第四章 ~『王族の目利き』~


 サイゼ王国の北に位置する街、ベガイゼ。そこにニコラたちは訪れていた。煉瓦造りの建物を横目に、石畳の道を歩く。


「私、この街に来るのは初めてです」

「俺もだ。だがここは有名な観光地だからな。道に迷っても人に聞けばいい」

「とうとう組織の中枢に入り込めるんですね」


 ベカイゼを訪れていたのは、組織から受けた護衛任務のためだ。護衛場所は組織の運営する闇オークション会場であり、盗品や危険な薬物が売買されているとのことだ。


「闇オークションは組織の資金調達のための大切なイベントだそうだ。もしかしたら、ジェシカも会場に現れるかもしれないな」

「どうしてですか?」

「折角、強者を攫っても飾っているだけでは意味がないだろ。あいつには家族もいる。意志を無視して働かせるのは容易い。俺と同じように護衛として動員されている可能性は十分にある」


 オークションは大金が動く。特にベカイゼは世界最大級のオークションハウスが集まる街であり、客が落とす金も莫大な金額になる。


 組織運営には金が必要だ。誰もが理想を追いかけて組織に所属しているわけではなく、金で雇われている者たちの雇用を維持するためにも、組織はイベントの成功を死守しなければならない。


「ジェシカさんと再会できると良いですね……」

「安心しろ。読みが外れても、保険はかけている」

「保険ですか?」

「暴れる幹部二人を捕まえた功績として、奴らの地位を頂いたのさ。これで重要な情報にアクセスできるし、探すための資金力にも困らない。汚い金も金は金だ。ジェシカを救うために、利用してやるさ」

「先生……やっぱりジェシカさんのことが心配なんですね?」

「そんなわけあるかっ! もし生徒たちの頼みでなければ、見殺しにしている!」

「うふふ、素直じゃないですね♪」

「お前の勘違いだっ! それよりもオークション開始まで、まだ時間がある。折角だから観光するぞ」


 ニコラは強引に話を打ち切り、そそくさと歩き出す。訪れたのは露天商のように商品が並べられた街道だ。


「こんな街中でもオークションをしているのですね……やはり最高額を付けた人が購入するのでしょうか?」

「いいや。このエリアは逆らしいぞ」

「逆ですか?」

「普通は低い価格から徐々に値段を吊り上げていくが、ここは高値から買い手が現れるまで値段を下げていくダッチオークション方式を取っている。果物の叩き売りなどで良く採用される形式だな」

「そういえばエルフ領でもバナナという果物を叩き売りするときに、そんなオークション形式を採用していると聞いたことがあります」

「折角だし、何か購入してみるか?」

「はい!」


 ニコラたちは人の集まっている露天商の元へと近づく。店先に座る若い男は、アクセサリーや絵画などを叩き売りしていた。男の怪しい風貌も相まってか、なかなか客は購入しようとしない。折り合いがつくのは、値段が底値に近づいてからだった。


「どうだい、お兄さんたち。この指輪、一つ金貨五枚だ」


 黒く大きな宝石を乗せた指輪の販売が始まる。話に集中している客はニコラたちだけで、他の客はその様子を眺めているだけだ。


「高いな」

「なら金貨四枚だ。今を逃すと一生手に入らない。こんな綺麗な宝石、見たことないだろ?」

「どうせ価値のない偽物なんだろ」

「なら金貨三枚だ。もってけ泥棒!」

「…………」

「よし、金貨一枚だ。これなら――」

「買います」


 アリスが金貨一枚を手渡し、宝石の乗った指輪を受け取る。店主は売れたことが嬉しいのか、口元に笑みを浮かべていた。


「先生、別の店も見てみましょう」

「あ、ああ。そうだな」


 ニコラたちは指輪を購入した店を離れるが、彼の足取りは軽快とはいえなかった。


「どうしてあの指輪を購入したんだ?」

「どうしてとは?」

「どうせたいした価値のない指輪だぞ。なんたってこんな露天で販売しているくらいなんだ」

「いいえ、そんなことありませんよ。これは魔王領で発掘されるブラックダイヤの一種で、この大きさなら、どんなに安くても金貨一万枚はしますよ」

「え、嘘だろ……」


 ニコラはアリスの手の中にある指輪を注視する。そのあまりにも大きな宝石は、玩具にしか見えない。


「どうしてそんなことが分かるんだ?」

「忘れたのですか? 私、こう見えてもエルフの王族なのですよ。装飾品に関しては子供の頃から最高級品を見てきましたから。価値があるかないかは、一目で判別できますよ」


 凄いでしょうと、アリスは胸を張る。弟子の知らなかった特技を知り、ニコラは感嘆の声を漏らす。


「そんな便利な特技があるんだ。折角だし暇な時間でお宝を買い漁るとするか」

「ですね」


 ニコラたちは露天商を見て回る。二人の足取りはとても軽快だった。


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