二節「看取るとは」
山田
旧姓は、橋本 淑子。
年は九十歳。
五年前までは夫である山田 学と一緒にこの家で過ごしていたが、夫が亡くなった後は独りで生活している。
両親や義理の両親は、彼女の年齢からだいぶ前に全員亡くなっている。
兄弟はたくさんいるけど、同じように亡くなっている人が多く、亡くなっていない人とは疎遠状態にあり連絡をとり合っていない。彼女はその人たちが今どこで何をしているか一切知らない。連絡先すら知らないようだ。
いや、きっと彼女は積極的に連絡をとろうと思っていないのだろう。もし本当に連絡がとりたかったら、人は何かしらの行動をするから。
子どもや孫はいるけど、なぜか誰一人彼女の元へ訪れてこない。
それは彼女の性格などに理由がない気がした。僕は彼女と話していて、嫌な感じをもったことはないから。
「孝行をしろ」とまでは言わないけど、明らかに病気になっているのに、一切心配をしないのはあまりにも酷すぎると思う。
僕は、血縁関係がある意味を考えずにはいられない。
血が繋がっていることをこの世ではかなり大切にするのに、肝心な時にそれを無視するのは矛盾している。
彼女は近所づきあいを特別していない。最近は近所づきあいをしない人が多いけど、彼女の場合は、きっと夫との生活がすべてだったのだろう。夫がいればそれで幸せだった。
他の人と交流することに意味を見出さなかったのだろう。
今は市の福祉サービスは何も受けていない。つまり、訪問介護を受けたり、デイケアに行ったりしていない。
彼女は毎日誰とも関わりをもっていない状態なのだ。
僕は山田淑子さんについてまとめたファイル改めて読んでいた。
ここは、現世とは違う場所だ。
いつも人は誰もおらず、静かなところだ。
そこには、大きく白い真四角な棚が等間隔でたくさん並んでいる。
その棚の中に、山田 淑子さんや他の人の情報が書いてある黒いファイルがたくさん入っている。
彼女はこの世界から完全に取り残されていた。
もしも僕が会いに行かなければ、彼女が死んでしまっても、誰も気づかないだろう。
そんな最期を迎えるのはあまりにもかわいそうすぎる。
孤独死。
それはかなり前から社会問題とされているけど、国による根本的な対策は何もされていない。個人ではどうすることもできないぐらい大きな問題だ。だから孤独死する人の数は年々増えている。それに孤独死は歳をとった人だけがなるものではない。若い人でも、条件が揃ってしまえば起こりうることなのだ。
僕は、あることがきっかけで人の死ぬ日がわかるようになった。でも神様のように寿命をのばすことも、死神のように命を奪うことはできない。ただそのことがわかるだけだ。
あまり役立つとは言えない能力だろう。
彼女はもうすぐ『老衰』で、死ぬことになっている。
独りだったと感じさせないために、僕が看取る。
最期の瞬間を一人で迎えるということを、僕は想像しかできないけど、怖くて仕方ない気がしたから。
僕も辛い時は誰かそばにいてほしいと思う。これが最期だと思ったなら尚更そばにいてほしいと思うだろう。
「私の人生は孤独だった」と絶対に彼女に思わせない。
死ぬという運命を変えることは僕にはできないけど、不安を減らすことぐらいはできるはずだから。
彼女とはこれまで会ったことも話したこともない。
所謂、赤の他人だ。
多くの人はそんな人を助ける理由はないように思うかもしれないけど、僕は孤独の中にいる彼女をほっておけなかった。
彼女も最初は突然僕が現れてびっくりしていた。でも、僕は根気よく彼女の元を訪ねた。
次第に彼女も心を開いてくれるようになった。
そんなことを思い出しながら、僕はいつものように彼女の家に向かった。
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