第3話

 その日から、私の吉永蓮に対する感情が変化し始めた。


 彼を見かけると心臓が早鐘を打ち始め、頬に熱が籠るようになった。すれ違うだけでも全身が緊張し、残り香が鼻を掠める度に胸の奥が苦しくなった。

 以来一度だって彼と接する機会はなかったのに、いつしか私は彼のようになりたいと強く願うようになった。あんな風に光を纏って息をしたい。そう思い始めてから保健室に立ち寄ることも少なくなった。吉永蓮を追いかけるように学校に通った。


 いつか、彼に辿り着きたい。

 必死に教室に順応すれば、叶う気がしていた。




 そうして次の春が訪れた頃、吉永蓮との些細な関わりがまだ深く胸に刻まれたまま、彼と同じクラスになる運命が私を待っていた。


「蓮、俺らまた同じクラスじゃん!」

「おはよ、また一緒なのかよ〜」

「おいもっと喜べって!」


 まさか同じ教室で授業を受けることになると思っていなかったのに、今入ってきたのは間違いなく吉永蓮だ。話しかけてきた男子にわざと困ったような表情をしてみせている。

 彼を取り巻く空気の粒が輝いているみたいに眩しくて、私の心にどぷりと波が押し寄せる。慌てて視線を目の前の机に向けてみるけど、意識は完全に彼に向いていてその声がやけに大きく聞こえてしまう。

 もう一度、確かめるように見つめてみる。


 開きっぱなしのドアから吹き込む風に、彼のワイシャツがふんわりと膨む。

 友達の話に楽しそうに笑って、その目が細くなる。

 頷く度に、綺麗な焦茶色の髪の毛がゆるりと動く。


 吉永蓮は、私が遠くから見ていた通りの人だった。


 同じクラスで生活をしてみると、彼の溌剌さが教室を満たし、潤していることに気がついた。しかしそんな彼とまだ一度も話をしていないのは、このクラスでは私ぐらいだろう。


 私には、私たちの間に引かれた超えられない線が見えていた。

 教室の中心にいる吉永蓮と、端っこにいる私。どの世界にもきっとこういう超えられない線があって、私と彼は見事にその線を挟んで生活をしている。


 ただ、同じクラスにいるだけ。これから先も私と吉永蓮の関わりはない。

 本気で、私はそう思っていた。

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