第2話 とりあえず朝の入浴
……はぁー、気持ちイィ。
わたしはお風呂に入りながら頭を寝かせ、侍従見習いであるラケシスとディアーナによって髪を洗われる。
髪を洗われながらの頭皮マッサージより気持ちのいいものはない。
吐息が漏れ、侍従たちにも満足感が伝わる。
マッサージも終わり入念に泡を流す。
そのまま保温してもらい、わたしはのぼせる手前まで楽しみ、浴場から出る。
体を拭いてもらい、青を基調としたワンピースを着る。
わたしの要望で銀の髪飾りを付け、化粧をしていく。
わたしの身だしなみが完璧か侍従見習いのラケシスが確認する。
「本日もお美しいです。姫様の透き通るような大海のような髪にまるで雪が誘われてしまっているようです」
「……褒めすぎよ、ラケシス。二人ともごめんなさいね。急にお風呂入りたいんだなんて。でもあなたたちのおかげで心地の良い朝になりました」
ラケシスはいつも何かしら褒め言葉を言ってくれるが、さすがに聞き飽きたので聞き流す。
わたしのわがままで二人は起こされたのに、不満を見せず誇らしげにやってくれるため、労いの言葉をかける。
「勿体無いお言葉です。わたくしもディアーナもシルヴィ・ジョセフィーヌに代々仕える一族ですから、姫さまのお役に立てることこそが生きる意味です」
「ええ、マリア様。いくらでもお申し付けください。さあ、もうすぐ朝食の時間ですから行きましょうか」
廊下に出ると窓ガラスから太陽の明かりが漏れている。
浴場の外で待機していた護衛騎士を連れて、朝食を摂るために食堂へと向かう。
湯船に浸かることで少しは先程の不安感がマシになった。
その気持ちを知ってか、お父様の兄君である騎士団長の次男であり、わたしの護衛騎士となっているセルランが心配そうに声を掛けてくる。
セルランはあの場に見えなかったのでおそらく連累で死んでいる。
少しばかり信頼はできる。
「マリア様、少し顔色が悪いようですしお部屋で休憩を取られた方がいいのではないでしょうか?」
「隠せていないみたいね。でもわたくしが不調だと、寮内のみんなには悟らせていけないわ。気を引き締めます。今日からレティアが来るのでしたかしら?」
「はい、お昼には到着すると連絡がありました。長旅で疲れていると思いますので、マリアさまにお褒めの言葉をいただきたいと、レティアさまの側近が申しておりました」
二歳下の妹であるレティアがくると聞いてわたしの気分は上がってきた。
大人しくて、お人形のように可愛いらしい大事な妹だ。
自身の居城にいる時より、王国院にいる時のほうが接する時間も増えるだろうから、楽しみでならない。
わたしの気分が一瞬で切り替わったことで、同じく護衛騎士のステラが微笑み、薄緑の瞳を柔らげる。
「ふふ、姫さまは本当にレティアさまと仲がよろしいですね。レティアさまは来たばかりで戸惑いもあると思いますが、姫さまと一緒ならすぐに王国院にも慣れますでしょう」
「姉としていっぱい教えてあげないといけませんわね」
話をしているうちに食堂に着いた。
すでに他の生徒たちも座っており、わたしの護衛二人と交代で別の二人が私の護衛として後ろに立つ。
席にはすでに数種類の料理が並んでいる。
わたしが入学してからは専属の料理人が厨房に入っているため、美味しい食事となっている。
わたしはみんなを見回し、食事の前に挨拶の言葉と一緒に神への感謝を捧げる。
「みなさま、おはようございます。最高神のご加護により、本日も素晴らしき一日と出会いに感謝します」
一斉に祈りを捧げると、淡い光の奔流としてテーブルの中心にある大聖杯一つに全員の魔力が注ぎ込まれる。
五大貴族は複数の領土を管轄しているだけで所有領土自体はそこまで大きくない。
そのため、学生の人数は少ないが、五大貴族のわたしがいるため他の領土よりは楽に奉納できる。
この聖杯は毎日、王族所有の土地のために神への供物として捧げられる。
いつものように奉納して、みんな一息つく。
そして各自カトラリーを手に取り食事を摂り始める。
派閥や仲の良いもの同士で固まっているため、すぐに談笑し始める。
わたしの側近たちも私の周りにいるため、各々で話す。
嬉しそうな顔で隣で座っている下僕が話し出す。
「今年もマリアさまが居てくださいますし、レティアさまも加わるとなるともう一つ聖杯を加えた方がいいかもしれませんね。それでも我々の負担はそこまで大きくないでしょうが」
「そうね、レティアも来るならその分増やさないといけませんね。もうすぐわたくしの家庭教師が来るそうなので、そこまで大変にならないと思います」
わたしの言葉にみんなが安堵の息を漏らす。
本来爵位と家族の人数で奉納する聖杯の大きさと数は違う。
しかし王国院にいる間は共通の聖杯に注ぎ込む。
一つの領土につき大聖杯一つまでだが、レティアとわたしの二人の当主候補がいるため、数を増やすことになっている。
下僕と話していて、ふと夢の光景を思い出す。
……なぜわたしは死ぬ間際に下僕と会っていたのか。
「ねえ下僕、あなたの名ーー、いえ、あなたのお兄さんのことですけど、わたくしに魔力の扱いを教えてくれるそうですけど、本当に大丈夫かしら?」
下僕の名前を思い出せないため聞こうと思ったが、流石にみんなのいる前で側近の名前を覚えていないのは、彼の将来に差し障る。
もうすぐ来るという家庭教師ーー下僕の兄について話を聞く。
わたしの魔力は歴代でも類をみないほどの魔力があり、そのせいで未だ魔法を調整が出来ず少ししか扱えない。
魔力が近い者同士で魔力を中和させながら魔力の扱いを学ぶため、暴走の危険があるわたしの教師はなかなかいない。
「大丈夫です。兄はシルヴィ夫妻からも信用される文官ですので問題ないと言っていました」
「たかが中級貴族の魔力なんて高が知れている。恥と迷惑を掛ける前に身内から止めるべきではないか」
「セルラン、お父さまとお母さまが選んだ方ですからそんな心配はいりません」
下僕は自信満々に胸を張って答えるがセルランは否定する。
しかし兄を信用しているその姿は、わたしが妹に見せる姿と一緒のように感じた。
わたしは両親が大丈夫というのでそれを信じた。
……お父さまにそんな高い魔力を待つ側近がいたのなら早く紹介してくだされば、わたしも魔法の扱いで困ることはなかったのに。
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