第四章 ~『学園長室への呼び出し』~


 サテラに呼び出されたニコラはシャノア学園の学園長室を訪れていた。教室ほどの広さがある室内に、国中から集めた品のある調度品。その部屋の窓際の椅子にサテラは腰かけ、背中に後光を浴びながら腕を組んでいた


「アリス様、ようこそいらっしゃいました」

「学園長、お久しぶりです」

「ついでにニコラも」

「扱いの差に抗議したいのだが……」

「女王と無職なのよ。態度が違うのは当然じゃない。それにあなたは従弟でもあるわけだし、他人行儀な真似は嫌いなのよ」


 サテラから無職というキーワードが放たれ、最悪の予想が的中したのではと、ニコラはゴクリと息を呑む。


「やはり穀潰しの俺を家から追い出すつもりか?」

「確かに、穀潰しなら要らないわね」

「…………っ」

「でもニコラは役に立っているでしょ」

「俺が? 馬鹿を言え。一日中修行ばかりの毎日だぞ」

「でもアリス様の指導をしてくれているじゃない。友好国の女王の世話係よ。あなたは十二分に私の役に立ってくれているわ」

「俺自身、気づかぬうちに無職の穀潰しを卒業していたってことか……」

「いやいや、無職は卒業してないでしょ」


 アリスの指導をしても給料が出るわけではない。サテラに対する貢献はしていても、社会の一員にはなれていない。それが現状のニコラの立ち位置だった。


「そこでニコラには働いて貰おうと思うの」

「片手間に教師をしていたくらいしか社会経験がないんだぞ。就職させようだなんて正気かよ!?」

「そんなに肩肘張らなくても、あなたなら十分に務まるわ。なにせ再就職先はシャノア学園だもの」


 同じ職場に再就職するのなら、教師の社会経験をそのまま継続できる。働かないで済むことが理想的だが、もし労働が義務であるのなら悪くない就職先である。


 ニコラは再就職の誘いにどう返すべきかと頭を悩ませていると、彼よりも先に、アリスが反応を示す。


「無理しなくてもいいのですよ。お金が欲しいなら、私が養ってあげますから。先生も無職のままがいいですよね?」

「ま、まぁ、それが理想だが……」

「えへへ、これで先生は私だけのものですね♪ ささ、先生、道場へ帰りましょう」


 ニコラの腕を引いて、アリスは学園長室を後にしようとする。だが彼は何かに気づいたのか、ハッとした表情で、その場から動こうとしなかった。


「なぁ、姉さん。俺を復職させようって話、周りの奴らは納得したのか?」

「ええ」

「意外だな。猛反発を食らうとばかり思っていたが……」


 ニコラは正攻法とは呼べない技を生徒に教えるため、その指導方法に納得できない者からは大いに嫌われていた。そんな彼らの意思を抑え込み、説得した方法に興味を惹かれてしまう。


「どんな卑怯な手段を使って説得したんだ?」

「卑怯も何も、正々堂々、正面からあなたを復職させたいと説得しただけよ。もっとも最初は猛反発を食らったわ。特にあなたの同僚の教師たちにね」

「人望がないのは自覚している。予想通りの反応だな」

「ならあなたが学園を辞めた日に、一部の教師たちが『ニコラ先生、送別会パーティ』を本人不在でお祝いしていたことも知っていたのね……」

「知るか! そして知りたくなかった!」

「ふふふ、でもね、あなたの復職に反対する教師もいれば、復職を望む教師もいたのよ。卑怯はともかく国王戦でアリス様を女王に就かせた実績は評価すべきだってね。それに何より、あの子たちの声が、あなたの復職を認めさせる最大の後押しになったわ」

「あの子たち?」

「入ってきなさい」


 サテラが手をパンと叩くと、学園長室の扉がゆっくりと開かれる。現れたのはイーリスを含む九組の生徒たちだった。


「先生、戻ってきてくれよ!」

「俺たちには先生が必要なんだ!」

「お願いします、先生!」


「お前ら……」


 あれだけニコラを嫌っていた九組の生徒たちの反応が好転していた。これは孤島での懇親会で刺客を撃退したことや、仲間であるアリスが女王になるために尽力していた話を、イーリスから聞かされていたからだった。


「私からも頼む」


 イーリスが集団から躍り出ると、バッと頭を下げる。


「卑怯なやり方は最低だとする意見は変えるつもりはない。ただその卑怯な戦法に救われたのもまた事実だ。お前の実力を認めてやる。だから……我らのクラスに戻ってきてくれ」

「これで分かったかしら。学校は生徒のためにあるもの。その生徒があなたの復職を望むのだもの。反対できる教師なんているはずがないわ」


 九組の生徒たちが期待するような眼差しを向ける。ニコラは悩む素振りを見せた後、恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻く。


「働くのも悪くないか……」

「先生!」


 生徒たちに囲まれたニコラは満更でもなさそうな笑みを浮かべる。アリスは一人占めを逃したものの、彼の嬉しそうな顔に満足したのか、釣られて口元を緩めた。


「そういや、俺がいない半年間、担任教師は不在だったのか?」

「いいえ、実はあなたの代理を雇ったの。その人には今後、副担任になってもらうつもりよ」

「生意気な奴なら先輩教師の威厳を見せつけてやらないとな」

「安心して。今では立派な教育者よ」

「今では?」

「その子は過ちを犯したの。でも反省して、心を改めたの……ニコラは過去の罪を責めたりするような狭量な男じゃないわよね?」

「そのつもりだ」

「その言葉、忘れないでね――入ってきなさい!」


 サテラが手をパンと叩くと、扉を開いて赤髪の少女が姿を現す。彼女はかつてニコラを裏切り、赤髪の乙女と称されたサイゼ王国一の剣士――ジェシカだった。申し訳なさそうに顔を上げると、ニコラと目を合わせる。


「ニ、ニコラ……ひ、久しぶりね」


 ジェシカが恐る恐る声をかける。それがニコラの感情を動かす引き金となった。


「ジェシカあああああああっ!!」


 ニコラがジェシカに対して雄叫びをあげる。学園長室が震えるほどの闘気が放たれたのだった。


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