の建ち上がりが一歩遅くなるんです。この遅延行為を言葉の繋ぎで繰り返す。少し続けて話してみましょうか。……そうですね、場面としては会社での資料をやり直しさせられている人間と、それを手伝わされる後輩のやり取りという場面にしましょうか」
電子世界の設定を操作し、私はビルの中にあるオフィスの一室へと、彼と一緒に転送した。
自らの想像している世界を、こうして目の前で相手に伝えられるというのは確実に人類が進化し続けているということ。そして、人ならざる者に近付きつつあるということ。
人間は……人は一体何を目指して進んでいるのだろう。
「ではワッツさん、この風景を動画にしてみますね」
上司と後輩のホログラムがオフィスへと現れた瞬間、ワッツはとてつもなく怪訝な表情を浮かべたが、それがホログラムであるということを思い出したのか、表情は真剣な眼差しへと変わった。
ホログラムが私の脳内電子イメージを動画のように再生していく。
「今大丈夫かな?」
「はい、先輩何でしょうか」
「すまない、頼みたいがあるんだけど、他の人だと少し心配で」
「どうしたんですか?」
「この資料のやり直しをしなくちゃいけないんだけど、どうも一人だと手一杯で、もし君が大丈夫なら手伝ってほしいんだ。他に頼める人が居なくてさ」
一連のやり取りを彼へと見せてから、私達は再びカフェの一角に腰を下ろした。
こちらの世界でも五感は生じる。口に含んだコーヒーの香りも味も、じわりじわりと身体に染み込んでいく。
「言葉の繋ぎ、相手への『様子伺い』から次に『すまない』という謝罪で相手を上の立場に持ち上げる。そして、『他の人だと心配で』という言葉で『特別』を意識させてから内容を話す。言葉の壁の建設を遅延させて、尚且つ建てさせないための順序。あとに続くのは、『君が大丈夫なら』という言葉で相手に選択権を与えて近寄り、最後に『他に頼める人が居ない』という特別感の後押しを行う」
「知らないうちに後輩の壁の中に入り込んでいるんですね」
彼の言葉に、私は肯定の動きを示す。
「頭の硬い上司はまず部下を無下に扱い、自分の仕事の処理をさせようとする。狭い世界で生きてきた人間によくある事だが、これが相手に負の感情をもたらしてしまう。『上司だから』『先輩だから』と、こういった頭の悪い、自分自身による洗脳が、他者理解を弱める原因の一つなのでしょう。頼みごとをするのだから、まずは相手より自分が下の立場であることを理解した上で、お願いをすることが如何に重要かを理解出来ていない証拠です。こういった人間は己の価値観を、知らない内に相手に押し付けている行為だと分かっていないんです」
「……」
「少し話が逸れましたが、『他の人だと心配』という言葉にもまた、隠れた要素が存在します。言葉の裏にあるのは『他者よりも有能だ』という真実。まず、自分の立場を謝罪で下に紐づけさせ、謝罪による言葉で相手を上の立場なのだと理解させる。本人にその気が無くても、こうすることで相手はこちらの話に耳を傾けやすくなります。上司が自分の立場を利用して雑用を部下にさせることがありますが、この行為を続けていくと、部下は精神的なストレスを溜め込んでしまいます。ですが、この『立場の利用』を逆に使うことで、ストレスを感じずに相手は、つまり部下は話に耳を傾けやすくなるのです」
「なるほど……」
「『他の人だと心配』という、貴方にしか頼めないのだということを強調しておく。人は常に誰かよりも優位に、そして自分にしか出来ないことがある、ありたいという意識が無意識の中に存在する。壁を構築しようとする行為の遅延、更に相手の立場が上だということを無意識の内に植え付け、自分にしか出来ない唯一無二だという信頼の橋を相手に組み立てさせる。自分から言葉の橋を作ったとしても、相手の心の扉は固い。ならば、向こう側から橋をかけてもらえばいいんです。こちらの準備は出来ているのだから、多少のズレは修正できますからね」
「上下関係とは、いつの時代も難しいものですね……」
「ええ、私もそう思います。上司だから、先輩だからと部下後輩に命令していいという権利は存在しない。自分が上から命令されることを嫌がるのに、その嫌がることを直接部下に押し付ける。最悪の構図だと思いませんか。世界の中で人間は平等に生きてはいないけれど、精神的平等は絶対でなければなりません。嫌な事をされれば嫌、嬉しいことがあれば喜ぶ……。それぞれの価値観が基準となるため明確なことは言えませんが、それはすべて人間として平等に存在するべきものです」
「ええ」
「人間社会や職場に上下関係というものが今でも存在しますが、気にするのは建前だけでいい。部下が上司に丁寧に話すことはマナー的なこと。仕事が終われば一人の人間として話せばいいんです。逆に上司も部下に高圧的であればあるほど、幾ら優れた人材であろうが、そのまた上司からも『使いにくい駒』としてしか見られないでしょう。もしくは『勝手に一人で出来る駒』と……。優秀かもしれませんが、この手の人間は人の気持ちを推し量ることが出来ない人が多い」
「……私の記憶にも、そういう人が居ますね」
「どこにだって、そういった人間は存在します。上の言うことを聞かないが優秀で、部下を高圧的な態度で接する上司。そう、この手の人間は後継が居なくなってしまう。継続した人材の成長が存在しないのです。上の言うことを聞かない上司は勝手に行動し、その結果、自分のやり方を見つけて成長するかもしれないが、そこには基本と呼ばれるものが無い。基本が無ければ次の部下は何を基礎に成長すればいいのか不明瞭になる。育てるための工程を用意出来なければ、いずれ作業方針が崩れ始めて、最後は崩壊を迎えてしまう」
「……確かに、あの人もそうでした」
「部下を育てられない上司は自分の能力に依存しながら利益を生むかもしれない。ですが、後続が居ないのであれば会社としては単体でしか意味が無い。その人物が抜ければ生じていた利益ゼロになります。会社にとって必要な存在だったのに、それを継げる者が居ないから、会社はその利益を生む部下殺しを重宝しなければならなくなる。これは昔の会社の成れの果てのようなものですね……。そうして頭の凝り固まった連中がのさばってしまい、歴史の変化に付いてこれずに、潰れた会社は数えきれません」
「この世界が出来てから、人々はだいぶ様変わりしましたからね……」
「高圧的に居座るという行為が如何に愚かで、他者を無駄に苦しめるものか、なんとなく分かってもらえましたかね……。勝手に抜き出る杭もあるかもしれませんが、『出る杭を叩く者』と『出ない杭を引っ張り上げられる者』、優秀なのはどちらでしょうね……」
「……」
私は追加でコーヒーを頼み、今度は砂糖とミルクを入れて混ぜ合わせた。
黒い攻撃的な色合いが、優柔不断そうなマイルドな色合いへと変わっていく。
今日は少し、喋り過ぎた……。
自分の記憶を掘り起こして、誰かに語るものではないな……。自分自身の感情が言葉に乗ってしまう。いかに優しく伝えようとしても、言葉の刺が出てしまう。
「……」
ワッツは自分の世界に浸って黙々と考え始めた。
彼には彼の言語処理の仕方がある。私がその途中で口を挟めば、その処理は止まってしまう。自分で考えて答えを出すことの大切さを彼は知っているのだから、私は静かにその答えが出るのを待とう。
この世界は、とても穏やかに時間が過ぎていく…………。
「あの……」
私も自己の世界に閉じこもる寸前、ワッツは唐突に問いかけてきた。
「先生は高圧的な態度をとることはあるんですか?」
あまり人に対して興味を抱かない彼が、私の感情面への質問をしてきたことに少しだけ驚いた。
感覚の共有から他者理解までこなせれば、ワッツも立派なカウンセラーになれるかもしれない。
まあ、引きこもりな上に人見知りとまで重なればカウンセラーなど不向きかもしれないが……。
だが、私は彼と似ている。もしかすると、いつの日か、私が彼にカウンセリングされる日が訪れるかもしれない、なんて……。
「ワッツさん、私がもし、高圧的な態度を示すようなことがあるとすれば、それは私の考える芯という規律から外れた行為を、目の前でされた時だけです。そんなことはそうそうありませんがね」
私は口端を上げて微笑を浮かべる。
「そ、そうですよね」
「もし私がここで発狂してワッツさんに攻撃的になったらどうしますか?」
真剣な表情で偽り、冗談交じりの質問を彼に投げかけてみた。
「え?」
「ふふ、冗談です」
軽く微笑みながら返事を返す。
「言葉には意味がありますから、今、私がワッツさんに攻撃的になると言った瞬間、ワッツさんは身構えてしまったでしょう?」
「あ……」
ワッツは自身の心の動きを振り返り、一人で納得しているようだった。
「話が逸れてしまいましたが、言葉とは使い方一つでここまで相手に違った印象を持たせるのです。私の勝手な自論なのであまり真に受けないでいいですけどね。こういう意見もあるんだな、という程度で留めておくことで、それを自分の中に取り込んだ時に、ワッツさんの言葉に成りやすい。考えるという行為は個人の意思ですから、何者にも阻害されてはいけないものです」
――――――時間となります。
「ありがとうございました。いやはや、楽しかったです」
ワッツはあまり見せない微笑みを浮かべていた。
誰かの思考を少しでも正しく導けたのなら良しとしよう。
――――――次のご予定の時間です。お急ぎを。
不意に退室時刻を知らせるアラームが優しく響き渡った。
「おっと、いつの間にかこんな時間でしたか。時間が過ぎるのは、こうなった今でも変わらず早いものですね」
「全くその通りです。先生、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
面会の時間が終了したため、ワッツと握手を交わす。
「……さよなら」
彼の退室を見届けて、私もカフェの電子世界を後にした。
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