悪役令嬢への未来を阻止〜〜人は彼女を女神と呼ぶ〜〜

まさかの

第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

第1話 夢のお告げ

 わたしの名前はマリア。

 わたしが住まうこの国を作った五大貴族の末裔であり、ジョセフィーヌ家の次期当主候補だ。

 この国では神との縁を深めることができ、奇跡を呼び寄せる魔法の力の量こそがこの国での位置付けを決める。

 この国の始祖の子孫であるわたしの魔力は過去最高といえるほどの逸材だそうだ。

 わたしに刃向かうことはもちろん、不興を買えばその者の人生は破滅するだろう。



 次期当主としては最低限となる教養を身につけるため、この国の貴族が十歳になると義務付けられている王国院で勉学に励んでいる。

 五年間もの間に貴族として、またその地位毎に相応しい教養を身に付けなければならない。

 わたしの大きな役目は、有能な側近を増やし、自領を発展させること。

 それに将来を約束している許嫁との逢瀬を楽しむことだ。

 うっとりとその光景を夢見ながら眠ると摩訶不思議な世界へと誘われた。




 光の無い真っ黒な風景に言いようもしれない不安感が押し寄せてくる。

 それはこの暗闇がもたらしているのか、それとも別の何かがそういう気持ちにしているのかはわからない。



 その暗闇の中に突然と白く輝く口と歯が見えた。

 あり得ない光景に恐怖と嫌悪感が押し寄せてくる。

 体は言うことは聞かず、ただそれを見ているしかない。


 ……気持ち悪い。


 白い口は喜んでいるようにも見える。

 何に喜んでいるのかはわからないが、気持ち悪いだけだ。

 そんなわたしの気持ちを知らずに口から声が発せられる。



「会えてよかった」



 声から察するに成人を超えた男の声だ。

 心の底から喜んでいるようで声に柔らかさがある。


 ……気持ち悪いけどね!



「な、何ですの、あなた? その気持ち悪い姿でわたくしと相対するのは無礼ですわよ!」



 恐怖心があるせいか、貴族としてなるべく隙を見せないように声や表情を取り繕う事に慣れているにも関わらず、わたしの声は上擦った。

 わたしの声を聞いた白い口は口を噤んだ。

 何かを考えているのか、口を何度か開く閉じると動かし、大きなため息をついた。



「いきなりこれか。……まあこの時の君はこんなだったよね」



 勝手に失望して、勝手に納得する。

 実に腹立たしいその態度に眉がピクッと震えた。


 ……体が動くならわたしがもてる最大の魔法をお見舞いするのに。



「目よりも口がモノを言う人は初めてです。顔がないからですけど」

「やはり一部分だけか……君には僕とその風景はどう見えている?」

「どう見えるって……」



 わたしは唯一動かせる首だけを回して周りの風景を見る。

 変わらない暗闇だ。

 そこにポツンと浮かぶ白い口。



「真っ暗な背景に、あなたの白い口だけよ。それが何ですの?」



 白い口は口を閉ざす。

 何かを考えているようで、沈黙が続く。

 考えが終わったのか、口を開けかけまた閉じる。

 何かを迷っているようだが早く喋ってほしい。

 焦れったいのは嫌いなわたしはイライラが募る。

 だいぶこの空間にも慣れたのか、イライラのせいか、先ほどの不快感は消え去っている。

 ようやく白い口も決心して、声を絞り出す。



「君は……近い未来に死んでしまう」



 ーーーーーーーーはい?



 意味が分からず、その言葉の意味を考える。


 ……わたしが死ぬ?

 それよりも未来ってどういうこと?

 未来がわかるなんて神話の……、はっ!?



 わたしはそこで時間の神を思い出す。

 風の神の子供で、時間を作ったとされる神。

 魔力を神に奉納するため、私たち貴族は神を感じる事が多い。

 この摩訶不思議な世界も神様が作ったのなら納得できる。


 ……やっぱりわたしは神に愛されているのだわ!


 わたしは先ほどまでの態度を改めて、畏敬を込めて尋ねる。


「も、もしかしてあなた様は時間の神様?」

「違うよ。それよりも……」

 


 ……ちょっと待って!

 神でもないのにあっさりわたしが持っていた信仰の気持ちを切り捨てないでよ!


 五大貴族であるわたしのご機嫌を一切取ろうとしない。

 今までこんな無礼な者はいないため少しばかり面を食らった。

 だがそんなことはお構い無しに話を続ける。


「君は自分が死んでしまう理由に心当たりはある? 」

「ないわ」



 わたしの即答に今度は白い口が面を食らった。

 口が半開きで、動揺が見て取れる。


 ……でもしょうがない、無いものはないのだから。




 腰まで伸びる夜空のように煌めく蒼の髪に加えて、誰もが感嘆の息を洩す美貌、他の追随を許さない豊富な魔力。

 蝶よ花よと育てられたわたしには一つも思い当たらない。

 やっと動揺が治まった白い口が言葉を続ける。


「君は一年後に処刑される。王族からの命により、何もできないまま、この国の人間たちに望まれて死ぬ」

「そ、そんなことあり得ないわよ! わたくしは五大貴族よ! だいたいあなたが本当に未来を視たっていう証拠はあるの! 」



 白い口は黙る。

 それを見てわたしは余計に不安が押し寄せてくる。

 先ほどの不安感がまた押し寄せてきたのだ。



「今の君は本当に救いようがない。しょうがない、これはサービスだ。未来の一部を教えてあげる。まず、王国院の春に手紙が届く。この通りにすると多少は未来が変わるかもしれない」

「手紙って誰からよ。それで一体どう変わるのよ!」

「それは言えない。これ以上は言えないんだ」



 白い口はそれ以上は言わない。

 しかしその手紙はよほど大事なようだ。

 だが自分の未来のことなのだ、知れるならたくさん知りたい。

 嘘だと思いたいが、何故だか嘘を吐いているように思えなかった。

 それが自分の焦燥感を強める。

 それを知ってか、白い口は話を続ける。


「王国院に入ってしばらくすると、君たちジョセフィーヌ家の管轄である領土内で争いが起きる。これが始まりだ。次第に嫌な噂や贈り主のわからないヤギの頭が何十も送られる」



 ヤギの頭は不幸の象徴。

 闇の神が特別に死ぬ前に贈ると言われ、ヤギの頭の数で闇の神がどれほど其の者に御関心があるのかがわかる、死の象徴。

 だれも贈り主を知らない。

 だが贈られた者は必ず悲惨な死に方をする。

 冗談でもヤギの頭を贈れば、この国では死罪となるのでふざけてやることではない。



「それから王国院内でのことや管理している領土のことで君の立場は悪くなる。些細なことが積み重なり、君は次期当主として相応しくないという声が大きくなる。そして君は王国院から逃げるように屋敷に引きこもる。君の死ぬ前の光景を見せてあげる」



 そう言うと、わたしの目の前が変わる。

 青い屋根の城、バラ庭園がある中庭。

 いつもの見慣れたわたしの家。

 毎日のように使用人たちによって美しく保たれている自慢の城。

 だがそこは無惨にも朽ち果てている城や枯れているバラたち。

 執務で来るはずの貴族たちが一人もいないため、閑散としているように見える。

 わたしが知っている場所なのに、全く知らない場所に見えた。

 わたしは目を覆いたいが、瞬きすらできなかった。

 まるで自分の未来を直視しろと言いたいがために、体を動かせないようにしているのかもしれない。

 また景色が変わり、川辺に二人の男女がいる。


 ……蒼色の髪にお気に入りのワンピース、あれはわたし?



 自分と思われる女性は頬が細くなっている。

 目には黒い隈ができており、髪は手入れをされていないのかボサボサである。

 隣にいる男にも見覚えがある。

 貧弱な体に、覇気のない顔。

 昔からわたしに仕える中級貴族で、魔力が少ないため家族の中でもあまり心良く思われていないが、わたしのために動く姿を見てから気に入り、わたしの文官にした下僕。

 名前は覚えてない。


 下僕とは、まだ自分の立場を理解してなかった幼少期のように親しげに話している。

 今の自分と同一人物に見えないほど心の底から楽しそうに話しているように見受けられた。


 また景色は変わった。


 大勢の人間が詰めかけている。

 あまりの人の多さで私のよく知る、王城がある都市だとはすぐには気付かなかった。

 人々の中心に魔法で作られた小さな塔の最上階にわたしと父、母、妹がいる。

 わたし以外の親族は連累ですでに殺されているのだろう。

 誰もが喝采を上げた。

 誰もがこの光景を望んでいた。

 急かされるように両親から先に飛び降りて、その体は塵となって消えた。

 自身の魔力と共に神々へ奉納されたのだ。

 そして、次期当主候補のわたしが次にその塔から身を投げ出す。

 そこでまた元の暗闇へと戻ってきた。


 わたしの気持ちはぐしゃぐしゃとなっている。

 自分が死ぬ姿を見たせいで吐き気が込み上げてきた。

 しかし、夢の中のせいか吐きたくても吐けない。

 ただ気持ちが悪いだけだった。


「これが僕ができる最後だ。どうかこの夢を現実のものにしないように足掻いてほしい。そして僕の名前を……」


 最後まで言葉を聞くことはできなかった。

 わたしの意識は元の世界に戻され、ベットから体を起こす。

 汗を大量にかき、息が乱れる。

 不寝番をしていたわたしの護衛騎士が異変に気付き入ってくる。



「姫様、如何致しました!?」



 わたしは夢の中で未来の出来事を見たなどという荒唐無稽な話を言ったりしない。

 貴族のわたしがそんなものに怯えている姿など隙を見せてはいけない。

 わたしは汗を流すためのお風呂の準備をするように伝え、これ以上話をしなかった。

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