第16話法務大臣と摂政②~パニーア共和国~ アーサー視点
しばらく馬車で森を走り、小さな屋敷の前で停止した。我が国でも隣国の領地でもない場所にある小さな屋敷につくと母に降りるよう指示される。
本来はどちらかの領地になる予定であったがそれで揉めたため今はそのままどこにも属さない場所となっている。
そのためこの場所は無法地帯だ。
屋敷に入ると、すでに伯母である女王がいた。彼女はいつものドレスではなく赤いワンピースにブラウスという平民の服を着ている。
「ご無沙汰しております。姉上」
母は伯母に挨拶すると、僕に袋を投げて渡した。
あまりに勢いよく投げるため落としそうになったが母はそれを気にしない。
僕に着替えるように指示をすると自分も着替えるためさっさと置いてあった袋を持ち二階へ上がっていった。
僕が戸惑っていると伯母がクスクスと笑い、着替える部屋を教えてくれた。母のやり方にはなかなか慣れない。
伯母に案内された部屋に入り、袋をあけるとグレーのズボンに黄ばんワイシャツに帽子という平民の一般的な服が入っていた。
変装するということか。
公ではない訪問と聞いていたが、僕が想像していたものとも違うらしい。
これはお忍びと言うやつである。騎士の護衛もいなく、女王と摂政、自分だけで向かうのはおかしいと思っていた。きっとただの訪問ではなく何か目的がある。
しかし何も説明がない。まぁ、最初からお忍びであると知ってもついて行ったので今と何もかわらない。
着替えて部屋をでると、そこにはすでに着替えた母がいた。
「似合うじゃないか」
僕の格好をみて楽しそうに笑う母は、ひざまでのズボンにワイシャツそして、サスペンダーという青年のようであった。母と呼んで良いものか迷う。
「グレース、いつ見ても格好いいわね。また、町娘にアピールされるわね」
クスクスと口に手を当ててからかう伯母に母は眉を下げて困ったような顔をして「好意は嬉しいのだけどね」とため息をついた。
そして、全ての荷物を置いて外にでるように僕に指示する。分からない事だらけだが隣国に入れるならと母の指示に素直に従う。
屋敷から隣国までは徒歩で向かった。あたりは木々に囲まれており昼間でも視界が悪いが、人が通ったと思われる場所がいくつもあった。それはつまり、ここを住処とする人間がいるということだ。なんのしがらみもなく、野生の様に生きるのも楽しそうだと思う。
「気を抜くなよ。死ぬよ?」
考え見透かされたようで厳しく忠告された。
事実だろう。
僕は散々母や騎士と共に訓練してきたが規則のない喧嘩に勝てるか不明である。命を懸ける戦いを僕はしたことがない。
無法地帯が楽しそうだと思うのは僕が恵まれているからだと思う。
一時間程度歩いた先に隣国の大きな門が見えた。「わぁお」嬉しさで思わず声を上げてしまい母は叩かれる。慌てて口を押さえると伯母に笑われた。今日はよく笑われる日だ。
門に着くと、門番と母が何やら話をしてお金を渡すと入国を許可された。
大きな門は開かず、横にある小さな扉から中に入る。他にも商人らしい人物が多く出入りしていた。貿易や交流が盛んなようである。
国内に入るとまず広がるのは農村だ。
広大な畑を多くの人間が耕している。その風景を見ていると母たちに置いていかれた。本当に容赦ない。慌てて母たちにかけよる。
どこまで歩いても農村が広がり、先が見えない。
今日はとてもよく歩く。だから体力のないフィリップは連れてこなかったのかと思う。
我が国を出た時には登り始めた太陽がそろそろ沈もうとしている。かなりの時間歩いていたようで僕の足もさすがに悲鳴を上げていたが母たちの速度は落ちない。おいて行かれまいと重い足を必死に動かした。その時「あそこだ」と母が大きな屋敷を指差した。
僕が目を細め母の指さす方向を見ると、農村の中にポツリと一軒ある。
そこから数キロ離れた場所に村のように家が密集して建っていた。
母たちの友人は嫌われているのだろうか。屋敷が見えてから30分以上かかり玄関に到着した。
僕は息を切らし、汗だくであるが母たちは、涼しい顔で扉をノックしている。
次は絶対にフィリップを連れてきて同じ目にあわせてやりたいと思った。あの坊ちゃんは途中で挫折するかもしれない。
それは面倒くさい。僕はフィリップの尻拭いなど絶対にいやだ。
屋敷から返事と共に扉が開く。なかから出てきた女性は黒髪に黒い瞳であったため酷く驚いた。
異国のもの。
母たちは女性に挨拶をした。
侍女にこんなに丁寧な挨拶は必要あるのかと思いながら、母にならい挨拶をする。
僕はその女性をじっと見つめてしまう。
女性は見られることに慣れているようで僕が見ている事に気づいても笑顔絶やさず屋敷の中へと案内してくれた。
母に「見過ぎ」と叩かれたが視線を外すことが出来なかった。
案内され通された部屋には金髪で青い目をしている少し運動不足な男性が立っていた。
どこかで見たことがあると思う。
「よくきたね。イサベル、グレース、そしてえっとそちらは」
ズボンの上にのった大きなお腹を揺らしながら、握手をして挨拶をした男性は僕の顔見て紹介をもとめる。
僕は本当にこの男性の顔をどこかで見たとこがあるが思い出せない。
「お招きありがとう。あれはグレースの息子よ。ドナルド」
伯母が僕を雑に紹介する。“あれ”と言われ上に名前も伝えてくれない。悲しくなりながらもう一度男性を見ると思い出した。
「あ、ドナルド・ホワイト大統領」
ドナルド殿は突然の大きな声に驚いたようだがすぐ笑顔にもどり「元だよ」と言ってくれたが母に足を踏まれた。
そして、「名乗れ」耳元で小さいが鋭い声で言われた。
母の本気の怒りを受け背筋が自然と伸びる。
「パレス王国の摂政グレース・アレクサンダー・エドワードの息子で、アーサー・アレクサンダー・グレースと申します」
「改めまして、ドナルド・ホワイト元大統領だよ。ちょいと前に大統領選に落ちてしまったからね。まぁ奥どうぞ」
大きなお腹を揺らしながら笑う。
それから、僕をテーブルのあるところまで案内した。
友人として接しているためドナルド殿は女王の伯母をエスコートしない。しかも敬称もなく普通にはなしている。
式典でのドナルド殿とは貴族のようであったが今はまるで平民のおじさんだ。
全員が席に着くのを待ってからドナルド殿は「私に聞きたいことはあるのか」と訪ねてくれた。
「隣国を知りたいからイサベル達についてきたんだろ。しかし、こんな形ですまないね。大統領じゃないから公式の場で会えないんだよね」
こんな形とは僕が平民の姿であることだろう。それとも大統領邸に招待できないことであろうか。
母たちには
僕は我が国にはない隣国の大統領について聞くことにした。すると、ドナルド殿は丁寧教えてくれた。
「大統領とは国民が選挙で決める国の代表である。大統領を支える人も選挙で選ぶんだよ。それが議員だね。そちらの国でいう女王、摂政、宰相など政を行って居る全員を国民が選ぶ形だよね」
それは知っている話であるが僕のために教えてくれているのでドナルド殿の話に僕が素直に頷いていると、言葉をとめて腕を組みじっと僕顔をみた。
そして、にこりと笑うと自分のあごを触り何やら考えているようであった。
「教科書に載っている話じゃつまらないよね。何がいいかなぁ」
眉を寄せながら窓の外を見る。
僕も同じように窓の外に視線をやるとそこには先ほど案内してくれた異国の女性がいた。
長い黒髪を後ろで結び花壇に水をあげている。
黒髪の民がいる国はここから船で半月以上掛かる国である。我が国と隣国は島国であるから他国へ行くのが大変なのだ。
そのため奴隷以外の異国出身の者を始めてみた。
そこまで考え、自分の考えを否定した。
「女性は奴隷か。しかし……」
我が国が輸入している奴隷に黒髪に黒い瞳を持つものはいない。
僕が発した言葉により静かになっている事に気付いた。そして、自分の思考が口から漏れていること焦った。
大人3人の顔を見わたす。今度は母に足を踏まれる事はなかったがそこにいた全員が眉を寄せ暗い顔をする。
「そうよ。アーサー」
「それが問題なんだ」
伯母に続き、母が口を開く。
背筋を伸ばし、足を綺麗に揃えている伯母に対して母は足を組みテーブル肘までついている。この中で一番えらそうな態度だ。
黒髪の奴隷がいる理由など一つしかない。
「闇市ですかね」とはっきりと伝えた。
その闇市の奴隷である彼女が、奴隷を禁止している隣国にいる理由はなんだ。
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