第3話 まずは現状整理
少し離れた席にいる者たちが、少し苛立ちの声を上げた。
「そういえば昨日もパラストカーティが他領と喧嘩してたな」
「またか、我々の庇護下にあるくせに本当に恥知らずな土地だな」
「全くだ。フォアデルヘが仲裁してくれたから大事にならなかったらしいが、あいつらのせいでマリア様に汚点が付いてしまう」
わたしは聞き耳を立てていた。
パラストカーティは私たち一族が管理する領土の一つ。
わたしはこの王国院では統率する立場にある。
不和は取り除かねばならぬ。
「またパラストカーティが要らぬ争いをしたのですか?」
「はい、マリア様。どうやらビルネンクルベに喧嘩を売ったようです。フォアデルヘの領主候補生が諌めてくれたようです」
「またフォアデルヘには助けられましたね。セルラン、あとでお礼と謝罪の品物を送っておいてちょうだい」
「かしこまりました。……一度マリア様から注意が必要かもしれませんね」
「あの領地はわたくしの言うことをなかなか聞いてくれませんのよね。次はいつもより重い罰則を付けることにしましょう」
わたしはため息を吐く。
何故わたしの領土はこれほど愚かなのか。
仲裁してくれたフォアデルへは優秀な人間も多いため、少しは見習ってほしい。
その後全員の食事は終わり、わたしは護衛騎士を連れて一度自室に籠る。
これから先のことを考えなければならない。
「あの夢は本当にわたしの未来なのかしら。仮に本当だとしたらーー」
わたしは顔から血の気が引くのを感じた。
自分が飛び降りる光景を思い出して、吐き気が込み上がってくる。
……でもどうすればあの未来を回避できるの?
夢のことをまとめると、
一、領土の争いが起きる。
二、嫌な噂や山羊の頭が来る。
三、王国院内の評価が何かしら関わってくる。
わたしは頭の中でこの三つに分類する。
……領土で争いって言ってたけど、何かあるのかしら?
わたしたちが管理する領土って言ったら、パラストカーティ、シュティレンル、ゴーテスフラートの三つだ。
パラストカーティは騎士を多く輩出している領土だ。
土地柄なのか少し暑苦しい。
国内で田舎にもかかわらずコロシアムを持っている稀有な領地だ。
しかし、過去に許しがたい汚点があるため、王国では重宝されない。
シュティレンツは錬金術が突出しているが、それ以外はそこまでない。
魔力量も低く、魔力が低い者でも使える物を一生懸命作っているが、五大貴族や王族が治める土地は魔力が豊富なため、あまり国に貢献しているとはいえない。
ゴーステフラートは普通。
本当に何もない。
悪いところもない。
王国への領土毎の貢献度が全十八領土のうち九番目であるため、本当にすべてが普通だ。
パラストカーティは十八番と最下位であるため、普通も悪いわけではないと思えてくる。
……するとパラストカーティが問題起こすのかしら?
注意しなきゃ。
次に嫌な噂と山羊の頭はーー、ダメダメ、こんなの今の段階じゃ知りようがないじゃない。
残るは王国院内での評価か。
とりあえず成績が高ければいいのかしら?
うーん、それかわたしの強大な魔力で無理矢理押さえつけるか。
魔力が制御出来ない今だと、成績を上げるしかなさそうね。
わたしが机の上にあるベルを鳴らすと、護衛騎士たちが入ってくる。
とりあえず、今日の予定を文官であるリムミントに尋ねるために呼んでもらう。
すぐにリムミントがやってくる。
わたしのもう一人の文官見習いであるリムミントは、わたしの予定や情報を担当してくれている。
「マリア様、本日の予定をお伝えします」
今日の午前中は今年学ぶ内容の予習、やっと専属の魔法を担当する教師が来るため、座学は早めに仕上げる予定である。
それから今日は新入生が入るために、午後からは歓迎の準備をしなければならない。
「レティアが来るのだから張り切らないといけませんね。では、歓迎の催しの準備は任せますわね」
少し経って、教師のピエールがやってくる。
ピエールはいつものように爽やかな笑顔であった。
ピエールは筋肉質な見た目から脳筋で、頭を使うことが苦手に見えるが、在学中には座学でトップ争いをしていた優秀な上級貴族だ。
わたしと温度差があって苦手だが、どんなことがあってもわたしの教師を放り投げなかったので、信頼だけはしている。
「姫様は我々の上に立つお方ですから、ビシバシとやりますよ! 特に今年からは魔法の鍛錬も始めますからね。今のうちにやらないと大変なことになります。今日は体調不良でも最後まで聞いてもらいますからね」
ピエールの目が鋭く光る。
特にわたしは動じることなく笑顔で頷く。
……これまで、勉強が嫌で体調不良を言い訳にしても逃がしてくれなかったじゃない!
それにわたしの人生が掛かっているかもしれないので逃げるつもりもないわ!
かかってきなさい!
わたしは今日の歴史は鬼気迫る勢いで詰め込めようと何度も頭の中で反芻する。
わたしの急激なやる気の上昇でも、ピエールは不気味がらず真摯に受け止め、にこやかな顔で一緒に頑張る。
「今日の姫様はいつもの何倍も真剣で大変結構です。当主の自覚が出てきたことは大変喜ばしいことです」
「え、ええ。当然です。わたくしはみんなの上に立たねばならぬのですから」
「おお、その心意気に私も応えねば!」
……えっ、まだ厳しくなるの?
いらないよ、もう。
わたしはただ死にたくない一心なだけだ。
しかし、自分で言った手前頑張らないといけない。
そのまま休憩時間も無くされながらも、無事歴史は乗り越えた。
だが、それでも束の間の休息などありはしない。
「本当に今日は素晴らしいです、姫様!このまま算学へと続きましょう!」
このままでは勉強に殺される。
わたしは長年作り上げた疲れた表情を作り、手を頬に当てて心の思いをぶつける。
「ピエール、わたくし体調があまりよろしくないみたいですので、自室に戻りますね」
「大丈夫です、姫様。勉強すれば治りますよ。私も学生の頃はよく熱を出しましたが、勉強すると下がっていきましたから」
……あなたみたいな変人と一緒にしないで!
アピールの甲斐もなく、わたしとピエールの勉強は定時まで続いた。
わたしは自室に戻って、お昼の時間まで休憩した。
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