第四章 ~『油断しない大型人形』~


 保健室を後にしたニコラたちは魔方陣を使い、シャノアの街へと移動する。街の状況は凄惨を極めた。


「ここまで酷いとはな」


 整備された建物と石畳の街道が広がる景観は見る影もない。土人形たちに壊され、瓦礫の山が出来上がっていた。


「これを土人形さんがやったのですね……許せません!」

「正確にはバニラの奴だがな」

「でも人形なのに、街を壊せるほどに強いのですね」

「持ち主の闘気を分け与えることができるからな。分身魔法に近いが、人形であるが故に存在を維持するための魔力を消費しない。つまり時間をかけることで、大量生産できるんだ」


 人形は単純な行動しかできないが、自分だけの軍隊を生み出すことさえ可能な危険な力だ。バニラのような悪人が使えば、その脅威は街一つを壊滅させるほどの威力を発揮する。


「先生は土人形と闘ったことがありますか?」

「何度かあるな。行動もワンパターンだし、アリスでも楽勝だ」

「ですが先生、私は不安なのです。本当に私たちの戦術は通用するのでしょうか?」

「するさ。今までの修行を信じろ」

「……でも土人形に金的は効きませんよ」

「アリスはたまに物凄く馬鹿になるよな……不安なら戦ってみればいい。丁度、目の前にいるからな」


 ニコラの視線の先には街を彷徨っている土人形の姿があった。襲う相手を探しているのか、フラフラと彷徨っている。


 アリスは一瞬で間合いを詰めると、土人形の頭にハイキックを入れる。人形は糸が切れたように、壊れて動かなくなった。


「予想以上に弱いですね」

「俺たちにとっては足止めにさえならないが、街の人間からすれば、十分な脅威になる。放っておくわけにはいかない」

「探すのに体力を削られる。そこをフレディさんは狙っていると?」

「それともう一つ。フレディは俺の事を正義の味方だと思っているのさ。自分のせいで無実の奴が傷つけば、心が削られる。そう睨んでいるのさ」

「先生……」

「だが俺は悲しまないし、精神的にショックを受けることもない……ただイライラさせられるだけだっ!」


 フレディの心を削る策はニコラの怒りを誘発するだけで逆効果だ。握りしめた拳から血が流れ落ちていた。


「先生、街の人たちを救いましょう」

「そのためにも人が多い場所に向かわないとな」

「近くに商店通りがあったはずです。そこに向かいましょう」


 いつもなら活気づいている商店通りへ辿り着く。服屋や武器屋や本屋などの店舗が伺えるが、人はおらず、土人形が蠢くだけだ。


「商人さんたちはどこかに逃げたのでしょうか?」

「もしくは全滅したかだな」


 二人は土人形を破壊しながら石畳の道を進むが、人の気配は一向に感じない。アリスは何とか生存者を見つけ出そうとキョロキョロと視線を泳がせるが、結果には繋がらなかった。


「先生、人がいませんね」

「だがお目当ては釣れたらしい」

「え?」

「建物の影に、大型の土人形だ」


 今までの土人形とは違う。上半身を膨張させ、全身を激しい闘気で覆った人形が姿を現わす。オークやドワーフのような盛り上がった肉体は強靭さを感じさせる。


「どうやら雑魚の人形は撒き餌だったようだな」

「倒せる者がいれば、そこに大型の土人形を送り込む。私たちの体力をさらに奪い取るための罠ですね」


 土人形は単純な命令しか受け付けないため、ニコラたちの顔を識別して、探すような使い方はできない。だからこそ居場所を特定するために、弱い人形を囮にしたのだ。


「この闘気量。強そうな相手ですね……」

「アリスの良い実践経験になる。闘ってみろ」

「分かりましたっ」


 アリスが構えを取ると、大型の土人形が敵意を込めた視線を彼女へと送る。互いの視線が交わったとき、闘いの火蓋が切って落とされた。


 大型の土人形の動きは、外見に反して速い。目にも止まらぬスピードでアリスへと接近する。しかし動きに工夫はなく直線的だ。アリスは易々と攻撃を躱し、躱しざまに蹴りを入れる。だが人形の外皮は鉄のように固く貫くことができない。


「先生、私の攻撃が通用しません」

「土人形は頭を潰されると動きを止めていた。一点に闘気を集中して、打撃を当てろ」

「でも先生、動きが速くてそう簡単には……」

「なら相手を油断させろ」


 土人形は人間のような知能を持たない。単純な命令に従って、人を襲う怪物だ。そんな相手を油断させる方法があるのかと、アリスは頭を悩ませる。


「あ、背後に人が」


 アリスは大型人形の背後を指差すが振り返ることはない。言葉が通じない相手と戦うのは、これほど厄介なのかと、額に汗を浮かべる。


「いつもの手段が通じないなら、別の手段を考えるしかありませんね」


 注意を逸らすのは、相手の油断を誘うのに有効な手段だ。事実、これまで何度もこの方法で相手の油断を誘ってきた。だが人形は言葉で油断をしてくれない。


「命令通りに戦うですか……思いつきました!」

「アリス、勝つ方法が分かったんだな?」

「はい。この勝負、私の勝ちです!」


 アリスはオークションで手に入れた分身魔法を発動させる。複数の分身体を放つと、大型人形の背後にいる弱い土人形を襲うように命じる。


 壊されていく土人形。それは大型人形に『敵がいるから急行しろ』との命令を与える。アリスから意識を逸らし、背中を向けた。


「やはり人とは違いますね」


 シンプルな命令しか受け付けないからこそ、その反応は素直だ。背中を向けて、油断している大型人形の頭に闘気を集中させた蹴りを入れる。頭を吹き飛ばされた人形はその場で崩れ落ちた。


「アリス、よくやった。お前の勝ちだ」


 ニコラは強くなった弟子を賞賛するために拍手を送る。彼女はまた一歩、強者への道を歩むのだった。


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