エピローグ ~『国王の地位と無職の卑怯者』~

「先生、やりましたよ!」


 アリスは優勝が確定すると、リング下にいるニコラに飛びついた。二人は喜びを分かち合うように抱きしめあう。


「それにしても作戦が上手く進んで良かった」


 アリスの作戦は戦えなくなるほどのピンチに追い込まれることで相手を油断させ、その油断を利用することで、身体を霧に変える魔法に打ち勝つというものだった。


「本当はピンチに追い込まれる前に勝てると良かったのですが……」

「贅沢は言うもんじゃない。勝利は勝利だ。で、どうする?」

「どうするとは?」

「エルフ領の女王になったんだ。忙しくもなる。これからも武道家として俺の弟子を続けるのは難しいだろ」


 アリスが国王戦で優勝した場合に、師弟関係を解消することになるかもしれないと、ニコラは朧気ながらに気づいていた。故に彼の中には別れを告げる覚悟が既にできていた。


「先生……」

「アリスは本当に強くなった。最弱だと云われていたエルフの姫がいまやエルフ領最強の武道家だ。成長したよ」

「これもすべて先生のおかげですよ……」

「いいや、アリスの力さ。アリスが頑張ったから強くなれたんだ。そして俺もアリスと共に成長した」

「先生が成長だなんて、先生は元から強いではないですか」

「確かに俺は戦うことにおいては誰にも負けないくらい強いさ。けれどな、身体とは正反対に心は弱かったのさ」


 ニコラは自嘲するように苦笑を浮かべる。その笑みには万感の思いが込められていた。


「俺は勇者パーティから追放された。信頼していた仲間たちに裏切られ、人を信頼することができなくなった。だから誰からも裏切られないように強くなろうとしたんだ。けれどそれは逃げなんだ。俺の心が弱いから、身体を強くして守ろうとしたんだ」

「…………」

「けれどアリスに出会えて変われた。人を信頼できるようになったし、心に余裕もできた。きっと昔の俺のままなら、メアリーなんて再会した瞬間に暴力に訴えていた」

「…………」

「本当に世話になった。俺はアリスの師匠でいられたことを誇りに思うよ」


 ニコラはそう言い残して、立ち去ろうとする。しかしアリスはその背中に抱き着いて、彼を逃さなかった。


「……先生はこれからどうされるのですか?」

「まだ決めていないが……アリスと出会えて人に技術を教える喜びを味わえたからな。どこかの国で教師にでもなるよ」

「駄目です。教師になんてさせません」


 アリスはどこにも逃がさないと言わんばかりに、ニコラを抱きしめる腕に力を籠める。


「私は先生と出会うまで力がありませんでした。いつも人を救いたいと願いながらも、それを叶えるだけの力がありませんでした」

「…………」

「私は人を救えない自分の無力さに苦しんでいました。悔し涙も何度も流しましたが、私一人の力では辛い現実を変えることができませんでした。けれどそんな私を先生は救ってくれたんです」

「…………」

「私はまだまだ半人前です。これからも自分の無力さに絶望することがあるでしょう。だから先生、これからも私の傍にいて、私を救ってください。見捨てないでください。私は先生が傍にさえいてくれれば、どんな困難だって乗り越えてみせますから」


 アリスは他人のために生きてきた。国王戦への参加もエルフ領に住む臣民を幸せにしたいと願ったのが理由だった。そんな彼女が自分のために口にした我儘。その願いはニコラと共に過ごす毎日だった。


「アリスは我儘な奴だなぁ」

「先生……」

「そんな我儘な弟子の願いを聞いてしまう俺は、きっと甘いのだろうな」

「先生っ!」

「可愛い弟子のためだ。仕方ない。再就職は先延ばしだな」

「やっぱり私、先生のこと大好きです!」


 卑怯者だと勇者パーティを追放された武道家は、弟子のために働くのを止めることを決意する。その決意に後悔はなかった。

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