第四章 ~『憎悪と空想の敵』~
アリスと共に学園の端にひっそりと建てられた九組の教室へと向かう。隔離クラスとででも呼ぶべき教室はノスタルジを感じさせた。
「懐かしいな……俺の教師人生はここから始まったんだよな」
「もう半年以上前ですからね」
「生徒が待っているだろうし、さっそく中に入るか」
ニコラが教室の扉に手をかけると、扉越しに楽しそうな笑い声が届く。その話題の中心は彼の憎悪の対象であるジェシカだった。
「先生……」
「シッ、静かに」
ニコラは扉の隙間から教室の様子を伺う。教壇に立つジェシカと、授業を聴講する生徒たち。和気藹々とした空気はクラスが団結している証拠であった。
「なぁ、やっぱり俺、いらなくないか?」
「い、いりますよ! 先生がいないと……ほ、ほら、私が寂しいですから」
「そう言ってくれるのはアリスだけだよ……」
ニコラが自信喪失していると、ある女子生徒がジェシカに質問を投げかける。その質問は彼にとって聞き逃せないものだった。
『ニコラ先生とジェシカ先生ってどういう関係なんですか?』
『そ、それは……ただの幼馴染よ』
『随分と険悪な関係だったようですけど、もしかして別れた元彼だったりして……』
女子生徒の質問に生徒たちから黄色い歓声があがる。他人の色恋沙汰ほど興味惹かれるモノはない。それが担任教師同士のものとなれば格別だ。
『違うの。私とニコラは……』
『誤魔化さなくても。ジェシカ先生が別れた理由には察しがつきますよ。ズバリ、ニコラ先生が無職だったからですね!』
『べ、別に無職なのが悪いわけじゃ……』
『ジェシカ先生は愛があれば定職の有無なんて些末な問題ってタイプなんですね。今時珍しく一途ですね!』
『だ、だから違うの。私とニコラは……』
ジェシカは元恋人である説を必死に否定しようとするが、一度燃え上がった下世話な炎は簡単には静まらない。ヒソヒソと囁く声が教室中を広がっていく。
『お願い、聞いて! 私がすべて悪かったの! 私が馬鹿だからニコラを傷つけてしまったの! だからニコラのことを悪く言うのはやめて!』
ジェシカの今にも泣きだしそうな頼みに生徒たちは黙り込む。悪ふざけがすぎたと、彼女に謝罪した。
「アリス、俺はちょっと外の空気を吸ってくる」
「お供します」
「少しだけ一人になりたいんだ……ジェシカの授業を聞いてやれ。あいつはあれでも、このクラスの副担任だからな」
ニコラはアリスを残して、シャノア学園を後にする。そのまま一人で自宅の道場へと帰宅した。
「イメージトレーニングでもするか」
道場で構えを作ると、ニコラは頭の中で空想の敵を生み出す。彼がイメージするのは、いつも同じだ。三人の怨敵、ジェイ、メアリー、そしてジェシカである。
初戦の相手はジェイだった。記憶の中の動きを頭の中で再現し、拳と剣を交わらせる。空想のジェイは実物よりも強く、その剣戟は目で追うのがやっとの速度だ。剣を躱し、間合いに入ると、ニコラは空想のジェイの腹部に拳を打ち込んだ。
次戦はメアリーとジェシカのコンビだ。こちらも空想が生み出した幻想であるが、その強さは実物を遥かに超えている。サポート役のメアリーと、前衛のジェシカ。二人のコンビネーションは抜群だった。
だがニコラにとっては脅威となりえない。ジェシカの振るう剣を躱して、彼女の腹部に拳を打ち込む。前衛を失ったメアリーはすでに戦力として不十分であり、殴る間もなく、視界から消え去った。
「俺はあいつらが憎い! 許すつもりもない! だが……」
空想が生み出した三人をニコラは殴るだけで済ませてしまった。以前の彼ならば殴るのを腹ではなく顔にしていたし、命を奪うような一撃を選んでいたはずだ。
甘くなったのは空想の世界だけでなく現実でもそうだ。裏切られた直後の復讐に燃えていたニコラなら、サテラの呼びかけでジェシカに襲い掛かるのを止めることはしなかったはずだ。心のどこかで甘さが生まれていると自覚し、苛立ちを覚える。
「クソッ、嫌なことは寝て忘れるに限る!」
復讐心を思い出すように、ニコラは道場に寝転がりながら、裏切られた記憶を思い出す。憎悪の炎を心の中で燃やしながら、彼は瞼を閉じるのだった。
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