第4話
毎日吉永蓮と同じ空間にいた私は、やがてある存在が気になりだした。
同じクラスの、
もちろん私は彼女と話したことなどない。気になる理由というのはすごく単純で、彼女が吉永蓮のそばにいるのをよく見かけるようになったからだった。
ふたりは学期の初め頃は関わりがなさそうだったのに、明らかにだんだんと距離が縮まっていた。
「あ、倉木、それ俺にもちょうだいよ」
「え、どうしよっかな」
「お願い、まじ一個だけ」
放課後、チョコレート菓子をつまんでいた倉木晴花に声をかける彼。別に珍しいものでも高価なものでもないのに、吉永蓮は必死にひとつわけてもらおうとする。
「しょうがないなぁ。あげるけど、じゃあ一個お願い聞いて」
「いいよ、何」
倉木晴花は手招きをして、吉永蓮にこそりと耳打ちをする。途端に、彼は恥ずかしそうに笑う。同じような表情の彼女を見て頬を染める。
別に私は、気にしてなんか、なかった。
帰りの支度を終えて教室を出ると、たまたま同じタイミングでふたりも出てきて、その会話が聞こえてしまう。
「……お願いって、ほんとに一緒に帰るだけいいの」
「……いいの」
なるべく見ないようにしていても、くすぐったい空気が伝わってきてしまう。居心地が悪くて、歩く速度を速める。
すぐに物理的な距離があいて、ふたりの話し声が聞こえなくなった。
倉木晴花と吉永蓮が、最近ずっと一緒にいる。
そのことには私だけではなく、クラス全体が気がついているみたいだった。
あのふたりは付き合うだろう。
そう思っていたのもきっと、私だけじゃなかったはずだ。
「晴花おはよう」
「蓮、おはよう!昨日ありがとね」
そしてある日、周りが察していた通り、ふたりはお互いの呼び方が変わり、付き合い始めた。
ふたりしか知らないであろう「昨日」の話を、くすくす笑いながら共有している。クラスメートたちもその光景を当たり前のように眺めていた。
ふたりは今まで以上に距離が近くなり、放課後に手を繋いで帰っていくところを何度も見かけたし、おそろいのネックレスを制服の下に忍ばせていて、ふとした瞬間にちらりと首元が光ることにも気がつかされてしまった。
ただ見ているだけの私には傷つくような理由すらない、はずだった。
吉永蓮と倉木晴花は、うまくいっているみたいだった。
「なあ晴花、週末どこ行く」
「いつも私に合わせるじゃん。蓮はどこに行きたいの」
倉木晴花は可愛らしい声で彼に聞き返す。その周りの女子たちがくすくすと笑い出した。
「晴花、吉永はね、実はどこでもいいんだって」
「そうそう、私らこの前聞いちゃったんだよね。吉永が晴花と居られるならどこでもいいって惚気てたの」
「え、お前ら聞いてたの」
慌てる吉永蓮。冷やかしの声が飛び交う中、どんどん赤くなっていく彼の顔。倉木晴花も驚いたようにその目を大きくして、彼を見つめていた。
私にとっては全てが、遠かった。
盛り上がっていく教室の真ん中、幸せそうにはにかむふたりの姿が、必要以上に他人事に見えた。
帰りのホームルームが終わり、また今日が過ぎていく。教室を出て行く吉永蓮と倉木晴花の背中を眺める。
なんだか今日の私は、変だ。
いつもはさっさと教室を出るのに、今日はあまり帰りたくない。それはきっと、家で執拗に怒鳴られるから、とかいう理由だけじゃない。
廊下から笑い声が聞こえてきて、また痛みが私を襲う。吉永蓮と初めて接した時以来、久しぶりに感じた脳味噌に響く鈍痛。
悲しい、なんてそんな名前の感情じゃ、ない。自分でもうまく説明できない気持ちを抱えたまま、私はカバンから本を取り出した。
少しだけ、ひとりでいたい。
わけもなく疲れた体の力を少しだけ抜いて、本を開く。そして読み始めようとした、まさにその瞬間。
ガラリ、と、私しかいない教室にドアの開く音が響いた。
突然聞こえて、反射的にドアの方を振り返ってしまう。そしてすぐに後悔した。
そこにいた吉永蓮と、ぱちりと目が合ってしまったから。
君と目が合ったのは、多分まだ二回目。初めての時の、忘れていた感覚が蘇る。どくんと突然動き出した心臓の音が、教室中に反響した。
何か。何か私から、言った方がよかった。
君と見つめ合っていた時間が、数秒だったのか、数分だったのかわからない。吉永蓮は何も言わない私から気まずそうに目を逸らし、自分の机に向かう。そしてそのまま、一言も発さず、机の中の何かを探し始めた。
君と、ふたりきり。
何事もなかったかのように本に目を戻しても、文字の読み方を忘れてしまったかのように一言も頭の中に入ってこない。私たちの間に会話はない。
「蓮、見つかりそうかな?」
その時廊下から聞こえた彼女の声。すぐに倉木晴花が教室に入ってくる音が聞こえた。
「今探してる……あ、待って、あったわ」
「もう、ほらやっぱり!机の中だと思ったんだよね」
「ごめんな、ありがと」
ふたりの方を見ることができなくて、ただ目の前の記号の羅列を眺める私。
じゃあ帰ろ、と、可愛い声が呟く。
ふたりが出ていく。教室のドアが閉まる。
足音が、遠ざかっていく。
ふっと全身から力が抜けて、思わずため息が漏れる。
今日の私は、やっぱり変だ。
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