第四章 ~『マイクという悪党』~


 悪党の朝は早い。サイフォンの裏路地を抜けた先で、人を寄せ付けない雰囲気を放つ男が、太陽の眩しさに目を細めていた。


「今日も良い天気だし、素晴らしい事がありそうだ」


 男は名をマイクといった。堀の深い顔は異性を惹きつけるが、彼の濁った眼の輝きが、その魅力を台無しにしていた。


「まずは街でカツアゲ、宝石商で強盗した後、優雅なランチタイムを楽しもう。あと生意気な新人の躾もしないとな。本当、組織は人使いが荒いよ」


 マイクは愚痴を零しながらも生き生きとした顔をしていた。弱者を踏み潰す悪党の生活は彼の性にあっていたのだ。


「ん、あれは……」


 緑の外套で身を隠した老人が杖をついて向かってくる。その老人はマイクの良く知る男だった。


「ゼペットさん!」

「久しぶりじゃのぉ、マイクよ」


 訪れたのは組織の幹部であるゼペットだ。マイクの直属の上司でもある彼に媚びようと、必死に笑顔を浮かべる。


「ゼペットさん、今日はどうしたのですか?」

「近くまで来たものでのぉ。様子を見に来たのじゃよ」

「それはそれは。私もゼペットさんには、ぜひお礼をしたかったのです」

「礼じゃと?」

「ゼペットさんが憲兵たちを隷属魔法で支配してくれたおかげで、ノーリスクで強盗が楽しめるようになりましたからね。やはり伸び伸びと仕事ができるのは素晴らしいです」

「なるほどのぉ。お主、やはりゲスじゃな」

「え?」

「故に一切の慈悲はいらんのぉ」


 ゼペットは杖を振り上げると、マイクの頭に叩きつける。いったい何が起きたのか理解できないままに、彼は痛みでうずくまる。


「儂は組織を裏切る。お主はそれを伝えるための伝言役となるのじゃ」

「…………」


 ゼペットは腐っても組織の幹部だ。実力が上回る彼とまともに戦っても、勝算はない。マイクは逃げるように、その場を立ち去った。


「先生、上手くいきましたね」

「ああ」


 ゼペット、いやゼペットの姿へと変身していたニコラの元にアリスがやってくる。周囲に人がいないことを確認すると、彼は変身魔法を解除した。


「先生の変身魔法で騙し切れたようですね」

「ゼペットから組織の情報を聞き出していたおかげだな」


 外見を偽れても、中身までは偽ることができない。ボロがでないように、ゼペットから部下の名前や関係性を引き出しておいたのだ。


「これでマイクはゼペットに襲われたと組織に報告するはずだ。幹部であるゼペットが暴れているなら、刺客として幹部を送り込んでくるはず。強大な組織を相手にするなら少しでも戦力を削っておきたいからな」


 相手が複数でも負けない自信はある。だが油断は禁物だ。特に勇者に匹敵するフレディと戦う時に、できる限り邪魔が入らないようにしたい。そのための幹部潰しこそが、彼の目的だった。


 自分にとって最良で、相手にとって最悪の状況を作り出す。戦いは勝負の前から始まっているというのが、ニコラの戦いにおける信条であった。


「まだまだ悪党はたくさんいる。今日は忙しい一日になるぞぉ」

「頑張ってください、先生!」


 ニコラは再びゼペットの姿へと変身し、次なる悪党を目指す。彼の生き生きとした表情からは、本当に楽しんでいることが伝わってくるのだった。


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