第四章 ~『復讐者と教育者』~


 ニコラから放たれた闘気がジェシカを襲う。針を刺すような闘気に彼女は息を呑み、傍にいた九組の生徒たちは震えに耐えるため自らの両肩を抱いていた。


「ニコラ、落ち着きなさい!」

「姉さんの頼みでもこればかりは聞けないな!」

「いいえ、聞いてもらうわ。ジェシカさんはあなたに恨まれていることを自覚しているわ。殺される覚悟で姿を現したの。そんな彼女をあなたは殺せるの?」

「…………」


 サテラの問いかけにニコラは何も答えない。無言のまま、ジェシカを見据える。その冷たい視線に応えるように、彼女は頭を下げた。


「わ、私はニコラのことを裏切ってしまった……ぅ……ほ、本当に、悪いことをしてしまったわ……ごめんなさい……っ」


 ジェシカは涙をポロポロと零しながら謝罪する。ニコラは振り上げた拳を宙に浮かべたまま、全身から放っていた闘気を収める。


「殺すのだけは勘弁してやる……ただ俺は絶対にお前を許さない!」

「ニ、ニコラ……」

「二度と俺の前に顔を見せるな」


 ニコラはそれだけ言い残して、学園長室を後にする。サテラが止まるように背中越しに声をかけてくるが、無視して廊下を進む。


 学園長室と離れるほど声は遠くなり、代わりに足音が聞こえてくる。その音は聞きなれたアリスの足音だった。


「先生、待ってください」

「待たない」

「先生……隙ありです!」


 頭に血が上ったニコラに、アリスは金的蹴りを入れる。突然の急所蹴りだがニコラは無表情のままだ。彼は振り返って、彼女と視線を合わせる。


「初めて不意打ちできましたね♪」

「ここでそれをやるのかよ……」

「なにせ卑怯者の弟子ですから♪ それに痛くはないでしょう?」

「手加減されていたからな」


 アリスの放った金的蹴りは、闘気を纏わず、勢いも最小限に抑えていた。だからこそニコラに痛みはない。しかし心に伝わるモノがあった。


「普段の先生なら、私の不意打ちなんて絶対に通用しません。頭に血が上っている証拠です」

「金的蹴りで証明された以上、何も反論できないな……」

「冷静になれたようですね?」

「ああ」


 ニコラは深呼吸すると、ジェシカへの怒りをひとまず頭から追いやる。その表情にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。


「冷静になれたようですし、私たちのクラスに戻りましょうか」

「だがジェシカがいるだろ」

「いてもいいではありませんか」

「俺はあいつの顔を見たくないんだが……」

「先生、私はジェシカさんとの確執を忘れろとは言いません。ですが彼女のために先生が働くのを止めるのは悔しくないですか?」

「うぐっ……」

「復讐者である前に、先生は教師なのですから。私たちのクラスに戻りましょう。ね♪」

「アリスの言う通りだ。俺の人生がジェシカのせいで左右されてたまるものかっ! あいつに負けないくらい立派な教師になってやる!」

「その意気です、先生♪」


 ニコラは教え子たちの待つ教室へと向かう。その隣には弟子のアリスが寄り添っていた。


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