二節 「夢」

「俺は画家になりたい」

 彼の家に着くと、彼は挨拶をするかの口調でそう話してきた。

 突然のことに少しびっくりした。

 その顔は絵を描くのが本当に好きなのがよくわかる表情だ。

 彼は、目には力があり長身で痩せている。しかも、無精髭を生やし、髪もボサボサだ。

 大抵の人が描く画家らしい姿そのものだ。

 案の定、数日前に髭の話を軽い感じで聞いたら、「画家らしく見えるだろ?」と笑っていた。

 絵の具の匂いが部屋からいつもしている。

 アパートで、広いとは決して言えない部屋。

 その部屋にはたくさんの絵が乱雑に置かれている。

 すべて彼が描いたものだろう。

「俺の絵を見て、幸せな気分になってほしい。俺の絵が誰かの人生に影響を与えられたら嬉しいな」

 僕は絵について今まで興味はなかったけど、確かにどこか心打たれるものがあった。

 興味がない人の心を動かすとは、きっとかなりの実力があるんだろう。

 人は興味のないものには、見向きない生き物だから。

「確かに、どれも美しい色だし、幸福な気持ちにしてくれますね。この色合いがすごいですかね。どこかで習ったんですか?」

 今までであまり見たことのない淡くて優しい色合いとタッチだ。

 それが全体とうまく調和して温かい雰囲気をだしている。

「あざます。さすが、歩はわかってるね。いや、全部独学だよ。楽しくやれるのがいいからさ」

 年下の彼に呼び捨てで呼ばれて変な感じがした。

 今の子はこれぐらいフランクなんだろうか。

 まあ認めてくれているようだからいいかと思った。

「それでこの実力はすごいです。特にあの女性の絵は素敵です」

 僕は長い髪の女性と子どもが向かいあって笑っている絵を見て言った。

「あれはまだ完成してないよ」

「それは失礼しました」

 たくさんある絵の中で、その絵がなぜか気になった。

 彼はそれからまた絵を描き始めた。

 彼はとても大きな夢を抱いていた。

 それは彼を孤独から救う力になるかもしれない。何かの糸口になるかもしれない。

 夢とは誰もが一度は描くものだと思う。

 でも大抵の人は、何かしら理由をつけて諦めてしまう。

 小学校の卒業文集に書いた夢を実際に叶えた人はほとんどいないだろう。

 それが全て悪いとは言わない。年齢が上がるにつれて夢が変わることもよくあることを僕は知っている。

 でも、彼は五歳の頃からずっと画家になりたいと思い続けてきた。

 そして自分を信じて、ひたすら努力してきた。

 学生時代は課題で絵を応募しては、最優秀賞を何度もとってきた。

 結果もしっかり出している。

 それでも画家として生きていくのは、なかなか難しいのだろう。

 彼は趣味で絵を描くのではなく、本物の画家になりたいのだろう。

 彼は親に反対されても、夢を追い続けた。

 「お前とは勘当する!」と言われたら普通びっくりしてしまうだろう。

 でも、彼はどこまでもまっすぐだった。

 しかし、彼の夢は一生叶わない。

 彼はもうすぐ死んでしまうから。

 それが彼の未来だった。

 夢を叶えたいのに、彼の未来は真っ暗に閉ざされている。

 孤独と闘っている。

 僕は、夢と孤独について考えてみることにした。

 誰にも関わらず夢のためにひたすら努力している人は、孤独なんだろうか。

 彼は死ぬとわかっても、絵を描き続けた。

 一人で黙々と絵を描いて、毎日を過ごす。

 彼はそれを孤独と本当に感じているのだろうか。

 もしかしたら幸せと感じるかもしれない。

 でも必ず夢が叶うという決まりはなくて、どんなに努力しても叶わない時もある。

 その時に、自分の今までの人生は無駄だったと打ちひしがれないだろうか。

 また、人は希望の光りがどこかにあるから頑張れる。

 彼の場合は、努力の先に未来がない。

 彼はどうして孤独に支配されないのだろう。

 その強さはどこからくるのだろうか。

 なんだかデジャブを感じた。

 このよな強さに似たものをもった人に、僕は以前に出会ったことがある。

 その人は、僕の大切な……。

 そこで、僕は頭を切り替えて、僕は彼に何ができるのだろうかと考えることにした。

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